余談~辰郎との出会いについて~
克義視点で辰郎の出会いをもう少し詳しくしたやつです。
読まなくてもストーリー的には問題ないです(たぶん)
日常茶飯事とまではいかないが、僕はよく絡まれた。どうも目つきが悪いかららしい。まったくもって心外である。
ドのつく近眼で、眼鏡をかけていようと横断歩道の向こう側で待つ人間の顔がぼやける程度である。とにかく全体の雰囲気で性別や年齢を判断するしかない。
誰か判断できないまま名前を呼び間違えるのは失礼極まりないし、目上の人物を見かけたらば挨拶をするのは至極当然である。社交家ではないが、それぐらいの最低限なことは多少なれ意識している。
勉強中なら尚更に目を凝らす。集中しようと目を細め、眉間のしわを作ることが、僕の生活面において重要なしぐさであり、癖。
にもかかわらず。
そんな僕にツッパリ共はいちゃもんをつけた。ボンタンやべっとりと光る流行りのポンバドールをぶらぶら揺らしながら、その日は四人、遊歩道にて僕を取り囲んだ。
遊歩道を抜けた先に市立図書館があって、僕はそこで放課後ひっそりと過ごす予定があった。学校の図書室だと西日が気になるし、自宅だと気のゆるみが大敵だったからだ。
またこんな奴らのせいで勉強時間が削られるとあって、誠に不快であった。
ちなみに僕は青天高等学校の一年生。相手は野茨中学校の生徒たちである。
野茨中は男子校であり、不良の巣窟と名高い。こいつらは粋がって年功序列も中間考査も眼中にない。
当然ながら教師には正しく教育する義務があり、こいつらにも正しく学ぶ義務がある。それを互いに放棄している訳である。いや、中には“郷に入っては郷に従え”に反してめげない教師もいただろうし、真面目に学ぼうとしている生徒もいたことだろう。そんな彼らにこそ強固な精神力をもってして“正直者が馬鹿を見る世界”をどうにかしてほしいものである。
閑話休題として、野茨中の生徒ではなくて本当に幸運だったと思えるが、野茨中はけして不良の巣窟であっても檻ではない。外の世界を闊歩しているのに遭遇するかしないかはまた別の運。
不良なら不良同士で共倒れしていればいいのにとつくづく思っているが、僕が格好の“ガンたれ”対象であることは免れなかった。
「メガネこら」「オールバックこら」と、語彙の乏しげな四人の思い思いの簡素な暴言を聞き流す。頭が悪そうな顔だと思った。
当時七九年、野茨中の学力は底辺をさまよっていたので“だと思った”では間違いか。実に頭が悪そうな顔をしていた。
僕は胸倉をつかまれた。僕はまだ身長が平均以下だったので、つま先立ちになった。バランスのとれた食事、適度な運動、そして睡眠。これが僕の体型を決定づける後天性の要素。遺伝を信じてうなだれていては、伸び盛りを棒に振ってしまうと若干の焦りを感じていた頃である。
とやかく考えていると、偶然この場に居合わせた、同じ青天の学生が雄叫びをあげて猪突してくるのを横目に見た。
胸倉をつかんでいたツッパリは頭突きをされ、ニ、三歩のけ反ると尻もちをついて悶えた。それを引き金に残りの三人は乱入者に敵意をむき出した。仲間をやった相手が、図体が大きい上に黄色の髪というミーハーもびっくりの目立ちたがり屋だったのだからなおさらだろう。後日、その黄色の髪は遺伝であることを知って改めてびっくりすることになるのだが。
四人が喧嘩をし始めたので、僕は立ち去ろうとしたが、頭突きから立ち直ったツッパリがそれを許さず道を阻んだ。僕と黄色髪が仲間と勘違いして、筋違いにも僕に仕返ししようとした。
またつかんできたので鞄から手を放すとその腕をつかみ返し、地面に叩きつけてやった。既に黄色髪は三人共を倒したあとで、目を丸くしていた。
「すげーな、お前」
「護身術を習っているんでね」
僕はずれた眼鏡の位置を直した。
あまりもの絡まれる頻度に悩まされた僕はかれこれ四年間、一週間に一回教室に通っていた。もっと平和な世間であれば、そんなことに時間を割かなくてもよかったのに。だがこれが”適度な運動”の一部だと認めざるを得なかった。
図書館に向かっていると、なぜか黄色髪もついてきた。見ると、僕の目と同じ高さにあった襟の校章が銅色で、同学年だった。
はて、こんな奴、一年のクラスにいただろうかと、記憶になかったのは無理もない。彼は入学二日目で数日間の謹慎処分を食らっていた。というのも外見で喧嘩を売られ、爽やかに買ったからに他ならない。
制服はきちんと着用しているのに、外見と性格でひどく損をしていた訳である。
「何か用でも?」
「お前、俺と同じ青天の一年だろ?」
「それがどうかしたのかい」
「俺、琥将辰郎ってんだ。塩コショウのコショウじゃあないぜ? 琥珀の琥に将軍の将で琥将ってんだ。お前は?」
「日比谷だ」
「下の名前は?」
「克義」
「じゃあ“かっちゃん”な」
琥将は距離の詰め寄り方がおかしい。それとも僕の警戒心が強いだけなのか。
図書館で勉強するので邪魔をしないように言うと、彼は「そいつはすまなかった」と潔く引き下がってくれたかと思いきや、やっぱり最後までついてきた。
僕が勉強をしている間に、彼は席を二つ分占拠し、一方を足置きにして手塚治虫のブラックジャックを読みくつろいだ。夢中のあまり険しい表情で館員は注意できなかった。邪魔をすれば恫喝されると思ったのだろう。
これが彼との出会いである。
琥将は言わなかったが、謹慎のせいで新たな友人を作る機会を見失ったのだろう。後日、友人は皆違う高校へ散ったと明かしたが、僕としてはどっちでもよかった。勉強の邪魔にさえならなければ。
「お前、一日何時間勉強してんだよ? どんだけ勉強趣味なんだよ?」
学校の図書室で、そう口出しして僕の集中を妨げたことがあった。無視してもよかったのだが、他の生徒には聞こえない節度のある声量だったこともあり、勉強の邪魔の範疇に至らないと判断した僕は返事をした。
「きみこそなんのために図書室に来るんだ? 寝るところなら他にいくらでもある」
ついでに「椅子を占拠するな」と言ってやる。誰も注意してこないのをいいことに、琥将はいつも椅子二脚を贅沢に使ってくつろいでいた。
僕が彼の舎弟になっただ、逆に僕が彼を引き連れて用心棒にしているだ、僕らに関する噂が出回っていることくらい知っていただろうに。
「いやー、友だちいねぇのかなーって。いっつもひとりで参考書見てるしさ。見た目暗いぜー?」
琥将はのんびりとそう言った。
「僕は勉強で忙しいんだ。友情だの恋愛だの、そういうものに構っていられるほど暇じゃないんでね」
友人と離ればなれになったのを理由に、新たな友情を育みたいと行動を起こしているのは琥将の方である。ひとりでいるから、暗いからと、そんな理由で僕に狙いを定めたのはいささかの苛立ちを覚えた。
「どうせ告白してもろにフラれたのを引きずってんだろー?」
「訳するときみは僕に殺されたい。あとで計画を考えておこう」
「え、いや、悪かった…」
冗談を冗談で返しただけなのだが、平謝りする琥将の姿がなんとも滑稽であった。