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余談~妖精が見えるみさ子について③~

「この人たちは神のご加護があるのね」


 ブルース・ブラザーズの悪運の強さにみさ子さんは感心した。兄弟は目的を達成させるため盗み以外の犯罪を重ねていく。


 寅子さんたちの調べによれば、泰天家の娘を救おうと動いた者の中に千堂家はいない。彼らは彼らで呪いの対応に悩まされそれどころではなかったということだろう。


 琥将のおかげでずっと無傷で済んでいた僕は鬼札をため込んできた。すべて運命の相手に危害が及ばないように使うことになるだろうと思っていた。床や天井はもちろん、病室の至るところに護符として貼っておいた。


 当たるも八卦当たらぬも八卦……というよりもシュレーディンガーの猫かもしれない。鬼札に何らかの反応が起こるまで、病室の中のみさ子さんの生死の運命は決定されていない。死ぬ運命と生きる運命が重なり合っている。だから彼女はこの世界と別の世界を同時に見ることが可能なのだ。


 そして効力が発揮された形跡はこれまでに一度もなかった。外部から守るためではなかったのかもしれないと、みさ子さんの白い横顔を直視して考えた。増える銀色の小さな少年少女たちを見て尚更に考えた。


「妖精たちも見てる」

「みんな何が起こってるんだって感じで興味津々ね。向こうには映像の文化がないのかも」


 妖精は病室でしか見ることはなかった。病室が特別ではなくみさ子さんがいる空間だったからだろう。見える頻度は増えていき、人気のない夜になったからなのか、数の記録は大幅に更新した。


 みさ子さんの存在が僕に影響を及ぼし、別世界を見る目……怪力は日に強くなっていた。あるいは彼女の中の慈悲が強まっているのか……僕の存在で何らかの悪影響を及ぼしたのか。


 映画に釘付けのまま、みさ子さんはマットレスに置いている僕の左手にそっと触れた。


「だいじょうぶよ。こわくないわ」


 僕の手を握った。


 エンドロールが終わって、次は『スター・ウォーズ』の新作が見たいと、みさ子さんは願って重そうなまぶたを閉じた。妖精たちは列を作り、みさ子さんの頬に口づけをして去っていく。


 まるで眠り姫だ。僕は勉強で夜更かしは慣れていたが、初めての経験だった彼女は瞬く間に睡魔にいざなわれた。

 僕はプロジェクターの電源を切って、カーテンを開けた。夜は星空を見上げてから眠りにつき、朝は日差しの眩しさに目覚めるのが彼女の習慣だった。


 残り一人の妖精が窓に波紋を描いていなくなると、僕は立ち上がった。


「なぁに……?」

「まだ起きてたのか」

「まだおやすみって言ってないもの……」

「それじゃあ、おやすみ」

「おやすみ……」


 みさ子さんはうわ言のように言った。僕は中庭の明かりを頼りに鞄の中の鬼札の束をつかんだ。振り返ると、彼女の顔から力が抜けていて動かなかった。


「みさ子さん」


 そっと声をかけてみた。返事はなかったので、僕は膝をつき、鬼札を両手で拝むように握りしめた。祈るように首を垂らし、額に押しつけた。


 琥将の背中をあらゆる力から守っている紙。威力を防ぐというよりも、吸い取っているイメージだと彼は言った。

 神も殺すことができた千堂家が作る札。もしかしたら、神の慈悲も無力化してくれるのではないかと……。


 手が震えた。僕の心情が感染するように、鬼札が一枚、また一枚と振動を始めた。白い光が指の隙間から放出し、熱を帯びた。


 至るところに貼ってある鬼札も反応し、点と点を光の線で結んでベッドを囲んだ。


 みさ子さんの体が心臓を中心に光った。布団の下で心臓のシルエットが真白に脈動しているのがはっきりと見えていた。

 そして心臓を優しく包む、半透明の白い両手。その両手を包む両手、両手、両手、両手、両手……計二十一組の両手が重なっていた。それがみさ子さんの体を光らせている正体であり、慈悲なのだと理解した。


 鬼札が明らかにさせた慈悲。神仏に見放された千堂家の力によって暴かれたのが、不服だったのだろうか。すべての障害を振りのけるように、四十二本の手が拡がった。みさ子さんの体から、翼のように放たれて病室を支配した。


 一組の両手が僕に近づいた。鬼札を握る僕の手を、割れ物を扱うかのように包んだ。


 僕は動けなかった。鬼札が金色に燃えて、塵すらも残らなかった。罪人の子孫が作った悪しき力の札を善の力で滅した。それでも僕は手を握り続けていた。手の中にまだ鬼札の紙片が残されていると信じていたからだ。自分がそこまで薄情な人間ではないと信じていたからだ。浅はかな人間であるはずがないと信じていたかったからだ。


 確かに初めてこれを使った時、琥将のような大した水が出なかった。でも今ならあれと同じくらいの水を出そうと願えば出せると思った。それくらいに気持ちが込めることができていると、彼女を守りたいと思う力が出せていると信じていたかったから。


 慈悲が僕の手から離れた。


「待て!」


 僕は手を伸ばし、慈悲をつかもうとして、空振りした。慈悲はみさ子さんの中に戻り、心臓を取り囲んだ。


「ああ」


 暗がりが病室に満ちた。


「ああ」


 鬼札の細やかな紙片が布団に着くまでに跡形もなく消えた。


 まさか、千堂家と関わったから僕も無慈悲に見放されたとでもいうのか。それとも乗り越えるべき試練を与えられたとでもいうのか。


 これが慈悲であるはずがないのだ。有難迷惑の、こんなものが慈悲なわけがない。いつでも奴らは心音を止めることができる。魂を肉体から奪って他界へ連れ去ることができる権力。それが慈悲なものか。


 差し詰めこれは呪いだ。千堂家に与えられた千載不磨(せんざいふま)の呪いと同じなのだ。無慈悲の呪いなのだ。これも天罰に違いない。


 泰天家も昔しでかして、それで怒らせたに違いない。最初に慈悲を与えられた娘とやらは稀代の悪女だった。悪女の血が流れているから。誰かの迷惑になる前に死ぬべきだと判断されているのだ。そうでなければ、なぜ。


 死に至らしめる病のウイルスを神の咳き込みで感染させられたのだ。うつしてもいい他愛もない命だと思われているのだ。なぜ。


「だいじょうぶよ」


 みさ子さんは薄らとまぶたを開け、僕の手を手繰り寄せた。


「わたしのこと、愛してくれているのね」


 指を絡めた。


「わたしも愛してるわ。はじめて出会った瞬間から」


 みさ子さんの声は慈愛に満ちていた。


「あなたのために、わたしは生まれてきたんだって」


 じゃあ僕は誰のために生まれてきたのか。

 教えろよ神さまのくそったれが。

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