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余談~千堂姉妹について②~

今年最後の更新です。ひとまず目標は達成できました。

 いかめしい千堂邸の門扉を前にして、琥将は口を半開きにして柴犬のような情けない目を僕に向けた。


 琥将家の者にとって、ここはいわば敵地である。一歩踏み入れれば千堂家の手を取ったと正式に見なされ、立場の危うさは明確なものになるだろう。


「なあなあ、かっちゃん。俺、変じゃない?」


 だがこの男が気にしていたのは身なりだった。ご両親に挨拶に来た恋人ではあるまいし、今更ぐるりと回ってみせたり、及び腰で忙しなく髪型を触ってみせたりしたところで「いつも変だろう」としか評価できなかった。


「失礼だが、ご両親は僕たちが来ることを了承しているのだろうか?」

「姉ちゃんが“遊びに来る”って言ったから知ってるよ」


 僕の問いに対して、魁さんは首と唇を斜めにひねらせ面白くなさそうに言った。琥将が「ああッ」と甲高い気色悪い声を上げながら顔を両手で覆い隠し飛び跳ねた。気色悪い。


 僕たちが来たことを魁さんは家族に告げることなくまっすぐ道場に案内し、竹刀と紐がついた紙風船を琥将に差し出した。


 割られた方が負け。

 言わずとも琥将も理解したらしく、すんなりと紙風船を頭上に受け入れた。


「ちょっと待て。俺、剣道二段だぜ?」

「だから何?」

「いやだから、なんでお前の分の竹刀はねぇの? もろに不平等だぜ?」

「ははっ。笑わせるね」


 笑いたいのは僕の方であった。


「あたいはこの脚で十分(じゅうぶん)。千堂家なめんなよ」


 と、魁さんは自信たっぷりに、ふくらはぎが発達した片足を上げた。

 彼女の両足には包帯が巻かれていた。そこに鬼の呪いがあり、蹴り半殺しができる理由だった。


「いくぞタツロー! でぃやあああッ!!」


 魁さんは開始の宣言の間もなく鬼気迫る表情で竹刀を蹴り割った。一瞬で間合いを詰め、竹刀の上半分を蹴り飛ばしたのである。衝撃を受けていながらも持つ手を離さなかった琥将もすごいと思うが。


「わっ――」


 跳躍からのかかと落とし。頭上からコンクリートブロックを落とされたような重く硬い音であった。


 壁際で見学していた僕は琥将に駆け寄った。彼は潰された蛙のように床にはいつくばっていた。ぺちゃんこになって破れていた紙風船を取ってやると、こぶができていた。むち打ちもしているに違いなかった。


「なんだいなんだい! 少しは骨があるところを見せてもらいたいもんだ!」


 魁さんは不満げに近寄り、足で琥将を仰向けにした。琥将はまぶたをぴくぴくとさせながら気絶していた。


「なっさけないねぇ。そんなんで姉ちゃんを守りきれるもんか」


 彼女は自身の紙風船を手に取りパンッと割った。それでも琥将は目覚めなかった。


「婿養子という決まりだと言っていたが。もし彼が強ければ、きみは迎え入れても構わないと思っていたのか?」


 僕がそう言うと、魁さんは唇を斜めに歪ませた。


「姉ちゃんが、あたいら家族以外の名前を口にするなんて初めてだったからね。それも男の。しかもそいつは四家の坊ちゃんだって、父ちゃん笑いながら言ってたよ」


 琥将家の長男の噂が千堂家にまで及んでいたのは、けして予想外ではなかった。

 四家の息のかかっている者たちは千堂家の動向も推し量っているだろう。千堂家に向けられた悪意は見て見ぬふりをしながらも、自尊から流れ弾は避けたい。

 そして均衡をうたった腹の探り合いは規模が大きいほど表立ってしまう。四家が千堂家を見ているように、千堂家もまた四家を見ているのだ。


 魁さんは一度そばを離れ、水を濡らしたタオルを持って戻ってきた。雑に琥将の顔に落としたので、僕がこぶを冷やした。


「四家の坊ちゃんだと、千堂家は都合が悪いのか?」

「さぁね。強くて、理解があって、そんで愛があれば、誰だって構わないさ。あたいが気に食わないってだけで。姉ちゃんの旦那さんはもっとハンサムがよかった」

「こいつはハンサムな方だと思うが」

「“な方”なだけだろ。水も滴るものすんごいハンサムがよかった。ポール・ニューマンとかジェームズ・ディーンとか。その方が真実の愛っぽいだろ」

「ちゃんと水に濡れてるじゃないか」

「顔だけびちゃびちゃしててもしゃあねーんだよ」

「真実の愛は外見で決まるものでもないだろう」

「ハンサムで性格もイケてる男と、ブスで性格はイケてる男ならハンサムを選ぶやろがい」

「そうだな」

「そうだろ」


 魁さんは仁王立ちからドカリとあぐらをかいて頬杖を突いた。体の部位を斜めにするのが癖らしく、下唇をツンと斜めに突き出して鼻のふくらみも斜めに歪ませた。


 足の包帯は使い回しているらしい。薄汚れて所々が擦り切れている上に茶色い染みがあった。もし琥将が魅来さんに恋をしなかったら、今でも彼女ひとりで守り通していたのだろう。


