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崇城利剣は生徒を信じきれない

 崇城は高矢が住んでいる西区の団地まで訪れた。

 チャイムを鳴らすが反応はない。


 キーキー、とどこからかモズが盛んに鳴いた。振り向いても住宅街の明かりが見えるだけで鳥の小さな影は見つからない。小猿が泣きわめいているような甲高さに、崇城は眉をひそめる。冬季に入ればモズはおとなしくなるものだと思っていたからである。


 不気味に感じた。高矢に会おうとして無駄足になったことを闇夜から嘲笑っているように聞こえた。


 団地の裏側を見上げてみれば、明かりはついていない。崇城は駐車場に戻り、車内で高矢家の緊急連絡先のメモに指をなぞる。


 ひとつは母親の勤務先。連絡すると彼女は既に退社していた。


 ひとつは父親の勤務先。連絡すると、彼は去年から転勤で不在。彼の携帯電話の番号を聞いた。連絡先に変更があったならなぜ知らせないのか苛立ちを覚えながらも電話をかける。しかし、電源を入れていないのか電波が届いていないのかつながらなかった。


 最後のひとつは自宅である。せめて留守番電話に入れておこうとかけた。


『――はい。高矢です』


 顔の筋が強張る。ナイフを机に突き刺し同級生を脅したとは信じられなくなるほどの、幼さの残った少年の声であった。


「菜の花小学校の崇城です」

『ああ、先生』


 途端に崇城も知っている低く棘を持った声になる。


「もう寝ていたなら起こして悪かったな」


 就寝時間にしてはやけに早いが。


『別に。で、なに? 親ならどっちもいないよ』

「お母さん、まだ帰ってないのか?」

『うん』

「職場が遠いのか?」

『寄り道してんだよ』

「そう、か。もしかしてひとりの時間の方が多いのか?」

『たまーに』


 素っ気ない。


『これ、家庭訪問の電話バージョン? みんなにしてんの?』

「……いいや」


 饗庭から聞かされた件を直接本人から確認するには慎重にならなければならない。さもなければ気分を害して饗庭に暴力を振るう場合もある。


 携帯電話を握る手に力がこもる。


「実はな。饗庭がお前のことを泣くほど心配していたぞ。一体何があったんだ?」

『どこまで聞いてんの?』

「パニックになってたからな。落ち着かせるのに時間がかかってしまって、あんまり詳しい話は聞けてないんだ。とにかく高矢を止めてほしいって言っていたよ」

『そっか。アイツすーぐ信じんだよなー。冗談だよ、あんなん、ぜーんぶ』


 楽観的な声音に、崇城は溜め息を殺して眉間のしわを揉んだ。


「相手を傷つけたり、誤解を招くような冗談はやめなさい。冗談だと言っておけば全部丸く収まると思っているなら大間違いだ。謝るだけでは済まなくなったら、どうする?」

『あーい』

「真面目に聞け。この先、生きていればいろんな失敗をして、誰かに謝罪をしたり、お詫びをしなくちゃいけない瞬間がくるんだ。だからきちんと謝ることができる人間に、今のうちからならないといけない。大人になってからだと頭が固くなって謝れなくなるからな」


 高矢は『ふーん』とつまらなそう。それを咎めてもかえって耳を傾けてはくれなくなる。


「お前、定丸とは仲がいいのか?」

『別に? なんで?』

「一緒にいたそうじゃないか」

『だからって仲いい訳じゃねーから』

「あの子に何か変なこと言われたりしてないか?」

『なんも言われてねーよ』

「そうか」


 電話だと相手の様子を判断できないのがもどかしい。生徒のことを信じることは教師として大切だ。が、人間は嘘をつくことができる生き物であり、命がかかわっていれば尚更に半信半疑であってしかるべきだろう。無条件に信じることはできなかった。


「とにかく。冗談だったならそれでいい。饗庭も安心する。だがもし実は何か危険なことをやろうと本気で考えているなら、思いとどまってくれ」

『だーいじょーぶだって先生。俺さ、千堂の兄貴に怒られて反省してんだから』


 笑っているのか苛立っているのか、声を高くした。


 通話を切った崇城は車を発進させて定丸の家に向かった。


 彼女には会えなかった。崇城は茫然と、野立て看板の『売物件』の三文字を見つめる。不動産会社『エンジン』のマスコットキャラクターである猿が笑っていた。


 メモに誤りはなかったはずだ。周囲の表札を確認しても定丸家は見つからない。

 緊急連絡先の三つにかけてみると、どれも使われていない番号だと判明する。


 定丸は今年に転校してきた。理由は家族の都合としか聞いていない。

そもそもこの地に引っ越しすらしていないのではと、暖かなコートを着ていたにもかかわらずゾッと鳥肌が立った。

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