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日比谷克義は許可したくない

 今回は短いです。

「またお泊りか?」


 克義は呆れた声を出した。


「うん。魃さんが神様と腕相撲するんだって!」

「腕ず……なんだそりゃ」


 あずまは夕食の最中に今日の出来事を両親に語った。


「まあ、神様に会ったのね?」


 みさ子は興味津々でウキウキしている。


「牛方彦と赤角っていうんだよ。千堂くんのおばさんの魁さんも小学生の時に相撲して、それで勝ったんだって!」

「わあ、すごい」

「彼女なら、勝つだろうな……」


 克義は魁の蹴りを思い出しながらお節料理の余りを摘まむ。


「魁さんが強いとこ見たことあるんですか?」

「琥将……涙鬼くんのお父さんをかかと落とし一発で気絶させたことがある」

「ええッ? どうして? だいじょうぶ?」

「魅来さんにふさわしい男かどうかの小テストみたいなもんだ。奴は不死身だから大したことない」

「そっか。よかった」


 あずまはホッとする。


「あのね、今回は魃さんが勝たなきゃ千堂くんも神社に行けなくなって、そこのぜんざいが食べられなくなるんだって。僕も応援したいんだよ」

「あまりはしゃぎ過ぎるんじゃない。風邪引くから」

「わかりました」


 父親に心配の言葉をかけられると、自分も愛されているのだとあずまは嬉しくて照れ臭い。


「あとアッキーがね、遊びにおいでって言ってたよ。温泉があって体にいいんだって」

「まあ、“天頂環(てんちょうかん)”ね! わたし泊まってみたい!」

「アッキーが家族でおいでって。その時は千堂くんと魁次郎さんもいっしょだよ」

「わあ、涙鬼くんに会えるのね!」


 みさ子は喜色満面で手を叩いたが、克義は微妙な顔をしている。


「まだ僕は許可してない」

「わたし子どもの頃に足湯を一度経験しただけなのよ。ちゃんと肩まで温泉につかってみたいわ」

「のぼせたらどうするんだ」

「克義さんのけちんぼ。けちんぼパパ」

「やめてくれその言い方」

「あはは」


 団らんが終わり、みさ子はあずまが寝入ったのを確認する。可愛らしい息子の髪をそっとなで、静かにベッドから離れた。


 克義は自室でパソコンと向き合っている。アメリカの会社とやり取りをしているのだ。


「お風呂に入りますね」

「ああ」


 みさ子はドアを閉めずに立ち去る。二人きりの時はそうするよう決められていた。


 それほど間が開いていない時、耳き慣れない物音がするや否や克義は条件反射で立ち上がった。


 妻の名前を呼んだ。彼女は脱衣所でブラウスのボタンを途中まで外した状態で洗濯機を背にへたり込んでいた。


「ごめんなさい、ちょっと立ちくらみ」

「風呂はいいから、もう寝てくれ」

「そうする」


 克義に支えられながら、彼女は立ち上がる。


「今日の洗濯と明日の家事は僕がするから」

「いきなり寒いところに出たからくらっとしただけよ」

「駄目だ。言うことを聞きなさい」


 間髪を容れずに返されてしまう。みさ子は息を漏らしながら笑い、横抱きにされる身をゆだねた。


 割れ物を扱うかのようにそっとベッドに寝かせられ、離れていく夫の手を取った。


「ねえ。温泉には入らせて。大浴場はいいから。お部屋についてるお風呂ならいいでしょ?」


 克義は眉をひそめ黙っている。


「けちんぼパパ」

「だからそれは。……わかったから。長湯だけはしないと約束してくれ」

「うん、約束。克義さん大好き」


 克義は眉間のしわをごまかすように眼鏡のブリッジを押さえた。何だかんだと言って、甘えればどんなわがままでも彼は聞き入れてくれる。


 夫がブラウスのボタンを留めるのを見つめた。脱がせようとしていない真逆の行為なのに、彼の優しい手つきと結婚指輪を見ているとドキドキする。


 克義の前髪をなでた。「なんだ」と彼の小さな問いに応じず微笑む。


「オールバックに戻さないの?」

「あれは意外と手間がかかるんだ。やる理由もないし」


 頭の形を確かめながら、こめかみの小さな傷跡をなぞった。彼が生きていてよかったと、何年経っても色あせない気持ち。


 みさ子はわがままを重ねた。


「明日の朝食はオムレツにして」

「わかった」

「ベーコンも焼いてね」

「ああ」

「あと……おやすみなさい」

「おやすみ」


 みさ子は夫の頭をそっと引き寄せた。

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