余談~千堂姉妹について①~
魅来さんに向けられたいじめ行為が終結した決定的な要因は琥将だったが、彼は言わば残党を処理していたにすぎない。彼が謹慎している間、中心メンバーは血気盛んな魅来さんの妹によってねじ伏せられていた。
というのも、魅来さんの妹はシスターコンプレックスを抱いており、神経質なまでに悪意を嗅ぎつけるや遠くから文字通り駆けつけていた。千堂邸はバス一本では行けない場所と距離にあるが、バスなんぞ待っている暇があれば足を使う。活発で熱い少女だった。
そういう訳もあったから、僕は交際を反対していた訳である。“蹴り殺してくる”というのは半ば真実、半ば誇張であり、“蹴り半殺してくる”のが正しい。
彼女の存在は青天では有名となり、“千堂の妹”または“グレー”と呼ばれていた。“グレー”は荒んだ灰色の瞳をしているからだが、宇宙人じみた強さであることも隠喩していた。
琥将が魅来さんにご執心してからというもの、いつ妹さんが気づいて修羅場になるのか。遅くても魅来さんが琥将を認識して名前で呼ぶようになる頃だろうと予測していた。
夏休み明け、魅来さんと下校する琥将の前に、ついに彼女は立ちはだかった。この件について管先輩は見えていなかったのか、あるいは故意に黙っていたのか。
中学校から直行したのだろう。親が厳しいのか、ちゃんと授業を受けてから来たようだった。
ブレーキの金切る音に、周囲は注目した。
セーラー服をひらめかせながら自転車から降りた彼女は、きっちりとめていたヘルメットをバスケットボールのような荒々しさで前かごに落とし込むと、琥将の方をじろりとにらんだ。
「お前か。姉ちゃんをたぶらかしている“タツローさん”ってーのは」
中性的な嗄声である。散髪したらしく、前回見かけた時よりも少年っぽくなっていた。生意気そうな態度でいたが、悲しいかな、僕よりも体格が優れていた。妹ではなく姉の方だと言い張ってもすんなり受け入れられただろう。
魅来さんは「あら、魁ちゃん」と、どうということもない微笑み。琥将はすっかり忘れていたというような、「出た妹!」と言わんばかりに口を開かせて汗を一筋流していた。
千堂の妹グレーのお出ましに、一触即発かと青天の生徒たちの間で緊迫感が漂った。
魁さんは目を吊り上げたまま指を差した。
「まさかもうやっちまったんじゃないだろな!? 姉ちゃんは足が弱いんだぞ! 図体デカイ奴相手だと足腰立たなくなるだろが!!」
「そこまでいってねーよ!!」
琥将は顔を真っ赤に噴火させたが、魅来さんはまるで理解していない様子だった。とりあえず僕は「付き合ってすらないからな」と言っておいた。
未だにこの男は告白をせずにいたのである。断られるのが怖いのか、あるいは告白したことを忘れられるのが怖いのか、変なところで臆病者を発揮していた。
僕の言葉を聞いて、魁さんは目を丸くさせた。見かけのよらなさに驚いたのだろう。
実際、ふたりは出来上がっていると周りは信じて疑っていなかった。琥将はいつもデレデレしていて、魅来さんは魅来さんで拒絶せず微笑み続けていて、それで付き合っていないとは誰が思うだろうか。
「お前長男か?」
話を切り替えた彼女に、琥将は戸惑いを見せながらも「それがどうした?」と答えた。魁さんはにやりと下品に白い歯を見せ、またしても指を差した。
「ってーことはお前、自分の家を継がないといけないワケだ。ウチは昔から婿養子の決まりだからね。とっとと諦めな!」
案の定、琥将は「ふっ」とわざとらしくかっこつけて笑い、指を差し返した。
「俺んちの跡取りはな、最初から姉貴だって決まってるんだよ!」
「なっ」
僕は思わず「きみたちは結婚前提で揉めてるのか?」と声が裏返ってしまった。魅来さんは「なんの話かしら?」という顔をしていた。ちゃんと告白をしていれば、頬を染めるくらいの反応はあったのだろうか。
