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千堂涙鬼は悪くない

あらすじ完全回収回です。

今更あらすじにも付け足したのですが、子どもに対する暴力注意です。

「来たね日比谷くん」


 舞前は舞台に腰かけていた。停止しているロボットのようなバスケ部の列に、あずまは恐れを抱く。そんなあずまの姿を腕で遮り前に出た郡司に「それから郡司くん」と、舞前は子どものように足をぷらぷらとさせながら首をかしげた。


「きみにはもう少し頑張ってほしかったなぁ」

「は?」

「もっと粘ってさぁー、日比谷くんを千堂くんから引き離してほしかったなぁ。わかってたはずじゃない、先生が彼を狙ってること」


 郡司は苦虫を軽く噛んでしまったように顔をしかめた。「どういうこと?」とあずまに不安気に問いかけられても言葉を返せず舞台上の男をにらみ続けた。


 そして彼は気づいた。さりげなく、舞前の背後に竹刀が置いてあることを。


 舞前はのんびりとした声で言った。


「先生はね、千堂くんが死ぬほど嫌いなんだ。いや死ぬ気はないんだけどね? だから彼が友だちなんか作って楽しくやるところなんか見たくないんだよ」

「どうして先生……!」


 先生ならば、冗談でも口にするべきではなかった。あずまはまだ、まだ心の片隅に実はすべてこの男の冗談だったのではないかと、実はいじめにまったく気がついてなくて、今の今までの言動は先生なりの、教室を和ませるための非常識な冗談だったのではないかという可能性を残していた。


 しかし、その微量な可能性は完全なるゼロにまで打ち砕かれた。


「だって先生の大切な人を奪ったんだもの」


 真っ黒い悪意がこめられた微笑み。

 ドン、ドン、と舞前は舞台下の椅子収納台車の飾り板をかかとで鳴らしている。


 ドン、ドン、と。あずまの鼓動がそれに合わさっていく。


「まぁ、友だちができちゃったことは仕方ないさ。だから日比谷くんを利用しようと思って。例えば、そう。日比谷くんを操って千堂くんを懲らしめるとか」

「何を……」


 郡司は厳しい表情で一歩前に出る。


「待って。“例えば”って言ったじゃなーい。先生はね、別の方法を考えたんだ」

「いちいち聞いてられない。日比谷帰るぞ」


 あずまの腕をつかみ舞前から背を向けた。バスケ部員たちがぞろぞろと動き始め道を阻む。両腕はだらりと垂れ下げたまま、胴体だけで覇気なく押し戻そうとする様子はゾンビさながらである。


「どけ!」


 汗をかいた後だったらしいバスケ部員の冷たい湿り気。押しのけても押しのけてもゆらりゆらりと戻ってくる、生気の感じられない舞前の群れに腕が粟立つ。


 どうにか左右にそいつらを避けていくと、ある人物が歩み出てきた。郡司はひくりと息が止まり、動けなくなった。


 顔こそ舞前だったが、小さな彼女は間違いなく珠久遠寺和子だった。彼女は指を差し、詰め寄ってくる。


「変なまねはしないでよね、郡司くん」

「なんで、お前まで……」

「だって千堂くんが悪いんだもん」


 予想外の登場に郡司はうろたえ力なく後ずさりする。殊久遠寺の小さく細い人差し指が何よりも鋭い凶器に見えた。舞前の顔で彼女の声が出されたことに深く傷ついた。


 殊久遠寺の後ろから怪訝な顔をした涙鬼が現れ、あずまは驚いた。


「千堂くん、帰ったんじゃ……?」

「玄関で待っていたら、そいつに連れてこられた。ここにお前がいるって」


 郡司は焦った。あずまがひとりで音楽室に現れた時に考えつくべきだったのだ。どんなに大切なキーホルダーでも、たとえあずまに嫌われても、諦めて舞前のもとへ行かないという選択を強いるべきだったのだ。


