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予約をしているのに割り込んではいけない

 一月二日。日曜日の約束の夜。

 魃と涙鬼、あずまと明子、そして保護者として魁と魁次郎が牛安天神へと向かうことになった。


 魁は辰郎の同行を求めたが、硝子戸をバンと鳴らし、倒れ込むようにして戻ってきた彼の状態は酷いものであった。


 明子を除いた佐原家と、佐原夫妻の仕事……建築業と旅館の関係者と顧客との宴会は一日中開かれた。出席者は何度か入れ替わったが、辰郎は主催の姉の手前、手洗いに立つことはできても帰りたいと告げることができなかった。


 わんこそばのように注ぎ足され酒器を置くタイミングもつかめず、笑うしかない彼の姿は容易に想像でき、睡魔と二日酔いで弱っているところを蹴る気も起きなかった。

 むしろ路上で倒れるなど他人に迷惑をかけることなく、佐原家から無事、玄関で限界を迎えさせたことを褒めるべきなのだろう。


 夫婦の部屋でしくしくと泣き介抱されているところなんぞ、見せられたものではない。魁は仕方なく、しっしっと、子どもたちを追い払うようにして家から出したのである。


 子どもたちと魁次郎はしっかりと厚着をして防寒対策をしているが、魁はデザインTシャツの上に年代物のジージャンと、ハイウエストの、それも太ももが露わになっている丈のジーパンしか着ていなかった。


 明子といえば、可愛らしい着物とは打って変わり、少年臭いオーバーオールとジャンパーに着替えていた。どうやら魃のお下がりで、彼女らしい装いだとあずまは思った。

 涙鬼曰く着物は“よそ行き”で、猫を被るためのものだという。最初から化けの皮がはがれた状態の彼女しか見ていないあずまは想像つかず、猫を被ることがある理由もわからなかった。


 牛安天神の方へと近づくと、薄らと白煙が上っていた。参道に添ったところにラーメンの屋台があった。


「ああ、なんだいなんだい。きつね軒じゃないか。牛安は稲荷じゃないってのにさ」


 魁が片頬を引きつらせて呆れた声を上げると、屋台の男が横からひょっこりと顔を出す。


「だからこうしてガリでやってるんじゃないか」

「こんな時間にやってると通報されちまうよ」

「ちゃんとどっちにも許可取ってんだから、やいやい言うなや。あっちへ行け」


 次には営業妨害だと言わんばかりの手つきで、魁も「はいはい」と手を振り、屋台から離れる。


「ガリって?」

「離れてる場所にある屋台のことだぜ」


 あずまは魁次郎に尋ねたが、明子が代わりに答えた。


「よし行こうぜっ」


 明子が先頭になって鳥居をくぐると、参道がぐんと伸びて奥が闇で見えなくなっていく。鳥居は分裂して連なり、一斉に灯篭に火が点いて道を照らしだす。無数にあった足跡は雪が溶けて消えていた。


 鳥居をどんどん抜けていくと、笛や太鼓の音が聞こえてくる。明子は我先にと進んでいく。

 男坂となっていた石段を上りきったそこで童小路が待っていて、あずまも駆け寄った。


「童ちゃん! こんばんは!」

「こんばんは」

「それはなあに?」

「リンゴ飴買えたの」


 縁日でもないのに色鮮やかな屋台があった。

 ルビーのように輝くリンゴ飴を片手に、童小路はウキウキと肩を揺らす。


「一体これは……」


 家を出てから言葉数が減っていた魃だったが、予想していなかった光景に思わず声を出す。


「見ての通り、祭りさ」


 魁は腰に手を当て、片眉をひそめた。

 やたら赤と黄色の配色が多い看板が並び明るい。そして店側も客側ではなかった。


「菅原大天神に関わる神や妖怪、その友人。通りすがりの霊なんかもいるだろね。どいつもこいつも祭りが好きだからね、噂を嗅ぎつければこの通りさ。まったく、たった一日でよくも集まれるもんだ」


