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タラ福⑦~ぼ<はき三をЧцる(+十よい~

 定丸は混乱し、恐れを抱き始めていた。


「どういうことだ……! 何が、なんで、どうなってる!?」


 様々な人間に取りついてきた。強く生きるためであった。

 人間に遭遇しないよう山奥でひっそりと暮らすなんて彼女にはできなかった。食物連鎖の頂点が人間であること、自然の開発の権利が人間にあること、人間の都合で自然を破壊することも維持させることもできる時代に生きていることが、恐羅漢山定光の生き様を聞かされ育った彼女は納得できなかった。


 だから権力のある人間を操って、真の支配者は人間ではないのだと自尊心を満たそうとしてきた。人間が得るはずだった幸福も幸福感も自分のものにしてきた。それでも満足感を得る日は来ない。


 日本全国に散らばって活動していた千堂家も今や数を減らしながらも、ひとつは変わらず泰京市に居を構え続けているのは知られていた。

 千堂家の人間に天誅を下し、肉体から“部位”をもぎ取って天にお返しするのが“すてゑたす”であり勲章なのだと耳にして、それこそがお前の足りないものではないかと仲間に告げられた。その通りだと彼女も思った。


 仲間に焚きつけられ、姉を連れて泰京市に来てからというもの予想外の事態が続いている。それほど深く気にしてこなかった人選を、千堂涙鬼に苦痛をたくさん与え、楽しむために使い勝手が良さそうな相手を選んだつもりだったのに、ろくなものではなかった。


 舞前はとにかくしつこくてうるさかった。同じ顔になる不都合で他の教師に乗り換えられなかった。それでもどうにか半年間、抑えることができていた。いや、本来は半永久的に操ることができたはずだ。それくらい彼女には自信があったのだ。


 飽きれば捨てる。長期間、精神力を奪われ闇に心を溶かした人間は人間社会では脳死扱いされる。舞前もそうなるはずだったのに。彼女は侮っていた。


「定九ヽさん。モうや〆ようよ」


 あずまの崩れた顔が今にも破裂しそうに伸縮して震え、今にも首が飛びそうに揺れ動いている。優しく伸ばされた右手はしわに添って裂け目があり、ミシンで失敗した糸のように絡まった血管が詰まっていた。


