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崇城利剣に出る幕はない

 幅屋圭太郎が劇的に物静かになったのは喜ばしいこと。そのはずであった。

 彼の鼻が折られることは社会で生きていくうえで必要だったのだ。そのきっかけが千堂涙鬼に反撃されたからではなく、定丸が去ったからだったとしても。


 数少ない友人が減ったからなのか。自身の暴挙を肯定するニンゲンが減って自信をそがれたからなのか。


 いや、あれは自信などではなかった。身を守るための殻をはがされないための虚勢だったのだと、崇城は改めて理解していた。


 幅屋は間違えてしまっていた。それを指摘し、正しい身の守り方を教えなかった大人たちの責任だったのだ。タラ福の力で認識が阻害されていたなんて、言い訳にもならない。タラ福の力はけして万能ではなかった。けして、幅屋はタラ福の被害者の一人だと簡単にくくってはならなかった。彼はこれからずっと罪を背負い続ける。


 止めることができなかった大人たちのせいで、幅屋は間違いなく感染していた。タラ福はまだ彼の中でに巣くっている。高矢に教えられるまで、崇城はまったく気がついていなかった。舞前の代わりに担任を受け持ち当人と向かい合う機会はいくらでもあったというのに。


「感染源は間違いなく千堂涙鬼とタラ福であろう」


 崇城が部屋に入るや、先回りするように管は言った。落ち窪んだ目でテレビゲームに勤しむ姿を尻目に、崇城は電気を点けた。部屋が明るくなったことにすら気がついていないのか、管は懸命にコントローラーをいじくりまわしている。


 去年この部屋に来た時よりもきれいになっている気がする。ちゃぶ台の上にはこれ見よがしにハウスキーパーのチラシが斜めに折れている。だが肝心の本人の風貌はいよいよ俗世から離れ始めているうえに、香水なのか体臭なのか白樺の香りがしている。


「入魂された千堂家の力の残滓と、タラ福の亡霊の執念が混ざり合ってカガク反応を起こしたに違いない。高矢少年と饗庭少年は千堂魃がきっかけのようだが、彼は既に潜伏期間に入っていたのだ」

「幅屋はただの人間だ」

「お前だってただの人間ではないか。ひみつ道具を持ってるだけの」


 崇城は眉をひそめて手を腰に当てた。


「あの亡霊は実にしぶとい。得手吉の追撃から逃れ続けているんだからな。幅屋少年として目覚めることができれば悪夢は終わり、再び千堂涙鬼へ復讐ができると考えているのだ。子どもというのはおんなじことを何度繰り返しても飽きを知らない生き物だ。あれはまさにそれなのだ」


 現在も定丸が幅屋に接触を図り肉体を奪う隙をうかがっている。もはや復讐の大前提であった恐羅漢山定光(おそらかんざんさだみつ)の弔いも優先度が下がって、ただただ自分がやられたからやりかえそうとしているだけなのだろう。


