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高矢孝知とさぼるしかない

「なーにヒトリですねていじけてやんの。どーよ、いじめ返された気分?」

「最悪じゃ……! なんで俺だけなん!」

「さぁ? リーダーだからじゃね?」


 どうでもよさそうに嘲笑する高矢。おちょくるためだけに来たのなら、幅屋は何が何でも一発ぶん殴ってやろうとムキになる。まずは後退して距離を作り、ロケットパンチみたいに腕を伸ばしてやろうとしたら。


「いじめって気持ち悪いよな」


 ぽつりと言われて。つい、威勢を失って気まずくなる。


「千堂の兄が言ってたこと、マジだったな」

「そう、だな……」


 幅屋は顔を突っ伏した。自分がいじめられた時、助けてくれる奴はいない。誰もいない。胸が痛い。


「日比谷のおぼっちゃんは手ぇ上げなかったな」

「そう……だな……」

「どこまでいい奴なんだろうな?」

「知るか……」

「アイツ、ずっとあのメガネかけてんだぜ? バカじゃね? でも半分、俺のためだって思ってる」


 新品に変えてしまえば、損壊行為を否定することになるからだ。もちろん真っ二つにしたのは悪いことだ。始めは被害者ぶった当てつけだと考えていたが、ずっと接着剤で直したものをかけ続けることで、まったく気にしていないから気にしなくていいよと表現している……高矢はそう素直に捉えるようになった。


「本当は、メガネ弁償したいんだけど、アレたっけーんだよなぁ……」

「どんだけ?」

「COACHのサングラス買えるくらい?」

「孝知だけに?」

「コーチだけに」


 ふたりの「ふふふ」という静かな失笑が土管の中にこもる。本当は笑い事ではないのだが。


「万引きしたやつをこっそり戻すよりも大変かもしんない」

「え、そんなんしてんの?」

「うん」

「すっげー……え、新品やんな?」

「たりめーだろ。別にほしいもんじゃねかったもん」

「ほしくねーのに盗むんか?」

「ああ」

「ヘンなの」

「どーすっかなー」

「日比谷が今欲しいものでもいいんじゃないんか?」

「直接聞けるかよ」


 そこで、ふたりは「饗庭か」と声がそろう。アイツを仲介役にするしかない。高矢は笑う。


「饗庭って弱っちい奴だって思ってたけど、実はレベル高かったな」

「うん、強かった。スライムじゃなくてホイミスライムだった」


 未だに風当たりは強い。女子からぞんざいに扱われ、それなのに饗庭はくじけずに前を向いている。日比谷あずま、郡司吉祥、そして殊久遠寺和子。反省した饗庭は四番目。涙鬼に心を許した。たとえ許されなくても。


「ほいみ? なんだそれ? そんでお前明日からどうすんの? 学校来るがん?」


 幅屋は押し黙る。


「来れば? 俺平気だし。しばらく二人でつるもうぜ」

「今度はお前が何か言われんぞ?」

「だから平気っつってんだろ」

「ぐあ」


 高矢はするりと腕を伸ばして幅屋の鼻を摘まむ。「うぇ、きったねぇー」と眉をひそめた状態で笑い続ける。彼の指についた鼻水を額にこすりつけられながらも、高矢とこんな風にしゃべったのは初めてで、幅屋は嬉しかった。ただ。


「増岡、さ。どうすればいいと思う……?」

「あー……とりあえずそいつを学校に来させないと、一生戸上のヤツ恨むんじゃね?」

「どうしよどうしよどうじよ……っ」

「落ち着けって。どんだけ鼻水出てくんだよ。増岡って今何組なん?」


 二組ではないのは確か。勇気を出して誰かに尋ねてみなければ。


「じゃあお前が不登校でさ。お前だったらどうしてほしいん?」

「俺だったら?」

「お前だったら。ああ、じゃあさ、日比谷だったらどうしそう?」

「通い詰めそう」

「それだ」


 そんなことができるのか、不安になる。


「お前もいっしょに」

「いやだ、俺関係ねぇし」


 増岡の件に関して高矢は無関係なのだ。だからって、これはたったひとりで解決しなければならないことなのか。仲間を切望したいのに「薄情者だなぁ!」と言ってやると、高矢はケタケタ笑った。


