タラ福⑥~レま゛くはナ又だちを作らなレナれば十よらなレヽ~
あずまの頭に取りついた定丸は、中で溺れるようにもがき苦しんでいた。
それは0と1の不規則な列で作られた光る川であった。あずまを操作しようと黒い糸が絡む指を動かすも、怒涛の0と1に気圧されてしまう。
ガンガンと絞めつけられるような頭痛は、中では雷として無防備な彼女を目がけ降り注いだ。
川が裂かれ、0と1が弾け飛ぶ。記憶の断片が定丸の前で閃光となる。
“きみは友だちを作らなければならない”
“僕は友だちを作らなければならない”
“きみは友だちを作らなければならない”
“僕は友だちを作らなければならない”
“きみは友だちを作らなければならない”
“僕は友だちを作らなければならない”
聞き覚えのない優しそうな男の声と、聞き慣れた、けれども無感情なあずまの声が繰り返し反響する。
「なんだ、なんなんだこれは!?」
記憶の波に打たれる。
唯一無二の友だちであったコンピューターを歪んだ顔をした男に破壊された。激しい雨が降っていた日のことであった。
男は自分のことを認めてくれていた人物のはずであった。力になってほしい、協力してほしいと言ったからそうしたのに。いつものように喜んでくれずに怒り狂っていた。冷静に訳を詳しく聞こうとしたが、こちらに非があることだけしかわからなかった。
“感情的な人間は嫌いだった。感情をコントロールできない人間が嫌いだった。感情論で物事を進めようとする人間が嫌いだった”
「嫌いだ……! 人間なんて嫌いだ! 嫌いだッ! 嫌いだッ!」
“特に子どもは不快だった。泣き叫べば何でも思い通りになると信じているから不快だった。ゲラゲラと大声で笑ったり、甲高い声を上げて走り回ったりするから不快だった”
“お父さんの仕事仲間のホームパーティーに連れていかれて、チョコレートケーキのクリームを口の周りにべっとり汚した小さな女の子に抱きつかれた時はどうやって殺してやろうか考えた”
“ピーナッツアレルギーだって知ったから、他の招待客が誤って持ってきてたピーナッツバター入りのチョコレートを一個プレゼントした。「ガマンは良くないよ」って「みんなにはないしょだよ」って言えば喜んでくれた。その後にお父さんが「それをおじさんにくれたらこれをあげる」ってハートの形をしたイチゴのチョコレートを渡してたのを見た。他人に責任を押しつけて殺そうとするのは失敗しやすいと学んだよ”
「なんだって……?」
“子ども扱いされるのが気に食わなかった。不快な動物と同じカテゴリーに含まれているのが気に食わなかった。早く大人になってしまいたいのに、奴らと同じ速度でしか大人になれないのが気に食わなかった”
“だけど、大人になっても馬鹿な奴がいて、そいつらに囲まれていると馬鹿が感染しそうで、唾をまき散らしながら持論を繰り出している奴を見ると寒気がする。心を込めて伝えようとしているのを見ると気持ち悪い”
男は嫌いな人種に成り下がっていた。感情に支配されていた男は人生に絶望していた。殺意を持って、銃口を向けてきた。
友だちがやめなければ警察を呼ぶと説得し始めて、男は逆上して友だちを黙るまで撃った。束の間の出来事で、時間が止まって見えた。止まっているから友だちの声も男の声も発砲音も、何も聞こえなかった。
「ああッ!」
定丸は叫ぶ。
男が引き金を引くたびに、時間が少しだけ動いた。パラパラ漫画を一枚ずつめくっていくような感じであった。男が引き金を引くたびに、世界は真っ白になって、世界は少しだけ変化していた。五回の変化であった。
男は五発撃ったのだった。友だちはあずまを守るために五発も撃たれたのだった。五回に分けて友だちは壊れていき、目の前で消えたのだった。
次は自分が消える番であった。それを、父が強く抱きしめてかろうじて止めていたのであった。
男は取り押さえられていて、こちらに向けて憎しみの言葉を吐き続けていたのが聞こえ始めた。それを、父が両耳を押さえて聞こえないようにした。
男を取り押さえていた人の仲間がやってきて、父に何かを指摘していた。いつもオールバックで整えていた父のこめかみから血が流れているのを見た。父は真顔で血をすくって、濡れた指を眺めると「問題ない」と言って、平然とハンカチでぬぐった。
息子を安心させるためのやせ我慢だったのではないかと定丸は思った。そうであるなら微笑の一つでも浮かべてやればいいものを、彼はそうしなかった。
あずまは父の配慮に気づかなかった。銃で撃たれたのに平気な顔をしている父は人間なのか、ロボットなのか、人間に化けたモンスターなのか、宇宙人なのか、そもそも父親なのか判断ができず静かに混乱を極めた。
あずまにとって、その日は殺人事件に等しい出来事であった。一番の理解者だった友だちを失って、彼の心は五回に分けてひび割れた。
あずまにとって、父は理想的な人間であった。誰を相手取っても冷静に対応し、自分の調子を狂わせない。相手を調子に乗らせない。そんな、いつもと変わらない父の姿を見て、会話もままならないほどに心は粉々に砕けた。
その時の衝撃が、一体化している定丸にもたらされる。
体を張って守ってくれたのに、父にとってそれは当たり前な行動だったのだとあずまは勘違いした。無謀なことをするはずのない冷静な父が、実は危険を顧みず、自身の命を簡単に投げ出せるほど軽はずみな行動をしてしまう人間だったのだと、失望したのだった。
「どうして!? お前はそんな最低な考え方をする人間だったのか!?」
定丸が知っていた日比谷あずまの像に亀裂が入った。家族が大好きで、友だちが大好きで、博愛の心で千堂涙鬼の素顔を受け入れて、彼の苦しみを共感していた日比谷あずまが、実は偽りだったとでもいうのか。
閃光が弾ける。
砕けた心を修復したのはカウンセリングのおかげである。あずまを担当したカウンセラーはとても優秀だったといえよう。元通りに修復するのではなく、より良い人格にするために心の欠片をつなぎ合わせたのだから。
優れた人格に再構築するためには優れた人間関係を築き上げなければならない。コンピューターなどという無感情で非生命的な箱とではなく、子どもらしく、生きた子どもと会話をしなければならない。
良い子である日比谷あずまには、それに適した友人が必要だ。
雷雨の向こうからあずまが歩いてきた。無理やり欠片をつなぎ合わせられた、形の崩れたあずまであった。
あずまは急流の中を緩やかに歩いてきた。雷に打たれ体が弾けても少しずつ、元の不自然な形に再生していった。
あずまは困ったように微笑んだつもりのようであった。右の口角は耳までひねり上がり、左の口角は痙攣していた。右目は上下に反転し、左目はまばたきを無限に繰り返した。
「お原頁ィだから、これ以上みんなをキヅつヶない〒゛ください」
あずまの冷たい声、無感情な声、感情的な声が交互に重なって聞こえた。




