千堂魃しか視線に気づかない
56話目に登場人物紹介をはさみました。
ついでに章分けもしました。
「おい、見よ」
冷涼な声の細い影は改めて映し出された光景の一点を指差す。ひとりの少年が参拝客の間をすり抜け千堂一味に向かって小走りしている。そしてメガネの少年と笑顔で手を振り合った。
「日比谷、千堂! 明けましておめでとう!」
「吉祥くん、久しぶり!」
明子が片眉を吊り上げて「む、友だちか?」とあずまに尋ねる。
「そうだよ。彼も千堂くんの友だち」
「なにっ、あずまっちだけでなくお主もそうなのか。ダブルフレンドリー! やるな、るーちゃんよ!」
初耳の愛称に郡司は涙鬼に目をやるが、当人は知らんぷりしている。
「俺様は佐原明子! アッキー様だぜ! るーちゃんのいとこだぜ!」
満悦に名乗られ、郡司は彼女が琥将家の血筋の身体的特徴に色濃く合致していることに気づいた。
琥将家は女系なので辰郎に姉か妹はいて当然で、涙鬼にいとこがいるのは明白。琥将家の跡取り娘が嫁いでしまった話も有名である。それでも孤立無援のイメージが強い千堂涙鬼に、それも影響力が強い家のいとこがいるなんて、郡司は意外に思った。
「ああ、そうか。ここは菅原大天神が祭られている一つだからか」
魃は郡司がわざわざ浅緋まで来た理由を答えた。
「家族代表で来ました。今年もいい冬になって、無事に春が来ますようにって。それよりも平気なんだな。千堂が初詣だなんて」
先ほどあずまがしたように、彼も周囲を軽く見回した。
「お参りするのは俺様とあずまっちだけだぜ。このふたりはぜんざいを食いに来たのだよ」
「あー、ここのうまいもんな」
明子の言葉に郡司は納得し笑った。すると「郡司くーん!」と珠久遠寺の呼び声がした。
「やべっ、あいつ小さいからはぐれる。それじゃ!」
郡司は人ごみに消えていった。明子は怪訝に「これか?」と小指を立ててあずまと涙鬼に聞くが、涙鬼は無視し、あずまは「それどういう意味?」と逆に問いかける。
「フッ、これだから男は女より大人になるのが遅いのだよ」
明子はなぜか得意顔なった。
「見たか、郡司の者が近づいていったぞ。まさか繋がりがあったとは」
拝殿の中ではまたしても大きい影は腹を立て始め肩で息をしていた。
「年が近いのだ。おそらく学び舎が同じなのだろう」
「だからといって、なぜにあのようにして親しげだったのだ? 冬族の掟はどうした?」
「人間の血の方が濃く流れているからな。決まりを破ったのだろう。人間は簡単に嘘をつき、騙し、呆けてしまうものだからな」
「どうする牛方彦よ?」
「ふ、郡司の者にも一言告げるか?」
大きい方は深く胸を膨らませ、鼻を鳴らす。
「あれは無視しよう。このまま氷奴の血を忘れ、ただの人間と成り下がればよいのだ!」
「では赤角よ、このもうひとりの少年はどのように致そう?」
牛方彦は喉を鳴らして面白そうに笑う。
赤角は黒い耳をぶらんと揺らし、佐原明子の隣にいる眼鏡の少年を凝視する。
「これはどこのどいつだ? いつか見た顔ではある」
「お前の脳はつるつるだな」
「黙れぃ!」
「これは上野みさ子の子どもだ」
「何ぃ?」
赤角は黒くごつい指で少年の眼鏡を隠して見ようとするが、うまくいかず鏡をはたき落とした。宮司がギョッとした。
「上野の女の子どもなら仕方あるまい。大目に見よう」
「ではそうしよう」
魃は先ほどから見られていることに気がついていた。
(嫌な視線だ)
拝殿の方から来ているものだということはわかりきっていた。去年までもそうだったが、敵意は感じられずそれほど気になるものでもなかった。
ところが今年はあからさまで、もはやわざとわからせてやっているとしか思えなかった。
「ごちそうさまでした」
最後にあずまが完食して丁寧に手を合わせた。
「よっしゃあ行くぜ、あずまっち!」
「え、行くのか?」
「なーに言ってんだ魃ちぃ! はいパス!」
自分とあずまの分の容器を魃のものに重ねた。魃が視線のことを伝えるべきか判断する間もなく、明子はあずまの手をつかみ参拝の列に並んでしまった。
「涙鬼、気づいているか?」
「何を?」
涙鬼は不機嫌な面をしている。
「拗ねてる場合じゃない。ふたりが戻ったら即行家に帰るぞ」
新年早々ややこしいことになりそうな予感をしていた。
順番を待つ間、あずまは繋がれている手にドキドキしながら素朴な疑問を投げかける。
「どうしてアッキーは自分のことを“俺”だなんて言うの?」
「変かね?」
「ううん! 変じゃないよちっとも。そう言う女の子初めてだったから気になっちゃって」
「アンサーはこれだぜ。この方がアッキー様らしいからなのだよ。あたしって言うアッキー様と俺って言うアッキー様を比べたら、俺って言うアッキー様の方がレベルが高く強いのだよ」
「強い?」
「お主もやってみろ。レベルがアップアップアップップゥーだぜ」
「んふふっ。なるほど。うーん……俺……俺かぁ……」
順番が回ってきて、小銭を用意する。
「これやり方あるんだよね?」
「んなもん気にする必要ないぜ」
一応、あずまは前の参拝者たちを観察していた。彼らがある程度に共通した行動を取っていたのだが、明子がそうきっぱり言うのだったらと、あずまは真似するのをやめた。
「ふ・ふ・ふ。俺様はこれがやりたいだけなのだよ」
明子は賽銭箱に十円玉を投げ入れ、鈴を豪快に鳴らす。それから大股開きで、両手を天に掲げた。
「佐原明子! 力よみなぎれ!」
後ろのカップルがクスクス笑った。あずまは頬を赤らめながら十円を入れ、鈴を鳴らした。
「いつまでも家族みんな幸せでいられますように」
「よし、次はおみくじだな!」
またしても明子に引っ張られた。千堂兄弟の元へ戻る前に買い、屋敷に帰る途中で中を読んだ。明子は唇を尖らせた。
「吉だぜ。金運は上々なんだがな。恋愛はねぇ、待ち人は来ねぇ、テレビもラジオもなんにもねぇ。まさに仕事が恋人なキャリアウーマンのようだぜ。あずまっちはどうだね?」
「僕?」
「お・れ!」
「あはは、俺ね。これなんて読むの?」
「中途半端な末吉だぜ。お主、健康には気をつけた方がいいぜ」
「健康か……わかった!」
ずっとふたりは前方で楽しそうにしゃべっていて、涙鬼はまずます恨めしい目になっていた。
「いいじゃないか、年に数回しか会わないんだから。明子ちゃんだってずっとお前の味方なんだぞ? 友だちができて喜んでたろ」
兄の言葉に涙鬼は口を尖らせた。
時々、魃は後方を意識する。あずまと明子に参拝の順番が回ってきた時に何かあるんじゃないか。その不安は外れた。あの嫌な視線は牛安天神の境内から出てから感じなくなっていた。
(なんにもなけりゃいいんだけど)




