呪いは受け継がなければならない
祭りの名残が聞こえる中で長い階段を下りる。
童小路とは既に別れている。小さい女の子がひとりになるのは危険だとあずまは心配したが、千堂家と一緒に帰れないことを理由に拒み、彼女は姿をくらました。毛嫌いしていないことくらい、遠慮がちに手を降らなくとも涙鬼たちは理解していた。
魁が米俵を肩に担ぎ、魁次郎が一升瓶を持つ。
砂金はどうなったかといえば、神社の維持費云々を理由に牛方彦がちゃっかり持っていってしまった。叔母は文句を言うのではと魃も涙鬼も顔色を確かめたが、彼女は一言も発することなく、持っていた大粒の砂金を赤角に向かって放り投げた。
赤角も仏頂面ではあったが何かを言うわけでもなく受け取っていた。明子も黙っていたので妙な空気を感じ取ったのだろう。それもあって余計に静かなやり取りだったので、それが涙鬼には印象的に感じた。
「牛方彦と赤角は、俺たちを恨んでいないのか?」
涙鬼は魁に問う。
「あいつらにとっちゃあ嬉しい楽しいイベントの一つにすぎないんだよ。おかげで何ともないんだけどね」
「どういう意味?」
「牛方彦はご愛嬌って言ってたけど、実際は憂さ晴らしをさせるためさ。祭りではしゃがせて、千堂家サイドの人間が苦しむところを見せて、奴らは『まあ、仕方ないから今は大目に見てやろう』ってなる」
「ただのストレス発散であんなこと……」
涙鬼は未だに憮然としていた。神という決定的な地位を利用して……。
「職権濫用ってやつだぜ」と明子が神妙に言う。まさにそれだ、その通りだと彼は思った。
気に食わないと顔に出している孫に、魁次郎は面白そうに微笑む。
「肩入れしているわけじゃないからね。でもご先祖さまの鬼退治のおかげで救われた者たちがいる、土地があるのも事実なんだよ。潔癖なまでに鬼に執着したのは良くなかったけれど、気にはかけてくれていると思うよ。でなきゃ千堂家の血が途絶えていたかもしれない」
「でもその方が呪いは終わるんじゃないの」
魁次郎は眉尻を下げる。
「与えられた呪いはとてもむずかしいんだよ、孫や。残りを受け継ぐはずだった子孫がひとりもいなくなれば、呪いの行き場が失って……非常に厄介だ」
「どうなるの?」
「さあ、どうなるかは滅んでみないとわからない。けど、良くないことが起こるのは間違いないってじじは思ってる」
思ってるだけじゃないのかと、涙鬼は言葉を飲み込む。
「赤角も子どもを作れって言ってたしね。棘のある言い方だったけど」
魁はニヤニヤと魃に振り向いた。魃は言い返そうとして何も聞かなかったことにした。
「ま、あの程度で済むだけマシな集団心理だと思えば? あのふたりにとっては自分の陣地を戦場にされたくないだけだろうけど。けどまだ、奴らの考えをくみ取らずに本気で潰しにかかりたい輩がいるのは間違いないって、あのクソムジャラを見てわかったでしょ?」
クソッタレの毛むくじゃら略してクソムジャラ。悪意たっぷり込められた言い方に、彼女は未だに辰郎を悪く言われたことを根に持っているとわかる。
「もっと強くなることだよふたりとも。相撲やら腕相撲で済むなら今頃もっと平和なんだから」
祖父にそう言われ、涙鬼は定丸のことを思い出す。
一方であずまは牛方彦と赤角のことを考えていた。憂さ晴らしのためとはいえ、魁次郎の時から考えても彼らは三連敗してしまっている。赤角の様子だとそれでも神さまとしての威厳は保たれているのだろうが。
「そんな陰気臭い顔しなくたってだーいじょーぶだよ眼鏡ちゃん! プロレスの試合を想像してみなよ! 負けるくらいで神格が落ちちゃうとか、ありえないから。魃もずっとそれで悩んでたんだろ? 悩んで負けるとかそれ一番アウトだから。そうなってたら牛方彦は満足してなかったよ」
魃はなぜ最初からそう説明してくれなかったのかと野暮に問いかけることはしなかった。試されていたのだと、ようやく肩の荷が下りた。
彼は行司小鬼のことを考えた。一瞬だけ見せてくれた笑顔は本物で、昔はわからないが少なくとも今は恨んではいないことを示していた。
末代まで呪われても恨まれるとは限らないのだと、あの笑顔だけで理解できた。
あの小鬼は暗黙の了解で恨んでいるふりをし続けているのだろう。まさか、牛方彦はそれをわかっていて行司役に選んだとでもいうのか。鬼だから必ずしも恨み続けているとは限らないのだと理解させる目的もあったとでもいうのか。
何にせよ、千堂家を許し、現状を憐れむ……そんな隠れ革新派らしき者たちがいたとしても、牛方彦と赤角の態度がああであるのならば。魃は期待できなかった。
「魁さんは強いんですか?」
かつて赤角を蹴りで勝ったことを知らないあずまは素朴に尋ねた。
「もちろん、強いよ。今ならタツローよりも強い女に戻れる自信満々さね!」
魁は不敵な笑みを浮かべて後ろを振り返った。
「父さんパス!」
放り投げられた米俵を魁次郎はキャッチボールのように片手で受け止める。それに驚く暇は子どもたちにはなく。並ぶ鳥居の上を飛び越えやって来たその化け物は牛のかぶり物を脱ぎ捨て、刺々しい七本足を広げて一行の上へ覆いかぶさって来た。
魁は鼻息を吹かせ跳躍すれば、毒々しい色をした腹をズドンと蹴り上げた。
きょぉおおおおおん!
甲高い奇声が木の葉をざわめかせる。
「知性ってもんがないよッ! さあ、進めッ!」
「焦らなくていいよ。転ばないように冷静に」
大人の指示に従って階段を駆け下る。バタバタと動きが激しい明子にあずまは手を差しのべて一緒に降りていく。鳥居をくぐっていく。
「馬の足を持つあたいの敵じゃない! そぉーれ!」
落ちてきた化け物をもう一度、鳥居の奥へとシュートして境内の外へ着地した。
空間が元の長さに戻り縮んでいき、奇声を上げる化け物の姿が消えた。パチパチと、ラーメン屋の屋台の男が軽く拍手をする。
「やあやあ、おみごと。今回も勝てたみたいだな。一杯どう?」




