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タラ福④~きみは友だちを作らなければならない~

 最低な父親だと、辰郎は自覚していた。ありふれた家庭だったなら……と、ふとした時にいつも妄想を駆り立てては笑みをこぼし、涙をこぼしそうになった。


 心を鬼にするとはよく言ったものである。助けようと思えば助けることができる。あの恐羅漢山定光の傘下も市外に追い払おうと思えばできるし、倒そうと思えば即座に行動に移せるのだ。


 自分の力で敵に立ち向かえるように。いざひとりになっても立派に戦えるように。千堂家が滅ばないように。末代まで呪いをまっとうさせるために。


 途中で血が途絶え、残りの呪いはどうなるのか。この呪いは千堂家を滅亡させるためにかけられたものではなく、殺された者たちの鎮魂のためなのだと辰郎は魁次郎から聞かされている。その真偽は呪いをかけた神仏のみぞ知る。チヨはもちろんのこと、辰郎も義父の考えを支持している。


 およそ千年前の千堂家は勧善懲悪を信念としていた。怪力乱神は悪だと決めつけてしまったが、すべては国の平和のためであった。もしも呪いが千堂家から乖離かいりしたならば、強大な力ゆえに人々の平和を脅かすかもしれない。責任から逃れることは許されないのだ。


 だからといって。涙鬼はまだ小学生である。声変わりもしていない繊細な時期の子どもである。助けてはならない理由にはならないと、辰郎は指を腕に食い込ませている。


 ひねくれてしまうのも無理もない。自分の心を守るための殻なのだ。

 せめて心のよりどころを与えたくて、克義とみさ子の子どもならと一目見て無条件に信じられたのである。千堂家を蔑視する者は生贄と揶揄(やゆ)するだろう。


 辰郎が涙鬼のために取った行動といえば、友だちになるようあずまに頼んだだけ。頼りにならない父親だと思っているに違いないと、彼は半ば諦めていた。


 あずまに対しても罪の意識はあった。難しいことを押しつけてしまったと思っている。ただ、仮に何も頼まなかったとして、同じ教室に割り当てられたのは運命以外の何物でもないだろう。あずまはきっと自らの意志で友だちになろうとしたはずである。克義も涙鬼と関わるなと言うはずがない。


 だからといって。親友の息子を巻き込むことには変わらない。及第点である絆創膏一枚に収まったとて、克義の機嫌は損ねたままだろう。彼のことだ、今まで何度か口にした殺害計画は実際に脳内で予測を立てているのだろう。


 それでも辰郎は信じていた。パニックになってカウンセリングを受けた過去があるとしても、それでも克義とみさ子の子どもだから。神仏よりも信じられた。


 グラウンドに駆けつけた郡司は愕然とした。


「うそだろ」


 高矢は鉄棒の下で伸びているが、肝心の定丸の姿が見当たらない。凶器を持つあずまと、及び腰になっている涙鬼の様子に、郡司は状況を察知した。


 あずまは指揮台から飛び降り、涙鬼は後ずさりする。ふふ、とあずまはお多福顔で笑った。


「そんな顔で笑うな」

「竹刀を置いて千堂くん。早く」


 言われたまま、竹刀を手放す。


「待て、俺が何とかするから!」


 郡司が前に立ちはだかると、あずまは自分の首にカッターを向ける。


「ストップ。あとでお姉さんの仇を取るから、動いたらダメだよ、吉祥くん」


 手も足も出なかった。


「なぜお前は自分でやろうとしない? なぜそうやって誰かを使って俺を傷つけるんだ?」


 幅屋と高矢は直接に暴力を振るい、饗庭も自分の意思で悪さを働いていたのに対し、彼女は間接的であった。いつも誰かに命令をして笑っているだけであった。

 時に命令を拒否する子もいたが、そんな時は詰問し否が応でも従ってもらっていた。最後まで拒否しようが、彼女の能力で気がつけばいじめに加担しているのである。


「俺が憎いなら、自分の手で」

「どうしてきみのために僕の手を汚さなきゃいけないの?」

「なんだよそれ」


 郡司は眉をひそめる。


「千堂家は汚いって言ってるんだよ」

「お前のやり方の方が汚いじゃないか! もっと正々堂々と千堂に立ち向かったらどうなんだ! こんなやり方で恐羅漢山は納得するのかよ!」

「うるさい!」


 あずまは人差指の爪から黒い物を出し、郡司の首を絞めると三十センチほど浮かせた。

 郡司は赤い顔でじたばたする。涙鬼は彼の足を支えることもできたが、動けなかった。


「ほら、ご自慢の氷漬けをやって見せてよ」


 あずまはカッターを首に食い込ませる。


「千堂家に魅入られた日比谷に言いくるめられた愚かな精霊人間。……さあ千堂くん!」


 歩み寄ってカッターを涙鬼の首へ。刃にはあずまの血が付着している。牽制された涙鬼は声も出せない。

 右目がじりじりと熱い。


「まずは右目をくり抜く。その目はきみのものじゃないんだから、大事にしないと。……さよなら」


 あずまはカッターを振り上げた。


 その時、ぱっと校舎の二階が点灯した。あずまは驚いて振り向いた。


 職員室の窓が開く。顔を出したのは崇城であった。


「きみは友だちを作らなければならない!」

「は?」

「きみは友だちを作らなければならない!」


 涙鬼は何を言っているのかわからなかった。あずまも呆気に取られて郡司の首を絞める力も緩ませたが、次第に顔を歪ませた。


「聞こえるか! きみは友だちを作らなければならない!」

「先生だからって偉そうに指図しないでよ!」

「黙れ部外者めッ! お前が泰京の住人ではないことは調べがついている! 早急に出ていけ! さもなければ!」

「酷いよ先生!」

「きさまがかたっていた住所は“サルの首”の私有地だと理解していないのか!?」


 左目では逆光で表情は見えないが、右目だと怒りのあまりに歯を食いしばり、頬骨を角ばらせているのが一目瞭然。本来は感情豊かな男なのだろう。それを調節するためなのか竹ものさしをぎりぎりと握る手が震えていた。

 あずまが崇城に気を取られているうちに、涙鬼は郡司をゆっくりと引っ張った。


「い、いま、“サルの首”って言ったか……?」


 郡司は苦しい顔で声をかすらせた。


「“サルの首”がなんだ! 日の本の大妖神(だいようしん)と恐れられていたのも昔の話じゃないか! 今じゃすっかり退化して四家の中でも馬鹿にされてるって聞いてるよ! ちっとも怖くないや!」


 あずまは崇城から背き、手がふさがっている涙鬼に再び刃を向ける。


 すると、彼の動きがぴたりと止まった。お多福の顔が小刻みに震えだし、カッターが滑り落ちる。五本の指がカクカクと不規則に動いた。

 郡司は尻もちをつき、首を押さえながら咳き込む。


「なんだこれはなんだ……!? 痛い痛い痛い! 頭が痛い!」


 あずまは頭を押さえ悶え始めた。

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