 涙鬼のことを放置して、あずまをひとりで行かせてはいけないという考えに囚われた結果がこれである。

 この状況はかなりまずい。


「待ってたよ! 千堂くん」


 舞前が喜々と声を上げるなりバスケ部員たちは外へ退散する。入り口はバタンと閉まり、鍵がかかる音がした。


「うわぁ!?」


 あずまと郡司は何かに背中を強い力で引っ張られ、倉庫に放り込まれた。あずまは折りたたまれたマットの上へと無残に転がり、衝撃と摩擦で体を痛めただけにとどまったが、郡司は跳び箱に背中を硬く打ちつけコンクリートの床に倒れた。


 しかし先に立ち上がったのは郡司であった。顔を左右非対称に歪ませながら、戸を力いっぱい引くもびくともしない。


「閉じ込められた!」


 コールタールのような黒い流動物が蛇のようにうねり、じゅるりと舞前の爪の中へもぐり込むのを涙鬼は見た。


「日比谷くーん。そこで聞いててね。今から先生は千堂くんにお説教するから」

「千堂くん! 和子ちゃん!」


 あずまも痛みをこらえ起き上がり、戸を激しく叩いた。

 涙鬼は駆けつけようとするも、珠久遠寺が両手を広げて行く手を阻む。


 ここで起きている異常は、外に漏れることはけしてなかった。バスケ部員が戸を閉めた時点で、体育館内は支配されてしまった。

 今頃バスケ部員はそろって正気を取り戻しているだろう。それでも彼らはこの場に戻ってくることも、誰か助けを呼びに行くこともなく無意識に帰宅を選択していることだろう。


 涙鬼は舞前と向き合った。


「ふたりを出せ」

「ダメ、お説教が先。よくもそんなでかい態度を取れるもんだよね?」


 口元は優しく微笑んでいるのに、声に並々ならぬ憎悪がこもっている。その人間のものとは比較できないむき出しの敵意が涙鬼にもひしひしと伝わった。


「先生は、千堂家を恨んでいるのか……?」

「正解」

「先祖が殺した鬼の仲間か?」

「三十点。先生は恐羅漢山定光(おそらかんざんさだみつ)様の眷属(けんぞく)。定光様は鬼ではない」


 舞前は竹刀を持って舞台から降りる。


「千堂くん、剣道教わってるでしょう? 部活入っていたけど目を理由にしてやめたんだって? お父さんから教わるからいいって?」


 生意気だなぁ、と舞前はせせら笑う。


「先生しかそれを持ってないのは不公平だ」

「どうして? ぜーんぜん? だって悪いのは千堂くんだよ? だからこれでお仕置きするんだよ」


 聞こえているあずまは必死になって戸をがたがた揺らした。


「千堂くんは悪くないよ!」

「まだあんなこと言ってる」

「千堂くんは」

「悪い!!!!!!!!!!」


 舞前は般若の顔で怒鳴った。あずまは強い静電気を感じて戸から手を離した。戸は軋み、窓が震え、照明が点滅しギイッと揺れた。


 轟きは一瞬。しかし空気は未だ震えている。


 舞前の目の奥に、ちらりと炎のような揺らめきが光っている。食いしばる歯の隙間からも金色の光が漏れ出て、怒鳴り声の余震に触れて分散されていく。


 余震が収まると、般若の顔がお多福の顔に戻り、穏やかに語った。


「定光様は山を守り、実りを守り、動物を守り、我々を守ってくれていた。山に訪れた人間を無事ふもとへ帰れるように祈っていた。人間に手を出す時とは人間が手を出した時。身を守るため、我々を守るため、これに尽きる。無断で恵みをもらおうとする人間がいても文句ひとつ言わずにお裾分けをして、人間が死んでいた時には魂を鎮め、亡骸を大切に里まで運んだ。それを人間は、まるで定光様が殺したかのように騒ぎ立てて……」


 竹刀を持つ手は震えていた。


「千堂家が先に手を出したんだな……?」


 近づいてくる舞前。


「大正解。神は天罰として呪いを授けたようだけど。先生としては、人間の分際で怪力を得るなんて気に食わないんだよ。中には定光様の姿を奪った奴がいるってことだからね。定光様はとても無念でいるはずだ……」

「千堂くん逃げて! 早く!」


 あずまの声を背に受けながら、涙鬼は動かなかった。舞前は両手で竹刀を握り締めた。


「この恨み、思い知れ」


 涙鬼は左頬を強く打たれ吹っ飛んだ。

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