 そして自分も出し物に使われるのだと、魃は嫌気が差す。


 あずまは郡司がいないか見渡した。


 涙鬼から千堂家の秘密を教えてもらってからというもの、あずまは学校の図書室や市内の図書館で鬼や妖怪、神仏について調べてきた。

 千年経っても手だてがなかったのだから当然と言うべきか、人間の著作だと限界があるのか、呪いから救うヒントは得られなかった。


 この時は落胆したが、図鑑に載っていた者たちが悠然と祭りを楽しんでいるのを見て、まるで芸能人と遭遇したような気分になれた。


「明子ちゃんはどこかな? ああ、あそこだ」


 胴間声を上げながら金魚すくいをしている図体の大きい客らにひょっこりと交ざっている彼女を魁次郎が見つける。涙鬼が「何やってんだあいつ」と眉間にしわを寄せつつ困惑の色を見せ、魁次郎の上着をつかんでいる。


「吉祥くん、呼べばよかったね」


 あずまの言葉には反応するが、涙鬼は視線をさまよわせている。


「大丈夫だよ、孫や」


 涙鬼の様子に気づいた魁次郎は優しく彼の頭に手をやった。


「ここや牛方彦と赤角の陣地だからね。奴らが戦いの約束をして場を設けてるって時に、黙って勝手なマネをしようもんなら総すかんを食らうことになりかねないから、皮肉にも今は泰京一安全な場所になってるってことさね。ビビるだけ損だよ」


 魁は固まっている魃の横腹を軽く肘で突いた。


「もうはじまってるよ」


 童小路はあずまの袖を小さく引っ張った。

 屋台をうろちょろしている明子は魁次郎が呼び戻し、一行は童小路に導かれ先に進んだ。


 初詣に来た時にはなかった大きな広場に舞台が設置され、その周りで牛のかぶり物をした者たちが円を描いて舞っていた。笛太鼓に合わせ、かぶり物の口を開閉させてカチカチと歯を鳴らしながら、体をくの字に曲げて上半身を左右に揺らす。どんどんと強く足踏みをして跳ねる。

 それは舞台の上の二人に対する応援のようなもので、周囲はそれには目もくれず舞台上に釘づけであった。


 腕相撲で腕力を競っている。二人は一見人間だったが、こんな場所にいるのだから人間ではないのだろう。観衆も人間に近い姿の者からそうでない者まで、大なり小なり混在していた。


「残った残った!」


 行司の格好をした子鬼が叫べば観衆がかしがましい奇声を上げながら騒ぎ立て、「そらやれ」「捻じ伏せろ」と鼓舞を送る。


 細く小さい、いかにも弱そうな方が「おおう!」と顔を真っ赤にしていきり立ち、発奮して足と腰を大きく捻れば、大きい方の腕を台に叩き伏せた。観衆が一層に沸き、(やぐら)の上の大太鼓が炎を吹き出しながら何度も鳴り轟く。小さい彼は両腕を上げ、得意顔で舞台の上を歩き回った。


 一部観衆が懐から銭やら米を出し、彼に振りまく。子鬼たちがそれらをかき集めて袋に入れ、勝者となった彼に捧げた。


「さあ、次は誰だ!」


 櫓の上にいた赤角が両手を上げて催促した。彼のどら声にあずまは指差す。


「あんなところに赤角さんと牛方彦さんがいる」

「高みの見物なんだろ」


 涙鬼が言う。


「彼らは賭けをしてる?」


 魃は祖父に聞く。


「金や米を投げるのは気持ちであって、別に払わなくてもいいんだよ。一種のステータス、ってやつさ。いかに自分の懐が大きいのか、人々から奉加(ほうが)されているのか見せつけているんだよ」


 新たに二人の選手が舞台に上がり競い始める。


「もっと近くで見ようぜ!」


 明子が先走り、あずまと童小路は手を繋いで観衆の中へと入っていく。涙鬼は追いかけようか二の足を踏み、その間に一勝負が終わって赤角が高らかに言った。


「千堂家よ! 前に来るがいい!」


 ざわめき、千堂家の四人は注目の的となった。

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