千堂涙鬼は受け入れたくない
週明けになって、舞前が宣言通り転校生を連れてきた。
「さぁみんな、転校生を紹介するよぉ」
今年転任してきた担任の舞前は、児童の親世代よりも若く、すらっとした背丈なのに顔はまるでお多福というアンバランスな男である。いつも目じりを下げて笑みを浮かべ、話し方もまったりと明るく、朗らかなオーラをまとっていた。
舞前は黒板に転校生の名前を書く。
(あいつか)
涙鬼はいかにも良さそうな頭を丁寧に下げるそいつを席からじっと、にらむ。
「日比谷あずまです。よろしくおねがいします」
「日比谷くんは親の都合で日本に来て、それまではアメリカにいたんだってぇ」
一瞬にして羨望の的となった日比谷あずまは上目遣いで照れ笑い。涙鬼はそれをじっと、にらみ返す。
自己紹介タイムとなり、一人ずつ席を立って名前や所属している部活など言っていく。嫌々だったり恥ずかしがったりして、クラスは笑う。
そんな楽しいざわめきも、涙鬼の番に近づくと消える。
「千堂涙鬼です」
「あだ名は妖怪」
幅屋が冷やすと、男子の大部分が「ウゥ~」と声を低く震わせ、クスクスと笑いが起こる。涙鬼は表情を変えず着席する。
「じゃあ次」
進行させた先生を見上げるあずま。笑っているこの男の異様さに気づいたに違いないと涙鬼は白い目で見た。
舞前は幅屋たちの繰り返すいじめを見て知らぬふりを続けている。涙鬼はこの男も大嫌いだった。
実際のところ、涙鬼だけでなく多くの生徒は彼を好ましく思っていない。いじめの黙認は当然のことながら、笑顔なのに目は笑っていないように見えて気味が悪いからである。
ところが、逆に懐いている生徒もいるのである。明るくて話し方がおもしろいからという理由が主だが、そう思っている子は共通して他のクラスの子なのである。
あずまは最後列の廊下側に用意された席に座った。
休み時間になると、ぞくぞくと周りにクラスメイトが集まり、彼らは質問攻めにする。
「親はなんの仕事してんの?」
「アメリカの学校ってドラマに出てくるような感じ?」
「お父さんはアースセキュリティで働いていて、セキュリティ対策ソフトを開発してる。あと学校は……あまりドラマ見ないからわかんないや」
あずまは戸惑いを隠しながらひとつずつ答えてから、先ほど抱えた疑問を皆の顔色を見渡しながら投げかける。
「ねえ、なんで涙鬼くんは妖怪……?」
クラスメイトは気まずそうに顔を見合わせた。
その中で、サスペンダーにキャラクターものの缶バッジを複数つけているのが印象的な、郡司という苗字の男子が石のようにじっとしている当人を横目で見てからこそりと話した。
「関わらない方がいいぜ? 幅屋たちに目をつけられるから。千堂は右目失明してて……」
「失明?」
「うん。それでいつもああなんだけど……まあ……」
郡司は言葉をよどませ、ハッとなる。他の子もぎくっと硬直したり、目をそらしたりした。背後に幅屋が立っていたのだ。
「あいつの目、マジできしょいぜえ? こうぐちゃぐちゃしてるんだよなあ」
クラス全体に行き渡る声で言うと、教室はしんとする。
あの子は今どこにいるのか、席に座ったままなのか、あずまは取り囲んでいるクラスメイトの間から涙鬼を覗き見ようとすると、
「なあ、お前んち金持ち?」
幅屋は馴れ馴れしくあずまの肩に太い腕をかけた。父の仕事柄で金を持っていると彼は思ったのだ。
クラスメイトはさりげなく散っていく。唯一その場にとどまり視線をきょろきょろさせる郡司をよそに、あずまは目をぱちくりさせる。
「きみはどれくらいお金があるとお金持ちだと思ってるの?」
「え? じゃあお前いつもどれくらいおこづかいもらってんだよ」
「日本円で五百円くらいかな?」
「は? 嘘つけ」
「うそじゃないよ。毎月五百円お母さんからもらってるんだよ。それでいつもお花を買ってる」
あずまは嬉しそうに言って、フフッと可愛らしく笑った。
「なんだよ、マザコンかよ」
幅屋はつまらなそうに離れた。郡司は肩から大きく溜め息をついて、缶バッジをひとつ人差し指でパチンと弾き鳴らすと、あずまにしか聞こえないように嘆く。
「これ以上、学級崩壊したらやだかんなぁ……?」