タラ福⑤~崇城利剣は占いに頼らざるを得ない~
饗庭から真実をもたらされた崇城は、泰京市ではびこる暗黙の了解に頭を抱えた。
千堂家を助けてはならない。
もはや泰京市の持病といえよう。
例えば、日本は戦争でアメリカに原子爆弾を落とされた。にもかかわらず、日本はアメリカと交友関係を築き上げているではないか。原爆を落としたのは正しかったと答えるアメリカ人は多くいる。それにもかかわらず、である。
けして忘れてはならない重要な歴史として悲惨さを語り継ぎながら、人間社会はかつての敵と仲良くする術を持っているのに。泰京市の住民として人間社会に溶け込んでいるはずの“彼ら”はいつまで一家を気にしているのであろうか。呪いをかけたのが神だから、頭が上がらないとでもいうのか。
自業自得とは何世代にも渡って向けてもいい言葉であろうか。神は代表で千堂家を罰したのではないのか。であれば私刑は控えるべきではないのか。神が止めないからやっても構わないとでもいうのか。
と、崇城は思うのである。
定丸は定光うんぬんと復讐心を携えて菜の花に侵入したようだが。その行動力の強さで理解できる。彼女は定光本人を知らないのだ。
殺された当時から生きていたなら、千堂涙鬼の代まで長年くすぶっていた理由がわからない。近年になって無念を聞かされ、まるで当事者のように振る舞っているにすぎないのだ。
代わりに復讐するよう命じられたのか、千堂家の血を閉ざすために最年少の彼を狙ったのか。
事情はどうあれ、時代錯誤な復讐を考えている定丸も、見て見ぬふりをし続ける奴らも、そしていとも簡単に定丸の術中にはまっていた自分自身も、崇城は許せなかった。
確かに饗庭のしでかした行為は最低である。それでも罪悪感に苦しんだ彼はこれから変わっていくだろう。彼のように、泰京市民は変わらなければなるまい。
定丸が指定した深夜二時までにできることは何か。無理に高矢と接触を図ろうとすれば舞前の二の舞になるのがオチだろう。
争いが起こる前に仲裁に入るのもいかがなものか。話し合いで納得してくれる相手なら初めから泰京市に来なかっただろう。余計にこじれて足を引っ張ってしまうのは避けたい。保護者面して見守るのもご免である。
高矢に電話をした翌日。思いあぐねた末、勤務後に足を運んだのは占いの館『クダ』であった。
二階の窓の“占”の赤文字を見た途端に頭が痛くなった。助言を乞う相手が正しいのか悩ましかった。藁にもすがる思いといわれれば、そうでもなかったのだ。
『溜め息が聞こえるぞ。上がってきたまえ』
階段横の稲荷神の小さな祠から男のしゃがれ声がした。
インターホンのスピーカーじゃああるまいし。いよいよ本格的に片頭痛を持ちながら、崇城は階段の暗がりを上がった。
戸を開けるや、真っ暗な部屋でテレビだけ光らせてゲームをしている猫背の男、管がいた。崇城の中学生来の知人であり、七十年代のフォークシンガーを彷彿させる長髪と髭面で、作務衣の男である。
「そこに座りたまえ」
言われるがまま、テレビの明かりを頼りに彼の背後にあった上等な座布団に腰を落とした。
お香とラーメン、タバコのにおいが充満していた。芸能人も通う占い師として成功している話は耳にしていたのだが、生活の質が向上するとは限らないようである。
「最近買ったんだよ、クロノ・トリガー」
ゲームの音楽に対しコントローラーを操作する音がやけに大きい。ブラウン管の上に水晶玉が乗った黄金の台座、それもヘビがトラに絡みついている趣味の悪いデザインが置いてあるのを見て、崇城は何度目かの後悔をしていた。
「後悔したけりゃ、結果を聞いてからでも遅くはない」
信ぴょう性を感じさせない猫背に、崇城は呆れ半分で話しかけた。
「俺は教師だ。ひとりの教師として、生徒を助けたいと思っている」
「ああ、そうとも。菜の花の教師として、菜の花の生徒を助ける。それの何が問題なんだ」
「争いをやめさせたい。争いは何も生まないとか、そういう綺麗事で言っているんじゃない。どうやって収束させられるかのヒントがほしい」
「ああ。きみが予想しているとおり、戦いは免れない。戦って、経験値を上げねばならん」
「これはゲームじゃない」
「ゲームだよ」
管は振り向いた。
「いいかね? その生徒は人生を試されているのだよ。いい人生だったと思いながら死ねればざまあみろ。嫌な人生だったと思いながら死ねばこんちきしょうだ」
管はゲームに戻る。
「ヒントがほしいんだな? ならば魔法の呪文を教えようじゃないか」
「呪文?」
「きみは友だちを作らなければならない、だ」
「何?」
「日比谷くん、こっちに戻ってるんだろう? あいつの息子が生徒を殺そうとしたら、呪文を叫ぶといい」
「なんで日比谷が千……いや、いい」
人物名を出さない方が無難なのは崇城も嫌々察していた。
誰が千堂家にまつわる不文律の撤回を働きかけるのか。遠回しに協力はするが堂々と名乗りを上げるつもりは管にはないらしい。
「親子共々、世知辛い人生してるよ、まったく。かなしいね」
感情が読み取れない声音だったのに対し、彼の背中は物悲しかった。