 この日はふたりで学校をさぼった。ぶらぶら時間をかけて歩いて、幅屋は高矢の家に初めてお邪魔した。親に叱られないか心配したが、今日もひとりだと高矢は言った。


 高矢曰く、父親はいわゆる転勤族で本来は自分も転校を繰り返すはずだったが、母親がそれだと可哀想だという主張により父親は単身赴任を選択した。

 ところが母親は夜遅くなっても帰ってこない日が増え、通帳と判子を持って消えてしまった。まさかの三人ちりぢり別居の形。最近ようやく母親の居場所が判明して離婚が成立したらしい。


 最後の最後で母親は全身をブランド物に着飾って慰謝料を請求してきたので、調停の直前、二人きりになった時に包丁を振り回してお漏らしさせてやったと、自慢げに明かす。

 案の定、あの女は訴えてきたが、汚いことなんて知らない真面目ないい子ちゃん……あずまの真似を決め込んだら満場一致で母親が異常だということで終了したという。


「ア? 何ドン引きしてんだよ」

「エ、いや別に」

「そんでさ、金が溜まったらまた空手習ってもいいって、父ちゃんが電話で約束してくれた」


 ウキウキしている高矢を見るのも初めてだった。


「まあ、ショージキなとこ父ちゃんのこともあんまし信用してねーけどな」

「え、そうなん?」

「出張先で何してんのかわかったもんじゃねーわいや。女いたりしてさ。別にいいけど」

「よくねーよ」

「一家離散みてーな状態なんだぜ。早いとこ自立してーよなー」


 高矢の家は玄関からきれいに整頓されていて、ダイニングテーブルもピカピカ。視界に入った台所も水切りのかごに食器が一人前置かれ、スポンジには泡が残っていた。誰かがお邪魔することは想定していなかったのだから、日頃から家事をこなしている証拠だ。


「それに崇城先生も助けてくれたし」

「え、なんで?」

「あの人があのババアのいるとこ見つけてくれたし、いい弁護士を連れて来てくれた」

「いろいろコネがあんだな」

「みたいだな」

「校門に先生いたじゃんか。俺は突っ切ったけど」

「あー俺もそんな感じ」

「明日何か言われっかな……軍人みたいで怖いんだろ? 実はいい奴っぽいけど」

「あーだいじょーぶだいじょーぶ。先生はなんも言わね。言うなら戸上とかだから」

「うーウー」


 先生のことはともかく、本当は誰にも教えたくはなかった話を聞いてしまったのではないだろうか。よりによってなぜ自分に、弱点を教えてくれたのか。言って楽になるには相手が悪すぎる。


「悩んだってしょーがねって。とりあえずくつろげよ」


 ゲーム機も漫画もなかったが、アニメを録画したビデオテープはあったので、ピザを注文して飲み食いしながら延々と観賞した。


 ピザを注文する! 本当は自炊ができるのに! まだ小学生なのになれた調子で電話! 封筒の現金でお支払い! ワア!

 そしてアニメを見ながらピザを食べてだらだらと過ごす……叱ってくる人もいない……スゲー! 選ばれし大人じゃん!


 高矢は大人。大人にならざるを得なかったのだ。幅屋は彼の順応性を尊敬した。


 朝は嫌な思いをしたが今日はいい思い出に変わりそうだ。心にずっしりと負担になっていたものが軽くなっていく。

 戸上のことなど今は気にしてやるものかとアニメに集中して、ピザも遠慮するなと言われれば容赦はない。


 やがて完全に気を抜いた。時折、高矢に射抜かんばかりの鋭い眼光で見られていることに気づかないほどに。

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