 定丸は思わずその手を振り払った。拍子に彼の血管が蜘蛛の巣のように手に絡まり小さく悲鳴を上げた。


「なんでお前ひとりなんかに手こずらなきゃならない!? 本当はもっと」

「知ってるよ」


 あずまの表情と口調がザッピングするかのようにころころと変化していく。


「職員室の先生全員と」

「バスケ部全員と」

「舞前先生をずっと操っていたのもすごいよ」

「だって知識は先生のもの」

「だけど教えていたのは定丸さん」

「でしょう?」

「それかお姉さんかな?」

「大人数を乗っ取る時は疲れるよね?」

「力が分散されて、動きも限定されてるんじゃないかな?」

「頭を乗っ取るということは、脳を乗っ取るということ」

「舞前先生を拠点にして力を使っていたから」

「バスケ部のみんなを体育館から出して」

「使えそうな和子ちゃんだけ残したんだよね?」

「失敗したけど」


 眼鏡のブリッジを押すその仕草は父親と同じであった。

 定丸は歯を食いしばる。


「お姉さんが高矢くんから離れたせいで操ることができる力も弱くなったよね」

「僕ひとりだけならどうにでもできると思ったんだろうけど」

「お姉さん、やられちゃったし」


 絡まったあずまの血管を引きちぎりながら、定丸は怒鳴った。


「ふざけるな! お前みたいな、お前みたいなマザコンでなよなよして弱っちくて、千堂家に肩入れするような人間に負けるものか!」


 定丸はタラ福の姿となって吠えた。


「私はお前を乗っ取る! そして千堂涙鬼を殺す! 奴だけでも殺す! そのために泰京へやって来たんだ!」


 あずまは飲み込まれそうな大きな口を見上げながら悲しそうな顔をする。


「お願いだからそんな風にこだわらないで。ウイルスになってるよ」

「ウイルス?」

「僕の脳がコンピューターで、きみはそれを攻撃しているウイルスだよ。きみは今、僕の敵なんだよ? 悪者なんだよ?」

「あはは! 何が悪者だ! 正義も悪も何もない! 私は千堂家が許せない、復讐したい! それだけだ!」

「定丸さん、気持ちはわかるよ。本当はね、本当はこんなこと言いたくないけど……」


 あずまは白けたように一度への字に口を曲げ、上目遣いで相手をにらみつけた。郡司に怒った時とは違う、父親のものに似た冷暗な眼差し。そして他人を見下した笑みであった。


「きみさ、しつこいんだよ。千堂くんのご先祖さまが先に悪いことしたからって自分のやることを正当化するなんて吐き気がするんだよ。正義も悪もない? はは、そうだね。きみはただ殺したいだけなんだもんね。だって千堂くんは何も悪くないもの。千堂家が鬼たちはみんな悪だと思ったから殺したように、きみも千堂家は殺していい存在だから殺したいだけなんだもんね。それは復讐とは言わない。ゴキブリ退治みたいなものなんだよ、わかるかい? あはは、まるで千堂くんはゴキブリみたいな言い方しちゃった。でもね、きみは半年以上もずっと一匹のゴキブリをいたぶってたものなんだよ。気持ち悪いんだよね、きみのやってること。なんで千堂くんばかり狙っちゃったのかな? お兄さんだっているのに。両手のハンデはあるけどあの人モテそうだし、結婚して子どもが生まれたら、ほら! きみの嫌いな千堂家がまたひとり増えちゃうね? 殺す殺すって言いながら、今の今まで実行しないでいるなんて、きみは面白い子だね。本当はいじめるだけで満足しちゃってたんじゃないの? それっぽい理由をつけて復讐してる自分カッコいいって思ってるだけだったんじゃないの?」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!! 黙れぇーーッ!!」


 あずまを踏み潰し、噛み砕き、引きちぎり、叩いて、叩いて、叩いて、すり潰して、叩いて、叩いて、叩いて、叩いて、叩いて……。


“きみは友だちを作らなければならない”


「`ノん十ょんじゃ、木゛勹はきみと友だち(こなれないよ」


 響いた男の声に反応して、あずまの目玉が言った。部品を寄せ集めながら上半身を立たし、腕を伸ばす姿に定丸は震え上がった。


「お前は操られている! 私じゃない別の誰かに洗脳されている! お前はそれでいいのか!? 誰かに生き方を決められて」

「いいよ」


 定丸の頬にそっと両手が触れる。


「魔法が解けると僕の心は冷たくなって死んじゃうんだ。僕は今の僕を気に入ってるよ。お父さんもお母さんも、ずっと僕のことを本気で愛してるって理解できるようになったんだもの。だからもっと愛されるように、みんなに愛されるように愛してくれる友だちを作らなきゃいけないんだ。だからね、もしも僕を使って友だちを殺したら、僕は許さないよ。きみのことを殺す計画を立てて、ゆっくりきみを追い詰めるよ。すぐには殺さないんだ。きみのようにね。殺したらそこでおしまいだし、友だちは戻ってこないからね。いないことに慣れるまできみを追いかけるよ。殺したいほど恨まれているってことを感じてもらいながら、しばらくは生きてもらうよ。後悔はしなくていいからね。してもしなくても、きみが怖がって震えているところを、僕は見たいんだ」


 群青色に冷たく光る目が優しく細められる。「ねえ」と頬をなでる手は酷く心地よく、定丸は身動きが取れなかった。


「千堂くんがあの時、何も抵抗しないできみからの暴力を受けたこと、忘れたらダメだよ。恨むなら、これからはご先祖さまだけにしなよ。ねえ、わかってくれるでしょ?」


 ここから逃げなければ。定丸は本能的に悟った。


「じゃないと、五回に分けて壊しちゃうよ」


 あずまの後方から激流が押し寄せた。定丸は共に飲み込まれ、押し出されていった。あずまは笑っていた。

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