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牛方彦⑦~千堂魃と魃神はひとつでしかない~

「うだうだ」のタグでもつけようかと思い始めたこの頃です。

とにかく腕相撲回本編は今回で終わります。

 行司小鬼は魃を見る。牛方彦を見る。

 また魃を見る。牛方彦を見る。


 魃を見る。行司小鬼は視線を縦に小さく揺らした。


「残った!」


 オオ! 

 静寂が迫力に破られる。神も仏も妖怪も関係なく、西も東も喧々(けんけん)とした。


「よし、五分(ごぶ)に持っていけぇ!」


 魁が圧倒的な声を張り上げる。


「がんばれぇ!」


 童小路が目一杯に叫ぶ。


「今度は長く持ちそうだな」


 牛方彦は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)に言葉をかける。


「今のうちだ……!」


 魃は黙っていられず意地を張った。声を喉から絞り出すだけでも貴重な力が損なわれる気がする。今にも限界だった。


 支えになった右手……骨折は治ったが付け焼き刃のようなものだ。長引けばまたひび割れて体勢が一瞬にして崩れ負けるだろう。そして牛方彦に見下ろされ笑い者にされる。それだけは死んでも絶対に嫌だった。


 観衆は次第に一つになり始めた。神も妖怪も肩を組み、左右に揺れて歌った。


  たかがぜんざい されどぜんざい

  食べにゃ損損 甘い汁

  一口食べれば夢を見て 二口食べれば極楽だあ

  そうらえっさ やれえっさあ

  そうらえっさ やれえっさあ


 大合唱の波。魃は目の前の神にガンを飛ばす。牛方彦の横顔を殴り飛ばす想像を抱いた。


「そーうらえっさぁ!! やーれえっさぁ!!」


 明子が誰よりも力強く歌っている。


「そらえっさー! やれえっさー!」


 あずまの歌声も聞こえてきた。祈るのをやめたのだろう。


「さあどうしたッ! 毅然な態度だけじゃ勝てないよッ!」


 叔母は歌わずにヤジを飛ばした。


「お前は先ほど、先祖はどうでもいいと言ったな。それは何故だ?」


 牛方彦が片眉を上げて質問を投げかける。魃は何度も横顔を殴りつける想像を強めた。

 正直なところ、そんなことを言ったかどうか記憶はおぼろげになっていた。雪もよとかいう奴の冷気で吹雪いてしまったのだろう。


「鬼たちが、もう十分に先祖を恨んでいるからだ……!」


 だから適当に、今思ったことを言ってやるしかなかった。


「青き(ひよこ)よ、悟ったつもりか。掌からひしひしと伝わってくるぞ、怨念が」

「それは俺じゃない……」

「この手はお前の手だろう」


 冷たい眼光の中に真っ赤な火がちらついている。それを消してやらんばかりに【鬼縛り】を放つも、牛方彦は鬼気の流れを真正面から受け流す。


「魃神は独善の呪いによってお前の魂と結びついた。無理やりお前と一心同体にさせられたのだ。今の魃神はお前の手に重ねているだけにすぎん」

「意味わかんね……っ」

「お前の力。おれにも見せてみろ」


 牛方彦は手を握る力を強くした。骨と骨が筋肉の間でぎゅうぎゅうに押され、魃の左手が悲鳴を上げる。


 痛い!


 痛い!


「このままでは左手の骨が砕け、皮がちぎれるぞ」


 静かな威嚇。彼は何かを待っているようだった。その何かは既に表面に浮かび上がろうとしていた。


 手が牛方彦よりもぐっと大きくなり、紫色の血管が盛り上がる。斑は岩のように硬く尖がり、指はごつごつと、滑らかな光沢を帯びる。水かきが成長し、台の上で波打つ。


「負ケろ……牛方彦ォ……!」


 魃の瞳が翡翠色に輝く。まぶたの裏の乳白色の膜でまばたきをし、瞳孔が細く縦長にぎらめいた。


 雄叫びを上げた。喉奥から、肺から、毛細血管から。行司小鬼はその気迫にたじろいだ。足がもつれ転びながらも「残った残った!」と言い続ける。


 セコンド子鬼は角に集まって震えた。千堂魃の背中がせむしのように少し膨らんでいる。服の中で岩石のような硬い何かが生成され、脈動している。「あれは(さなぎ)か……?」とセコンド小鬼の一体が言葉を漏らす。


「う、牛方彦様」


 もう一体が逡巡して声をかけた。聞こえた行司小鬼が「しッ」と鋭く息を吹き注意した。


 観衆のほとんどが腕の方に注目していて、魃の体形の変化まで気が回っていなかったが、魁と魁次郎は気づいた。


「あれは甲羅?」


 魁は魁次郎に耳打ちする。魁次郎が目で肯定する。


「味なことをしたつもりなのかね、あのかみさまは」


 魁は顔を左右非対称に引きつらせた。


 ずっと涼しい顔をしていた牛方彦だったが、突如に初めて別の感情を知ったかのような、焦ったような風になった。


「どうした! しっかりせいッ!」


 赤角は異変に気がつくや否や太鼓役からばちを奪い、大太鼓を叩いて猛々しく吠える。


 牛方彦は歯を食いしばる。そして緩やかに口角を上げた。


「よいね」


 その一言で、ぷつり、と魃の苛立ちが突き抜けた。


「なにが……よいねだぁああああああッ!!!!」


 ばきん! と、台がひび割れた。ひびに沿って、牛方彦の朱色の血が流れた。


 間近で見続けた行司小鬼はあんぐりと口を開けた。それは他の者も同じだった。魃の背中の隆起は引いていた。


 行司小鬼はわざとらしく咳払いをして、軍配を上げた。


「千堂魃の勝利、勝利、勝利ぃ~~ッ!!!!」


 誰しもが(たけなわ)に両手を振り上げ、米や砂金の吹雪が舞った。


「勝った! 勝ったぜ~~っ! ひゃっほーーい!」


 明子は涙鬼の手を取って回った。涙鬼は嫌そうにしながら、口元は緩んでいる。童小路はあずまを抱きしめた。


「ぬううっ!」


 赤角は悔しさでばちを折って捨て、大太鼓を手のひらで一発叩いた。炎を吹く大太鼓。米や砂金が炎で照らされキラキラ光り振ってくるのを、魃は呆けた顔で見上げた。まるで満天の星のようであった。


「完勝お見事である!」


 牛方彦が会心の笑みで拍手を送った。

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