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千堂魃は特技がない

 赤角の荒い鼻息によって、魁と魃の髪がなびく。魃は小学生の時の遠足で行った動物園を思い出させる臭いに鼻がひくり、息を詰まらせる。

 牛方彦といえば素知らぬ顔で肘をついて茶を飲むだけで、相方を止めるつもりはないらしい。


「まぁ待ちなよ赤角。今日はあたいの甥っ子に用があるんだろうさ?」


 魁がそう言ってしまうと、赤角は思い出したとばかりに隣の少年をぎろりとにらむ。白いまつ毛から覗いている大きい目の奥はどこまでも深く黒い。


 不気味なのは、牛といえば瞳孔は横長の四角い形をしている。ところがこの赤角という牛の怪物の瞳孔は碁石のようにまん丸としていて、いつでも突撃してもいいとばかりにどこまでもまっすぐに魃の姿をとらえていた。魃は委縮した。


「おばさん、俺たちは明子ちゃんに連れられて行っただけだから。彼女さえいいって言えば行かない」

「年下の女の子のせいにして、(なっさ)けない。それでも一度はスフィロイドに行こうって決めた男か?」

「だけど」

「だけどもヘチマもありゃしないよ。これはアンタらの尊厳てもんがかかってんのさ」


 魃は口をつぐむ。

 この心身ともに強くたくましい叔母すら諦めた、呪いを解くためにもう一つの宇宙、もう一つの地球というべき場所、異世界(スフィロイド)で当てもない旅をするのと、従妹とぜんざいを食べるために神に勝負を挑むのとは比較対象が違う。


 いや、本当に違うのだろうか。

 祖母が言っているように自分たちは何も悪くない。何百年も経って神社や寺に足を踏み入れるなというのは理不尽ではないのか。千堂家を加護することはまかりならぬと神仏の間で通っているというが、それ以外の取り決めはないと祖父から聞いている。


 現に、今までついうっかりと他の神社や寺の敷地に入って神仏が出現し叱咤を食らったためしはないのである。単にこの二人が短気なだけではないのか。ぜんざいを食べるくらいいいではないか。そう思うと、魃は馬鹿らしくなってきた。


 黙り込んだ彼を見て、牛方彦はにやりと笑う。


「では、今回も何らかの方法で手合わせをしよう。前回は赤角が方法を決めた。今回はそちらが決めればよい」

「さぁ決めてくれ。おれは何だろうと受けて立とう」

「無論、おれが相手でも構わない」


 大きな牛の頭に見下ろされながら魃が悩んでいると、ドタバタと足音が近づいてきた。


「魃ちぃ! タンマ長いぜ!」


 明子が真っ黒に汚れた顔を出すや否や「わぎゃ!? ビーフ!?」と仰天し、足を滑らせ尻もちをついた。対して赤角は何を言われたかわかっていない様子である。


「む? この小娘は」

「佐原明子様だぜ」

「なぜそのような汚い顔をしている」

「るーちゃんが強いのがいけないんだぜ。そんなことよりも一体全体ネクタイ、こりゃなんだ?」


 着ぐるみかと赤角の太い腕をぺたぺたと触ったり、ぎゅうぎゅうと引っ張ったりする明子に魃はぎょっとして、慌てて赤角から引き離した。気分を損なわせたかとハラハラしたが、赤角は何も言わず、剣の形をした金の飾りがぶら下がった耳を一振りするだけであった。


 魁が言う。


「今後、魃と涙鬼が牛安天神のぜんざいを食べられるかどうか、かかっているのさ」

「何! そいつは一大事だぜ!」


 明子は他人事でないように奮起し、そんな彼女が持っていた羽子板に牛方彦は目をつけた。


「羽子板でも構わないぞ? 正月に相応しい」

「いや待ってくれ」


 羽子板では駄目だ。もっと自分に有利な勝負がしたかった魃は、自分は一体何が得意なのか巡らせた。その間にも顔を洗った涙鬼とあずまがやって来て、そろってふたりは赤角に驚いた。


「二対二でもいいぞ?」

「いや俺だけでいい」


 牛方彦の提案を即座に却下する。新年早々、弟に危険な目にはあわせられない。

 家族に見守られながら、それでも魃は確実に勝てるような自分の特技が浮かばなかった。


 例えばサッカーはしたくない。小学生の体育の授業でやった時、ボールを奪おうとしつこく接近した子を押しのけようとしたら、その子は豪快に倒れ嫌な空気になった。

 例えばバスケットボールもしたくない。ボールが回されない子に良かれと思ってパスをしたら、その子は手を押さえてうずくまり嫌な空気になった。手首が骨折していたらしい。


 水泳は論外である。そもそも手袋をしたままスポーツをしようとすると、知らない奴にいちいち説明をしなければならなかった。中学生になるとある程度は静かになったが、小学生の頃は先生も含め周りがうるさくて体育が嫌いになった。


 苦手なことばかりが次々と浮かんできた。第一、サッカーだとかバスケだとか集団でやるものであり、一対一でやるものといったら。


「将棋とか、オセロとか……」

「そんなこぢんまりしたものできるか」


 赤角の眉間に小じわができる。


「以前、そいつは魁次郎と将棋をやって負けたのだ。おれがやれば勝てていたものを」

「黙れ」


 牛方彦に馬鹿にされ赤角は肩を怒らせている。


「一体何の話だ?」

「何かでこいつらと勝負をして勝たないと、お主も魃ちぃもぜんざいが食えないんだぜ」

「何かって、羽子板とか?」


 涙鬼と明子の会話に「羽子板にするか?」と牛方彦は不敵な笑みを浮かべながら急き立てる。


「早くしろ」


 赤角が苛立っている。魃は頭を抱えて記憶を巡らせた。


「今浮かんだものを言え」


 結局、同級生がやっていて自分は参加したことのない未知数なものを答えに出した。


「腕相撲! おばさんが相撲をしたなら、俺は腕相撲をする。牛方彦さん、あなたと」


 さすがに筋肉の塊のような赤角とはやれない。


「相分かった。では明日の夜半で待っている。準備をしておこう」


 牛方彦は人間に化けると赤角の分の茶まで一気に飲み下し、菓子を懐にしまい込んだ。てっきり今からやるものだと思っていた魃は肩透かしを食らう。


「腕相撲か、まあいいだろう」


 指名されなかったのがつまらないらしく、人間に化けた赤角は仏頂面。二人は挨拶もせずに屋敷から出ていった。


「ま、がんばれや。もう一回お風呂入ろうっと。湯冷めしちまったよ」


 魁はチヨに叱咤されながら他人事のように風呂場へ引き返した。明子は「俺様がついてんぜ」と腕を魃の腕に絡ませ体を密着させる。


「なんか頭痛くなった」


 魃は明子を引きはがし、額を押さえる。


「羽子板もっとやろうぜ」

「俺はこたつで寝る」


 魃が居間に消え、魁次郎が明子たちの元に歩み寄る。


「少年少女たち、凧揚げをしようか。じじと凧を作ろう」

「おう、しようぜ!」


 瞬時に明子は凧揚げ気分に切り替わる。


()()を作る……?」


 あずまは頭をひねった。

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