郡司吉祥は今後の生き方を誓わなければならない
「お前の噂が冬族の間で流れているぞ。千堂家と仲良くしているそうではないか」
郡司はますます委縮して、心細さに上着の妖怪缶バッジを握る。情けなさに印象は良くない。
「お前はそれでいいのかもしれないが、親はがっかりするだろうな。お前の代で氷奴は終わるだろう」
「俺は」
「お前の軽はずみな行動を取ったせいで郡司一族全体が後ろ指をさされているのだとわからんのか。お前は冬族全体を裏切ったのだ。菅原にもな」
氷奴にとってそれが唯一残された誇りだと簡単に想像できる。
「ぼ、ぼくたちは人間として生きてるって決めてて」
「それでありながら菅原の名にあやかろうとするとは笑止」
「ぼくは……っ、大天神様と縁を切ってもいいって思ってます」
「口先としか思えんな。親を捨てるというのか。あるいは捨てられても構わないというのか」
郡司は唇を噛む。
「千堂家に手を差し伸べておきながら、個人で済む問題だと思っているのか」
「お父さんお母さんには言わないで!」
目を真ん丸に見開いて懇願する少年に、雪もよは呆れを通り越して笑いがこみ上げる。
「なら早々に千堂家と手を切れ」
「でも」
「学校なら他にいくらでもあるではないか。学ぶ場所にこだわりでもあるのか」
「ないよでも」
その時、郡司は酷い寒気に襲われた。殺気と気づいた時には遅く、高矢からボールを投げつけられた時のように手で顔をかばうことしかできなかった。
木の葉をかたどった氷の苦無。雪もよが左手をかざし、瞬時に鋭い冷気を飛ばして苦無を砕き落とす。それに腹を立て、一体の冬族が郡司と雪もよの間に飛びこんできた。
「止めねぇでください雪もよ霊精。こんなみったくない小僧、始末しねと」
狐の毛皮を全身に身につけた、郡司よりも幼い見た目をした少年が郡司をぎょろりとにらみつける。
「わたしはエゾコンコのシャッコだ! 泰京の冬族が千堂家にうつつを抜かしていると聞いて、お灸をすえるために雪もよ霊精に話を通しここまで来てやったのだ!」
彼は人間の血が流れていない。精霊として純度の高い力を持っている……郡司は精霊人間として残された力で事実を感知する。
「ちがう、俺はただ」
「御託はいらんたくらんけェ! 成敗してやる!」
シャッコは毛皮をバチバチに逆立てて威嚇する。
「待ってくれよ! 俺はただかわいそうって思ってだから友だちになりたいって思っただけなんだ!」
「馬鹿こくでねえッ!」
氷の苦無がひとつ、ふたつ、みっつ飛ぶ。雪もよは静観した。今度はちゃんと向き合っていた郡司は苦無を弾き落としてみせる。彼の周囲から前触れもなく、か細く短い閃光が放たれたのを認めたシャッコは皮肉な笑みで小さな鼻筋を歪ませた。
「【雪針】を作るぐらいの力は残ってんだな。したって的確には撃ち落とせなかったな。数撃ちゃ当たるってやつだ。氷奴も地に落ちすぎて土下座もんだ!」
「しょーがねぇだろ! 人間の血の方が濃いんだって!」
「ぬるま湯につかりすぎてのぼせあがったな、薄らトンカチめ! ハンパな奴は間引いてやらねぇと!」
郡司は頭に血が上る。
「お前らこそ時代遅れなんだよッ! いつまでも昔のこと引きずりやがって!」
口を滑らせた。しかし否定も訂正もしなかった。できるほどの冷静さに欠けていた。
シャッコは怒りに震えさらに毛皮を逆立てた。一回り膨らんで、そっちが本体で少年の方が扮装なのだろうと郡司は悟った。
雪もよの方は平然として目を細めていた。
「悪いが、我々は現代に生まれたお前と違う。生きている時間が違うのだ」
「千堂だって俺と同じ年に生まれたんだ! もう放っておいてくれよ!」
体育館の悪夢を郡司は未だに見続けている。開かない扉。鳴り止まない竹刀。舞前の怒鳴り声。そして、あずまがいない。彼がいなかったら今頃どうなっているのか。考えたくもなかった。
涙鬼にはもっと友だちが必要だ。あずまと佐原明子だけでは足りないだろう。この思いを知ってか知らずか、雪もよは冷ややかに提案する。
「ならそいつを倒すことだな。千堂魃がおれに勝ったようにな」
逃げ場はなかった。
「可哀想だと言ったな。中途半端な同情は死を招く。そいつに勝てば好きなように生きればよい。勝手なことをしようが誰も手出ししないように計らってやる。神の位から遠のいてはいるが霊精としての立場は守っているのでな。そいつも既に了承している」
シャッコは鼻をひくっとさせた。負けるはずがないから提案をのんだに違いない。
「負ければ昔のとおり、千堂家と一線を引け。けして助けるな。言いつけを守らなければ泰京にいられなくなると思え」
よりにもよって白霊山の秘密の社殿の前で。郡司は誓いを立てなければならなかった。
「は、ぃ」
自信のない声で。
正直言って、さっきの【雪針】はまぐれ当たりだ。感情に任せて気張ったら出せたのだ。寒さが最高潮という時期だから、一年で一番力を扱えている時期だから暴発めいた発散になったのだ。
シャッコはパキリと両手を鳴らしながら指の関節から冷気の粒子をほとばしらせる。
「こてんぱんだべ」
彼のあどけない見た目と幼い声を遥かに上回る威圧。
「覚悟しろ小僧」
禍々しく野太くなった声。毛皮が少年を飲み込み、狐の化け物が仁王立ちで長い首を垂らす。赤い目で郡司を見下ろす。郡司は今の時代に生まれた自分を呪った。
少年漫画なら友情がパワーになる。けれどあれは所詮ただの漫画。まやかしなのだ。
今年の投稿はこれでおわりです。
来年から第三部をはじめる予定です。
ここまで長々と読んでくださった、ひまつぶしとして選んでくださった方々に感謝。
これからもどうぞよろしくお願いします。




