千堂涙鬼はいとこが気に食わない
昼間近になると突然、真下からドンドンドンと豪快な足音が聞こえ、飛行機の模型が揺れ始めた。さっと顔面が蒼白になった涙鬼は鉛筆を落としてラジカセの電源を切った。そうしている間にも階段を上ってくる音が響いた。
さっ! ドン! と豪快に引き戸が開かれる。あ、かわいい、とあずまは思ったのも束の間、彼女はのどちんこが見えるほどにガバリと口を押っ開け笑った。
「よーぉ! 明けましておめでとぉ! お盆休みぶりぃ! ぼんぼんぼんッ!」
声高に、くねくねと踊りながら彼女は言うのであずまは驚いた。髪と瞳の色は辰郎と同じで、紹介されなくとも彼女が明子なのだと一目瞭然の外見であった。
「むっ、誰だそこにいるメガネは?」
目を光らせ、どんどん詰め寄って見下ろしてくる。目を三角に吊り上げているが、怒っている訳ではなさそうである。
「僕は日比谷あずま。千堂くんの友だちだよ」
「なにぃ? ほーぅ、新年早々こりゃめでたいぜ。るーちゃんにマイフレンド!」
涙鬼に笑顔を向けると、彼はそっぽを向く。
「俺様は佐原明子様だ。るーちゃんのいとこだぜ。アッキー様と呼べ。よーろしく三十八!」
「う、うん。アッキーさまだね」
様はいらん、と涙鬼が言い添える。明子は頭に乗っかる小さなツインテールとフィソステギアという花の柄の振袖こそ女の子らしいものの、顔は中性的で、口調はまるで男の子である。どんどん前へ出る能動的な態度から、涙鬼が苦手意識を持つのも納得してしまう。
しかし、明子は名前の通りサンサンと照らす太陽のようである。日の出を見ていないあずまは彼女の裏表のない笑顔を見てそう印象付けた。
ところが涙鬼は暑苦しいものを見る目で従姉を見ていた。落ち着かない足の動きで畳がこすられるたびに、彼の眉間のしわがぴくぴくと動いた。
「ほーぅ? いかにも頭良さそうなメガネでパーマだぜ」
「う、うん。僕は天然パーマなんだ」
「で、パーマンはるーちゃんのどこ気に入ったのかね?」
明子は不良のように大股開きで屈み、あずまの目を覗き込む。
「えっと、そうだね……」
琥珀色の虹彩がきらきらと光っているのに気づき、あずまは赤らめる。
「無論、千堂家の秘密も知ってるんであろうな?」
「えっ、もちろんだよ! アッキーも知っているんだね?」
「もちのろんだぜ! 俺様のおかあちぃも知ってんぜ! わはは!」
気持ちいいくらいに笑い飛ばし、あずまは圧倒された。涙鬼が解けきることはない白く切ない雪に例えるならば、彼女は正反対で真っ黄色の太陽は沈むことはない。沈む時があるとするならば一体どうなってしまうのかまったく想像がつかない。
何よりもあずまが嬉しかったのは、自分の他にも呪いの存在を理解しつつ笑顔を絶やさない人がいること。それだというのに涙鬼は嫌そうにしていて、これは難しい問題なのだろう。
「へい! るーちゃんにお年玉をくれてやろう」
「いらん」
「む! いいのか~? 貴重なお金だぜ~? 俺様が渡したとみんなにウソついて懐に入れてしまおうかな~?」
明子はぴらぴらとお年玉袋を見せびらかすようにあおぐ。
「今年はもうもらった」
「むむ?」
「あ、僕が渡したんだよ。もらっておいた方がいいよ、千堂くん。これってアッキーのお家の気持ちなんだから」
あずまの言葉を聞いて、涙鬼はあごに梅干しを作る。ちらちらと視線をさまよわせ、無言で手のひらを差し出した。明子は彼の手を両手で挟みながらお年玉を押しつけた。
「ちゃんとありがとうって言える人間になるんだぜ」
そう笑われても、涙鬼は無言でお年玉を書机の引き出しに入れた。
「へい! 今年も初詣行こうぜ!」
状況を切り替えようと明子は両腕を突き上げる。涙鬼は「嫌だと」即答した。
「初もうでって、確かお正月にお参り、するんだよね? アメリカにいたから知らないんだ」
重みでずり落ちた袖から露わになった白く細い腕にどぎまぎしながらあずまは言った。
「何、アメリカ? ほう、なら尚更行こうぜ!」
明子はあずまの腕に自分の腕を絡めて引っ張った。あっという間に部屋から連れ出され、置いてけぼりにされてしまった涙鬼は慌ててストーブを消して追いかけた。
明子はずっと魅来とテレビを見ていた魃に声をかける。
「魃ちぃ、魃ちぃ! 行こうぜ!」
「ん、おっし行くか。着替えるから待ってな」
前もって話をしてあったのか、毎年恒例のことだったのか、魃はすんなりと腰を上げた。
「母さん、昼は食べてくるよ」
魅来はテレビにかじりついたまま「むふふっ」とピースサインをした。涙鬼の母親があからさまに笑っているところをあずまは初めて見た。
「千堂くんも行かない?」
「行く」
涙鬼は無愛想に答えた。
明子が先導で訪れた牛安 天神は浅緋の宿場町の外れにあった。
どうやら北の日暮山から社殿が直線状にあるとあずまは気づいたのは、童小路が明かしてくれた消えた山の神の存在について頭にあったからであった。
山のふもとの鳥居は意志を持って機能を損なわせてあるが、この神社の鳥居はきちんと保たれていた。あずまは明子と堂々と真ん中をくぐったが、振り返ると涙鬼と魃は首を垂れながら端でくぐっていた。神さまのいる場所に足を入れるからと魃は説明してくれた。
「なんだか気に食わないって感じか?」
「え?」
「そんな顔してた」
「そうですか?」
魃に指摘され、あずまは曖昧に笑った。頭を下げている涙鬼を見て、思わず体育館での一件のことが脳裏に浮かび嫌な気持ちになっていた。
「このふたりは気にしいなんだぜ」
「お前はもっと周りを気にしろ」
「ぷぷぷぷぷーん」
涙鬼に向かって明子はタコのように口をすぼませ、変な鳴き声を出しながら頭を小刻みに揺らした。涙鬼は冷めた目をしていた。魃は「中国の人形みたいだな」と失笑した。
日暮山の神さまはどこかへ行ってしまったけれど、牛安天神の神さまはいるということか。たくさんいる参拝客に混じっているから平気かなと、あずまは境内を見渡した。
小さな子どもが率先して黒い牛の石像の頭や背中をなでている。この神社では牛が神の使いなのだろう。
「ぜんざい! ぜんざーい!」
明子は華やかな振袖の虹色の人々をすり抜け茶店を目指した。
「ほれ、ここだ、ここに座れ!」
彼女は外に設置されている長椅子を陣取って、ばしばしと席を叩いた。
「あれはいいのかな?」
あずまは参拝の行列に目を向ける。
「ぜんざい目当てでお参りは二の次さ。ぷぶぶ」
魃は明子の首振り人形っぷりを思い出して笑いを噛みしめる。
「それに、お参りは無意味だから、千堂家は。明子ちゃんもそこはわかってんだ」
千堂家が神に願い事をしても聞き入れてはくれない。かつて郡司が明かした決まりを思い出し、あずまは悲しくなる。
「別にお参りなんて俺らには必要ない。力を貸してもらえなくたって案外どうにかなってる」
魃はそう付け加えた。