「確実に仕留めない限り終わりが来ない?」

「あるいは徹底して執念を破壊し尽くすしかない。それが怖くてあれは命からがら逃げているわけだがなぁ」


 管がゲームをセーブすると、ワニ革の煙管で一服し始める。吐き出した煙が少女を丸飲みするサルの首の様子に形を変えていく。


「得手吉もいよいよガタが来てるか……いや、少女を追いかけ回す悦びを享受してたりするのかもなぁ」

「まさか」


 目覚めてしまった老いらくの少女趣味などと、考えたくもない。


「まあ、なんだ。幅屋少年は大丈夫だろう」

「前の呪文の件もあるが、正直まともには信じることができない」

「一向に構わん」


 ゲームのやりすぎだろう、管は目頭を揉みながら「馬鹿正直に信じる奴の方が俺はきらいだ」とぼやく。


「経験値は戦わなければ上がらんのだ。道具を使ってステータスを上げることはできても、経験値は自分の力で動かなければいかん。神逸気旺(しんいつきおう)ってやつだ」

「また。ボロボロになっていくのを黙って見ていろと言うのか」

「そうだ。心も体も無傷のままで人は変われない。良い意味でも悪い意味でもな。手出し無用だ」

「今度は呪文すらもらえないのか」

「ない」


 こともなげに断言されて崇城は息を詰まらせるしかなかった。胡乱な目をしている教師に、管は頬杖をつき目を細めた。もう一度吐き出した煙はひとりの少年の姿となる。


「だいじょうぶだ。こいつはコンプレックスと共存できる人間になれる。それよりもだ」


 少年の姿は雲散し渦を巻くと、四肢の動物に姿を変える。


「こいつだ」

「なんだこれは」

「タヌキだ。……いや、“化け狸・無限変化”。あるいは原水留金成とも言う」

「その人ならとっくの昔に死んだはずだろう? 犯人がわからないまま時効になってしまったが」

「俺も遊びのつもりで何度も占ってみた。すると誰の名前も浮かんでこなかった。そりゃそうだ。殺されてないんだからな」

「は?」


 崇城は間の抜けた声を漏らす。管は片目だけをカッと見開かせる。


「影武者だ。葉っぱのな」

「葉っぱって……死体そのものが偽物だというのか? 誰かが代わりに死んだんじゃなく?」

「そうだ。死因を調べるために解剖して、葬式をして、火葬して、ふたを開けると真っ赤な葉っぱがぎっしりと詰まっていたそうだ。種明かしといわんばかりにな。そんなふざけた化かしを難なくやってみせるのが原水留金成だ」


 管は怒っていた。“キツネ”と“タヌキ”は紆余曲折した末に互い毛嫌いし、平行線をたどっている因縁の仲だと崇城も知っていた。苛立ちを隠せずにいるのも当然のことだったのだろうと彼は思った。


 前“タヌキの腹”大将・原水留金成なら金と女であれば今でも語り草である。バブル時代と呼ばれる頃よりも前から風雲児として泰京市に潤いをもたらした。彼がいなければ今の泰京市はないと言わしめるほどに発展に貢献。

 それと同時にスキャンダルも尽きなかったのだが、相殺どころかおつりが出るほどの経済力であったのだ。汚い金で作られた街で暮らしたくないと悪い評判がある一方で、彼に抱かれた女は必ず成功するとまで言われた。無数の顔を持ち、女の好みに合わせて衣装の如く相貌を変化させるという伝説すらある。腹水留金成というのは共同の名義で何人もいるのだと……。


 しかし、“無限変化”の名は伊達ではないことも崇城は知っていた。四家一の好色家で、銭ゲバで、湯水の如く金品をばらまき、見返りを手に入れる。満足を知らない男。もし彼が逮捕されたり裁判に呼ばれたりしようものなら芋づる式に、泰京市そのものに大打撃があるからこそ、恩恵を得ていた権力がある者ほど黙っているほかないのだと。四家の歴史の中でも悪名高き人物でもあったのだ。


 それが殺されたと報じられて衝撃を受けたのを、崇城は今でも鮮明に覚えていた。それだというのに。


「それが本当で、本物はどこにいるんだ」

「それをずっと考えていた。考えれば考えるほど腹が立って、こうやって現実逃避をしてるんだ。おそらく金成は自分の命が狙われていることを知っていて、あえて殺されたと社会に知らしめたのだ。そしてほとぼりが冷める頃……時効を見計らって、別人として復帰するつもりだったに違いない。犯人を驚かせるためにな」

「じゃあもう既に表社会に」

「それが問題なんだ。占っても占っても……誰も浮かんでこない。奴はゼロからは作り出せない男だ。存在していないものには化けられないし、化かすこともできない」

「あの人も結構な年だったが、死んでるんじゃないのか」

「いやそれはありえない」


 管は食い気味に否定した。


「死んではいないと占いに出てるのか」

「ああそうだ。奴はまだ生きてる。きっと今は人間じゃないものに化けている……まともな神経ではないだろう。無限に化ける力なんて気が遠くなるに決まってるんだ。さっさと見つけ出して介錯してやらないと……」


 かろうじて聞き取れる声でぶつぶつと管は言う。貧乏揺すりをしている胡坐。煙管を持つ手の甲の血管は盛り上がり、指は震えていた。ただならぬ様子に崇城は訝しんだ。

崇城のひみつ道具については長編小説「きのうの今日子」の方で使用しています。

こっちでも使わせようか悩んでいます。

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