タラ福①~郡司吉祥は怖くない~
呪いを授かって以降、千堂家の人間が死ぬたびに地蔵は増えていった。
千堂家が地蔵を作ったところで、それは地蔵だと認められているのかどうかも怪しいところ。だからあれは正式には“地蔵菩薩”だと呼ぶことはできない。見てくれを似せただけの疑似地蔵。石像である。
それでも彼らに殺された者たちが苦しみから解放され、安寧の世界へ無事に向かえるよう願いが込められている。
千堂家の先祖を弔っている訳ではない。暗に千堂家の墓は存在していないということである。
死をもってしても神や仏から許しを得られはしないだろう。呪いが体からはがれても、無慈悲に地獄へと叩き落とされるかもしれない。来世を迎えてもしつこく罰せられ、永遠に魂に安らぎが訪れることはないだろう。
一度死んでみないことにはどうなるかわからないが、先祖たちはもはや前向きに考えることができなくなっていた。
こうして千堂家の陰気さは根強く受け継がれている。世代が変わったからといって平穏が訪れるなど幻想は持たない方がいいのだと。こちらが呪いを受け継いでいくように、奴らも怨念を次世代へと伝えているのだから。
特に恐羅漢山定光のような一山の支配者には身内が多くて厄介だ。彼が復讐を望んでいようがいまいが死人に口なし。都合のいい解釈をして行き場のない感情をぶつけようとしてくるのだ。
定丸にとって彼がどれだけ偉大で大切な存在だったのか、涙鬼は考えようとはしなかった。
既に恐羅漢山定光の分が千堂家の肉体に宿り成仏したのかどうかも知りようがない。名のある主であればその名を、わからなければ特徴が地蔵に彫られているが、人生に絶望して人里から行方をくらましたり、自死を選んだりした先祖がいるためにすべてを把握することは不可能であった。
指定された時間は近づいた。辰郎は校門前に停車させ、ヘッドライトを消した。
「父さんはここにいる。相手が女の子だからって油断するな」
涙鬼は無言で外に出る。
郡司は既に柵の上にしがみついて待っていた。
「日比谷が」
涙鬼は右目に貼った新しいガーゼを手のひらで強く押す。じんわりと熱を感じた。
「上れるか?」
郡司が腕を差し出す。涙鬼はじっと目配せし、竹刀を携えて柵をよじ登った。怪我の痕跡のある手で引っ張り上げられ、共に敷地内へ着地した。
グラウンドの中心には右手にサバイバルナイフを持った高矢が姿勢を崩して佇んでいて、背後の指揮台の上ではあずまと定丸がいた。
「千堂くん、吉祥くん!」
あずまの顔はあずまのままだった。
「時間通り。郡司も来ると思っていた」
定丸の手には大きいカッターがあり、刃はあずまの首筋にぴったりと添えられていた。涙鬼は高矢から十メートルほど離れた場で立ち止まり、郡司はその斜め後ろに距離を置いた。
「日比谷から離れろ」
「命令するなよ、一介の精霊人間のくせに」
郡司の右頬がぴくりと動いた。
定丸のもう片手にはあずまの残り二枚の鬼札があり、彼女はそれを見せびらかす。
「いい? 私たちの力なら、いつだってお前を殺せたんだ。でもそうしなかったのはなぜだかわかるか? え?」
目を三日月のように細め微笑んだかと思うと、ギョロッと目を見開かせて牙をむいた。
「人前で死ねば人間社会はお前を可哀想だと思うからだ。お前はここで誰にも知られないまま死ぬ。そして精霊人間。お前もただじゃおかない。……姉さん!」
高らかに呼ぶと、歯を見せてニタニタと笑っている高矢の歯茎から黒い流動体がどろりと出て宙へ伸び、ゴム風船のように膨張していく。大きくなるほどにどす黒さは増した。
細長い脚が無数に生え、地面にぶすりぶすりと突き刺さった。体は小さい頭部、細い胸部、大きく膨れた腹部とくびれが作られる。アリのようなムカデのような。
最後にプツリと高矢からつながりを立つと、大きさに見合った真っ白いお多福の顔がひり出され、乱れた黒髪が地面につくほどに垂れ下がった。
タラ福――かつて、その女を知る者はそう呼んだ。しかし、はるばるとやってきた彼女のことを知る者は泰京市にはいない。
辰郎は車にもたれて電車一車両分ほどあろうかという巨体を見上げた。
タラ福の首はだらりと郡司の方に向けると洞穴の目に金色の光を灯し、黒い歯をカタカタ鳴らした。
「人間代表として見てなよ。千堂家に肩を持つ奴らはどうなるべきかを!」
あずまは定丸の般若の横顔を見て震えた。
「千堂涙鬼。郡司を手助けしたならこいつの脈をぶっち切ってやる!」
「もももも問題ないせせ千堂……俺は怖くナイッ!」
既にタラ福は首を伸ばし、ガチガチと恐怖に息を白くさせる郡司に迫っていた。郡司は弧を描きながら横へ逃げ、涙鬼から遠ざかった。
同時に高矢は動いた。うねうねと移動を開始したタラ福の脚の間を真っ直ぐ駆け抜け、涙鬼の顔面へナイフを突き出した。
涙鬼は竹刀を構えると左足を軸に横へ一歩退いて避け、彼の右手に一発当てた。一瞬にしてその部分は赤くなり、ナイフがするりと手からこぼれる。しかし落ちる前に彼はそれをつかみ直した。
「いってぇなッ!」
お多福顔で憤怒し、ナイフを振り抜いた。涙鬼は後退しながら考える。郡司のようにフッと一息で面を破壊する芸当はできない。自分があれを破壊するには勢いが必要だ。
「逃げんなよ!」
高矢はどんどん距離を詰めていく。長い腕が銀色の閃光を不規則に作り、風切る音を鳴らした。
彼は頭がいい。自在にナイフの持ち方を変化させている。右手に持っていたと思えば左手に持ち替えている。ほんの一センチ握る位置をずらすだけでも刃の距離感を狂わせると知っている。右から仕掛けた方が、涙鬼はほんの一瞬だけ反応が遅いことを理解している。
「ガーゼを取って千堂くん!」
カッターを恐れずあずまは叫んだ。喉が動き、刃が少し食い込んだ。
涙鬼はガーゼを引っぺがした。振りかぶった閃光を右目が確認した。
「うわぁッ!?」
「うわっ!」
郡司とあずまの悲鳴が上げる。タラ福は体をS字にくねらせながら郡司を追いかけ続ける。脚を複雑に絡み合わせながらベタベタ動き、先を阻み、頭部を近づけては歯を鳴らす。
どう考えたって郡司の方が割に合わない。涙鬼は気を取られた。
お多福の顔が真正面に現れ、慌てて涙鬼は防御する。ナイフの先端が竹刀の中間に突き刺さった。高矢は一気に腕を引き尖端まで切りつける。
一線の傷がついただけで、竹刀は形状をとどめている。堅く丈夫で、高矢は舌打ちして「ざけんなよ」と歯を食いしばった。
高矢は前のめりに両腕をだらんと下げ、軽くステップを踏み始めた。右、左、右、左……。隙をうかがいながらじりじりと周りを移動していく涙鬼を見ずに、ナイフを持ち変えつつ右、左、右、左……。涙鬼が死角に入っていく。
右、左、右、左……右、右と、突如リズムを狂わせて両腕広げて旋回させた。涙鬼の右目はナイフの光を見逃さない。問題は涙鬼自身がついていけるかであった。前髪が数本、はらりと落ちた。