「アンタも物好きな男だね」


 表情を斜めに歪ませたまま彼女は笑みを僕に漏らした。


「関わってるとろくなことにはならないよ。あたいが言うのもなんだけどね」

「たとえ縁を切っても周りがそう思わないだろう」


 それに避けようとすれば、俺のことが嫌いになったのかと涙目で追いかけ回される未来が見える。管先輩に占ってもらうまでもない。


「たしかに。四家に目をつけられたら逃げられないだろうね。でも父ちゃんが言ってたよ。どうせ気に入られるならトラが一番だって。不器用だけど困った時は一番に駆けつけてくれるし、何があっても裏切らないって」

「裏切っても?」

「さあ? 怒りはするだろうけど許すんじゃない?」


 やっぱり泣きながら追いかけ回される未来しか見えない。


「きみの父親は彼がここに嫁いでも構わないと前向きに考えているのか?」

「父ちゃんはね。でも母ちゃんは不安がってる」


 普通は父親が結婚に反対するものだと思っていたが、彼女の両親は力関係が少し変わっているようだった。


「アレだろ? 琥将家って女の方が強いって。このまま姉ちゃんとくっつこうもんなら勘当されるんじゃないのって」

「そうらしい」

「タツローはそれでもいいって思ってんの?」

「そこそこ意志が固い」

「そこそこってなんだよ」

「大妖怪の血というものは厄介ということだ」


 琥将は()の強さでかろうじて精神を安定させた。琥将家の仄暗い婚姻事情を否定するということは家族を否定することであり、並大抵の気力では同じ屋根の下で生きていられないだろう。

 大妖怪の四分の一の血筋として感づき呼び覚まされた千堂家への恨みは、皮肉にも家系の歪みにより正されたと思われる。


 いや、これこそが魅来さんに捧げている真実の愛というものなのだろうか。机上の空論のようなものも、妖怪の血筋だ鬼の呪いだという世界では通じるものなのだろう。


「魁ちゃん。もうすぐ夕飯ができるよ」


 道場に顔を出した魅来さんは、倒れている琥将に気づいてきょとんとした。


「辰郎さんはお昼寝かしら?」


 魁さんは「そんなとこ」と適当に答え、琥将を軽々と肩に担いだ。


「そんじゃ行こうぜ仲人(なこうど)

「誰が仲人だ」


 琥将は干された布団のようにぶらぶらと揺らされながら客間へと運ばれ、そのまま一夜を明かすことになった。

 対して僕は夕飯にひとり招かれ、琥将と魅来さんとの関係性や、将来について根掘り葉掘り聞かれることになった。


 千堂姉妹の父、魁次郎かいじろうさんは泰京市の均衡が崩れる危険性を承知して琥将を千堂家に迎え入れることを了承していた。これは言わば、駆けである。


 千堂家は千年近くもの長い期間、罪を償ってきた。その姿勢は今後も変わることはない。

 しかし、泰京市を守りたい気持ちもまた、変わらないのである。


 時代は急速に変わっている。千堂家の立場も向上させ、新たなる均衡を作らなければ新しい時代の敵に対応できないだろう。

 魁次郎さんの未来を見据えた考え方は、興味深かった。


 僕は琥将を放置して、バスが来る時間を見計らい帰宅した。


 好きな女子の家で一晩過ごしたことに、琥将はずっと乙女のように恥じらい、魅来さんに夜這いをかけられたのではあるまいし、そんな調子ではとてもCまでは進められない。


 しかも朝食を共にできたことに感動したらしく、何度も思い出して「おいしかった」「ごちそうさま」と涙ぐんでいた。これに関しては、家族のあるべき団らんに入れてもらえたのが良かったのだろうが、事情を知らない周りにとっては情緒不安定で気味悪いことこの上ない。


 図書室で勉強している僕の向かいの席で、ようやく平常心を取り戻したらしい彼は目を三角にして手を組んだ。


「まずキングオブいもうとを倒さねーと進まんな」


 真面目な顔をしながら頭の悪そうな発言である。


「きみの回復力と図太さにはいささか敬服するよ」

「このまま引き下がる訳にはいかないんだよ」


 こぶは気絶している間にすっかり引っ込んだらしいが、中学生の女子に負かされた事実は消えない。


「再戦でもしたいのか?」


 琥将は「いや!」と首を横にぶんぶんと振った。数秒前の発言は嘘か?


「あのかかと落としは殺人的だ。一瞬で昇天すんだ」

「いいんじゃないか? パンチラが見れて」

「まさかお前から変態発言が出るとはな! よくねーよ! ミクちゃんに言ったら許さんからな! 妹のパンチラ妹の! ひぇ~~~~ッ」


 ムンクの叫びの如く、琥将はテーブルに突っ伏して甲高い悲鳴を上げた。


 ほんの数日間だけ琥将が千堂の妹のパンツを覗き見たという噂が囁かれ、彼にとって気が気でない、僕にとってどうでもいい日々だったが、魅来さんの耳に届くことはなかった。

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