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佐原明子はいとこの学校生活を把握していない

 明子をど真ん中に、左にはあずま、右には魃と涙鬼が並んで座った。最後に座ったのは僅差で魃であった。涙鬼が明子に距離を置いて端に腰かけたため、流れで魃が彼女の隣に座って隙間を埋めるしかなかった。


 魃としては、今年はあずまがいるので自然と彼の隣に座ってくれることを期待していたが、弟が発揮する天邪鬼(あまのじゃく)加減にはほとほと弱ってしまう。

 肘で腕を小突いてやると、弟は眉間にしわを寄せてこちらを見ようともしない。


 あずまは魃がおごってくれたぜんざいを一口。眼鏡は曇り、舌先が火傷しそうになりながらも笑顔をこぼした。


「あちち、こんなに甘いの初めて食べた」

「ほうかね」

「アメリカでもものすごい甘いケーキとかチョコとか食べたけど、こういう甘さじゃなかったな。これ豆だよね?」


 明子は唸り声で返事をしながら旨そうにずるずるとすすっている。彼女が選んだぜんざいにはクルトンのように細かく刻まれたカボチャが入っている。


 舌がヒリヒリするほど熱かったので、あずまは何度も湯気に息を吹きかけた。


「アッキーは平気なの? 熱くない?」

「俺様はうまいもんを食べる時いつも気合いを入れているのだよ!」


 和気あいあいとしゃべっているふたり。涙鬼は明子に向かってにらみ、あずまがハッと気づく。


「千堂くんは熱いの平気?」

「別に」


 魃が「座る場所変わるか?」と提案するも、涙鬼は「いらん」と言う。明子はへらへらと、口の周りをべったり小豆色に汚したまま馬鹿にするように笑った。


「るーちゃんは妬み屋だぜ」

「妬み屋って?」

「自分でガマンを決め込んでるくせしてうらやましがってんだ」

「千堂くんガマンしなくていいよ」


 涙鬼はあずまにまで馬鹿にされた気になって「しとらん」と頑なになった。自ら間に挟まれることを選んだ魃は苦笑を浮かべている。


 突然、明子は大きな声であずまに声をかける。


「そんなことよりあずまっちよ!」

「えっ」

「どうしてわざわざるーちゃんのことを苗字で呼ぶんだね? 紛らわしいとは思わんか」

「あ、ごめんね。千堂くんを尊重してるだけなんだ。僕が“千堂くん”って呼ぶ時は“涙鬼くん”のことだよ」


 久しぶりに、さりげなく下の名前で呼ばれて涙鬼はぴくりと頭を揺らした。明子が「ほーう? そうかい千堂くぅん」と意味深長な笑みで見てくる。涙鬼はまずそうな顔でぜんざいをすすった。


「ははは、いやまったく……」


 魃は困り果てながらも、あずまがいるおかげで去年より好転していることに安堵する。弟が素直になる機会がいつ訪れるのか、それはさておいて、和やかな気分になれた。


 魃は冬を好んでいた。手袋をする人であふれかえるからである。彼がなぜ手袋をしているのか、その中はどうなっているのか、気にする者がいなくなるからである。


 寒さに体を強張らせながら外出している間だけ、皆と同等の、どこにでもいるなんでもない人間として溶け込んでいられる。手袋の中すらも皆と同じ、青筋が薄らと見える淡黄色の手だと思い込んでいられる。

 そうすると、隣の弟の眼帯も単に目を負傷しているから。眼病にかかっているから。そのうち完治できる気がしてくる。


 そんな不安定な胸中を口にしてしまえば間違いなく涙鬼は冬を嫌うだろう。魃は秘密のままにして、今年も外を出歩くきっかけを作ってくれた明子に感謝していた。


 実のところ、魃は涙鬼がなぜ明子を毛嫌いしているのか、もう一つの決定的な理由を知っていた。

 明子は違う小学校に通っているため、涙鬼の学校生活を把握していない。友だちがいないことは本人の嫌々ながらの情報で知っていたが、それは彼の不機嫌な態度のせいだと勘違いしていた。


 だから彼女は言うのである。『もっと心を開いたらどうだね?』と。


 いじめのことは知らなかった。もし誰かに教えてもらっていればきっと周囲の制止を振り切って行動に出ていただろう。だから誰も教えなかった。

 従妹である明子は千堂家と交流する権利を持っているが、彼女の立場はなかなかに微妙だ。涙鬼も当然それを理解してはいるが、たまにしかやってこない彼女の偉そうな態度には腹が立ってしょうがないのだろう。


 明子はベロベロベロと口の周りの甘味を下品に舐め回し、あずまはハンカチを渡そうとした手を宙にさまよわせたまま呆気に取られている。魃はとうとう我慢できず吹き出した。


 そんな様子を、彼らは置かれている鏡を通して妬ましい目で見ていた。


「見たか、千堂だ」

「今年もやって来たか」


 拝殿の内部には二つの影があった。一つはごつごつと大きく、一つはすらりとしている。その姿も声も参拝客には気づかれていない。


 大きい方が野太い声で言う。


「またしても堂々と足を踏み入れるとは、子どもは油断ならん。琥将の小娘は毎度余計なことをしてくれる」

「去年も言ったがあれは琥将ではない。寅子は佐原に嫁いだのだからな」

「ああ余計なことを!」


 大きい方が次第に鼻息を荒々しく、隆々の肩を上下に揺らす。対し、細い方は淡々と現実を言う。


「姓が変わろうが次代の“トラの足”であることには変わらん」

「だが琥将家の家督はどうなる?」

「当代が死んで佐原にすげ替えになるだけであろう」

「何ッ!?」


 がばりと大きい方の影が感情的に一回り大きくなる。


「よいではないか。拠点となっている北西の(みのり)区は景気が右肩上がり。佐原といえばここの建造にも携わっている」

「本殿は小さすぎる! 窮屈でかなわんわ!」

「泰京の発展において佐原は切っても切れない、なかなか歴史のある家だぞ」

「それとこれとは話が違う! 由緒正しい琥将家を潰すというのか!」


 大きい方が高圧的に声を上げるが、暖簾に腕押しといった具合で細い方の涼やかな態度は変わらない。


「もはや正しくないと判断したから寅子は琥将の姓を捨てたのだ。爪は新しく生え変わっていくもの。この件の話も何度目だか数えていないが、諦めよ」

「ぐぐぐぐぐッ! がアッ!」


 大きい方は行き場のない怒りで奇声を上げた。拝殿が少し揺れ、鏡が倒れた。それを見て宮司がそそくさと元に戻した。

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