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タラ福⑧~定丸は通用しない~

 あずまのお多福の顔が歪む。螺旋(らせん)状に目鼻が中心へ陥没していき、反動で黒い流動体がドッと噴き出した。


 とっさに郡司と涙鬼は双方に避けた。タラ福の巨大な顔が形成され涙鬼に向かう。

 般若の顔が目前に迫り、涙鬼は全身で衝撃を受けた。ぐっと息が止まった。足が浮き、後ろへ押されていく。


「涙鬼!」


 頭上を行くタラ福の腹を辰郎は見上げた。彼女は広く円を描きながら上昇していく。


『このまま地上に落してやる! 人間の脅しなど、私に通用しないのだ!』


 自分の手は汚さないと決めていた定丸のやけくそになった声を受けながら、涙鬼は激しい風と圧迫感を背に落ちまいとしがみつく。歯を食いしばっている般若の下唇がかろうじて足場になっていた。


(くそ!)


 無関係な奴を巻き込まず直接に自分を狙え。そう願ったのは否定しないし、本音である。しかしこれは、あんまりではないか。どうしろというのか。


 顔の右半分が熱い。脈打って皮膚が痛む。血管がぐねぐねと暴れ、赤い筋が鼻へと根を張っていく。


 乱れる呼吸に唸り声が混ざる。自分のものとは思えない、髄にまで低く響く獣の(うめ)き。目を閉じていると内側から視線が訴えているのを感じた。


「涙鬼!」


 父の声がする。墨汁を無限に噴射させるかのように上空へと体を伸ばしていくタラ福を、青く澄んだ龍が追う。父が時に鬼札から出す味方が豊かな眉とひげを揺らめかせ、水面(みなも)のように鱗を光らせる。


 父が龍の額のしわにつま先を引っかけ立っていた。鱗の輝きが反射して、瞳が若草色に変化して夜空で爛々(らんらん)としている。


 辰郎は拳を作って叫ぶ。


「涙鬼! 目を狙え! 目を! 潰せ!」


 崇城は指を差して叫ぶ。


「郡司! 鬼札を使え! その落ちてるヤツだッ!」


 郡司はハッと直立不動のあずまを振り返る。黒い流動体が顔から噴き出し続けているにもかかわらず、定丸が手放した足元のそれを拾おうとあずまの指先はぴくぴくと動いていた。


 涙鬼はタラ福の片目に何度も左拳を叩きつけ、深く眼球を潰した。タラ福が耳をつんざくほどの悲鳴を上げた。蛇のように激しくうねり、左腕が突き刺さったままの涙鬼は振り落とされまいと必死になった。


 タラ福の潰れた眼球から黒い流動体が噴出する。般若の怒り狂った顔が苦痛で黒い涙を流す。ばきり、と鈍い音を出して顔はひび割れ、そこからも流動体が出て顔は弾き飛んだ。


 宙に放り出された涙鬼は辰郎に抱き留められた。


 郡司は鬼札を空へかざす。熱湯が高々と放射され、顔を失ったタラ福の体を包む。札の裏に息を強く吹けば、湯は急激な早さで下から凍りついていく。


 タラ福は氷の中に閉じ込められた。動きが封じられているのを青い龍がしげしげと覗いている。


 力を使い果たした札が最後に凍りついて散り散りになるのと同時に、タラ福も粉々に割れた。

 白く輝く細かな粒は黒く染まり、夜空に雲散霧消した。しん、とした後に青い龍が口元に貼りついた自身の髭をフンと小さなくしゃみで吹き離すのが見え、郡司は失笑する。


 あずまから噴き出していた黒い流動体がびしゃりと地面に落ちた。ようやく顔を出したあずまが倒れそうになって郡司は支えた。


「ありがとう」


 あずまは顔を上げてにこりと微笑んだ。


「お前とんでもない奴だな。アイツを頭から追い出すってさ」

「がんばっちゃった」


 舞前先生でも半年かかったんだぜ、と郡司は言いそうになるもやめた。地上に降りた涙鬼が顔をさすりながらじっとこちらを見ているのを気づいたからである。


「おーい。無事かー」

「千堂くん!」


 ふたりで手を振ってやると、なぜか彼はムッとして辰郎の方に目をやった。


 辰郎は高矢を抱き起こしていた。額に青あざができている高矢はピクリとも動かずにぐったりとして、緩みきったまぶたの下に薄らと白目があった。


「死んでるのか?」

「生きてるよ」

「そうか」


 涙鬼は安堵するでも残念がるでもなく無表情で高矢を見た。


「……なんだ」


 青い龍が首を垂らして右から左からと顔をじろじろ見てくるので、涙鬼は怪訝に横にらみする。


「呪いの具合はどうだ?」

「なおった」

「だ、そうだぞ」


 辰郎に言われて、青い龍は首を引っ込める。ごつごつした前足で首元をかき、眉間をかき、満足したのか忽然と消えた。


 涙鬼は確認で顔に触れる。右目の熱さは収まっていた。広がっていた血管のうねりも落ち着いている。

 今までなかった感覚を思い出しながら右目を押さえると、いつもの微熱が手のひらに伝わり、まぶたの裏の明るい緋色が見えた。


 父親が校舎に目を向け、涙鬼は消灯されていることに気づく。


「千堂くん、辰郎さん! 吉祥くんがちょっと学校に戻るから先に車に戻っててください! 優勝の旗を戻さなきゃだって!」


 あずまが手を振りながら声を上げ、郡司の後ろを駆けていった。涙鬼は「訳がわからん」とぼやいた。

 そういえば、ルビを振る基準なんですが、単純に自分が読めないやつに振っています。

 単語によってはひらがなでいいやと済ましていますが、感覚的に漢字の方がいいなあと判断して、それで自分は読めないやつにルビを振っています。

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