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千堂涙鬼は先生を信じきれない

 翌朝、定丸と高矢と饗庭の三人が欠席したことが話題となった。饗庭は体調不良だと親から連絡が入ったが、残るふたりは学校側から連絡をしても誰も電話に出なかったという。


「なあなあ、知ってっけ?」


 高矢って、家でも暴れてるからお母さんが出てったんだって――彼がいない間に囁かれた噂はあずまにとって心地の良いものではなかった。

 本人がいれば怖気づいて口を閉ざすくせに。ことあるごとに話を広めるクラスメイトに郡司もうんざりしていた。


 そんな真偽が定かではない、人を(おとし)める行為を注意したのは崇城である。


「今日欠席した三人のことで何やら良くない噂話が出回っているぞ。みんなが知らないことを自分は知ってるから教えてやりたいっていう気持ちはわかる。だが誰かに教える前に一瞬でもいいから考えてみてほしい。その噂が嘘か本当か。何が正しくて何が間違っているのか。今回、お前たちはきちんとそれを確かめたか? 見た聞いたことをすぐ鵜呑みにして、すぐ他の誰かにそのまんま情報を流したり、おもしろおかしく話を大袈裟にしてはいないか?」


 ちらりと涙鬼を見る。彼がそれに気づく前に崇城はまた全体に目を向けた。


「信用するのも大事だが、疑う気持ちが必要になる時だってある」


 神妙な顔で生徒に言い聞かせた。噂を楽しんでいた子たちは納得したり反省したり様々な反応を見せたが、崇城に苦手意識を持っている子はより彼を嫌いになるだけで心に響くことはなかった。

 何より、今更である。ただ高矢の噂を彼がいない時にしていただけなのに。


 この教室の最大の問題である涙鬼のいじめに、先生たちは取り組まなかったという事実は子どもたちの胸の奥にずっと刺さっていた。

 まさか定丸が裏で糸を引いていたなどと、誰が想像できるだろうか。幅屋たちに便乗していじめていた子すら、先生が止めなかったからと責任転嫁していた。


 饗庭は放課後になって昇降口に現れたが、死人のような顔色で立ち尽くしている彼に声をかける子はいなかった。

 涙鬼たちが降りてくるのを見つけると、饗庭はホッとするも束の間に罪悪感による涙と鼻水を垂れ流し、あずまから受け取ったポケットティッシュで顔面をこすりつけながら昨日の出来事を伝えた。


「今度は高矢くんが……」


 あずまは困惑する。


「でもおかしいだろ。なんで高矢? 日比谷を乗っ取った方が千堂にとって都合悪いだろ?」


 郡司の嫌な問いかけに、涙鬼は「俺に聞くな」と眉間にしわを寄せる。


「俺はついてくからな、千堂」

「本当にピアノ弾けなくなるかもしれない。殊久遠寺が心配するぞ」


 涙鬼は真顔で言った。郡司は見上げる。殊久遠寺の頭が手すり壁に引っ込むのが見えた。


「別に手が駄目になるほど戦える訳じゃないし、そもそも戦力にならないかも。ま、おまけってことで見守るよ。神様じゃないけど」


 饗庭は「戦えるって……なんなんだよぉ……?」と挙動不審にティッシュの塊を握りしめ声を上擦らせた。


「家族が反対するんじゃないのか?」

「そこはうまい具合に家から抜け出す。まさか黙って真夜中に学校に行くなんて、ふつうは思わないだろ」


 郡司はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「僕もついてく」

「駄目だ」

「駄目だろ」


 あずまの言葉に、涙鬼と郡司は口をそろえた。


「なんで? 吉祥くんは戦力にならないかもしれないのに行くんだよ? じゃあ僕も行く」

「そういうことじゃないんだよ。俺とお前は違うだろ」

「違うけど、同じ友だちじゃないか。僕だって心配なんだよーっ。それにキーホルダー……」

「ほんとにお前、母さん大好きだな」

「好きだよ。人生で一番大好きだよ」


 声を上げたり沈んだり。そうかと思えば笑顔になり。郡司は表情をころころ変えるあずまに苦笑する。


「けど……崇城先生に知られちまったのは大丈夫なのか?」


 郡司は笑みを消して涙鬼に尋ねる。


「真に受けてたら通報するか、止めに入ろうとしてくるだろ?」

「それか今まで通り何もしてこないか」

「してこない、っていうより“できない”だったみたいだけどな」


 少なくともあの人は。崇城が担任だったなら幅屋たちの過去のいじめに気づいて、転校していった子も不登校になった子も救えたかもしれないと郡司は思った。

 そのいじめられた子たちは担任教師に相談はできても他の教師に相談しなかったに違いない。もう無意味だと諦めてしまったのだろう。そして気づかれないままいなくなってしまったのだ。


「一緒だろ、どうせ」


 涙鬼は冷めた目つきで郡司を見ている。お多福の顔から突き出た舞前の腕と、ボロボロの指が目に焼きついてしまっている彼は、他の教師の“できない”が本当にそうだったのか疑問に感じてしまっていた。


 単純に、舞前の精神力が定丸の想像をはるかに超えていただけなのかもしれない。半年以上も肉体を乗っ取られていながら、諦めずに助けようともがいてくれた彼は間違いなく強い。もし他の教師だったら違う展開になっていただろう。

 涙鬼にとって教師たちに対する信用は限りなくゼロに近い。その中で舞前だけが皮肉にも上昇している状態なのである。


「まあ……たしかにまた定丸が他の動きを制するかもしれないしな」


 いじめられていた側の涙鬼が不信感を抱くのは当然だと思い、郡司も肩をすくめた。

 饗庭はずっと何かを言いたそうに口をパクパクさせている。


「あの……崇城先生はいい先生だよ……ホント……」


 か細い声で彼は言った。


「目を見たらわかるよ……ホント……あの人は、いい先生だよ……」

「目を見ただけで善悪がわかれば警察はいらん」


 涙鬼から冷徹に一蹴され、饗庭は口をつぐんでしまった。


「ともかく、日比谷は来ちゃいけないのは決定事項だ。キーホルダーなら取り返してくるからさ」

「……うん。お願いね、吉祥くん。僕、お父さんみたいに待つよ。足手まといにならないようにするのも大事だもんね」


 今度はすんなりと受け入れ、おとなしそうに笑った。


「千堂くん。ケガの治りが早いからってあんまり無理しないでね」


 涙鬼は無言であずまを見つめ返した。そんな彼を、饗庭はまだ何か言いたそうに見ていた。

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