すると魁さんは悔しそうに、まさかの要求をしたのである。
「あたいと勝負しな! あたいの代わりに姉ちゃんを守れる男じゃないと認めないよ!」
琥将は「おっし!」とためらいなく意気込んだ。怪我なんぞ何のその、市外の敵から魅来さんを守り続けてきた彼である。男だろうが女だろうが関係なく相手になってやる、そのやる気と元気があるなら魅来さんを告白する勇気くらい出せないものかとつくづく思わせた。
噂が新たに広まりそうな、ざわつく周囲を魁さんは知らんふりして、琥将に待ち合わせ場所を指定した。
その後はヘルメットをかぶり直し、背負っていた学生鞄は前かごに、荷台に固定してあったもう一つのヘルメットを魅来さんにかぶせると、彼女を後ろに乗せ去っていった。琥将は「二人乗りいいなあ」と落ち込んだ。
魁さんが指定した場所は北区の暮浅緋の日暮山のふもとにあるという“からすい”である。
琥将は店の名前か何かだと思い、辺りをうろついたが見つかる気配はなく、地元の人間に尋ねても知る者はいなかった。
「もしかして適当なことを言われたんかなあ?」
いよいよ空が夕日に染まり始めた頃、琥将は情けない声を上げながら水路沿いのしだれ柳に抱きついてしゃがみ込んだ。
「彼女は“宇宙人”だからな。考えられるのは彼女が“からすい”だと思っている、ということだろう」
「どゆこと?」
「“からすい”は正式名称ではなく、彼女が勝手にそう呼んでいるだけ。だったらその呼び方こそが手がかりになるんじゃないか?」
琥将は目を丸くさせ、ほう、と感嘆を漏らした。
「おにいちゃん、あたまいいねえ」
おかっぱの幼い女の子がしだれ柳からぴょんと現れた。朝顔柄の着物を着てカラリと下駄を鳴らす姿は、日本の古き良き時代を残し続けている暮浅緋の地に映えていた。
「きみは知っているのか? “からすい”」
頷く女の子に、琥将が「教えてくれえ!」と迫る。女の子はぎょっと驚いて僕の背中にしがみついて隠れた。以降、彼女は目的地に着くまでそのままくっついていた。
幼い子をひとり連れていく訳にはいかないと、近くに家族がいないか聞いてみたが、彼女は「いない」としか答えてくれなかった。
「遅かったじゃないか」
魁さんはセーラー服のまま仁王立ちで待っていた。
「わかんねーよ! ちゃんと鳥居って言えよ!」
「鳥居じゃねーよ!」
琥将と魁さんが地団駄を踏み、僕は砂埃を避けるために距離を置いた。
その鳥居は中間の部分がきれいに欠け、ただの二本の柱になっていた。だから“烏居”という訳である。
「この子がいなきゃ日が暮れてたぜ……あれ?」
僕の後ろにいたはずの女の子はいなくなっていた。寸前までしがみついていた感触があったのだが。
「こんな遠いとこから学校に通ってんだなあ」
うっそうとした石段を延々と上がりながら琥将はしみじみと言った。
「じゃあ朝も早いんだなあ」
「そんなことないよ。どのみち姉ちゃんの足じゃあ遅刻するからね」
魁さんが途中まで送り届けているということである。彼女ならここを下ろうと思えば自転車でも下れるのだろうが、姉を乗せた状態では遠回りでも安全な道を選ぶだろう。本来、二人乗り自体が危険なのだが。
進むにつれて薄暗く、肌寒くなっていった。ほんの一瞬、現れた冷たい霧を通り抜けると気温が少し戻ったようだった。自分の影が浮かび上がり、オレンジ色に光る雲が竹藪の隙間から見えた。
石段を上り終えると、僕よりも遥かに背が高い地蔵がモアイの如く並んでいた。毎日のように見ているだろう魁さんは見向きもせずどんどん歩いていき、僕も後に続いた。
琥将がいないことに気づいた僕は振り返った。彼は地蔵の方に顔を向けたまま呆然と立ち尽くしていて、近づいてみると静かに涙を流していた。
「琥将。どうしたんだ?」
「友垣は殺されたのか」
「は?」
「奴らが殺したのか」
琥珀色だった瞳が瑠璃色に、螺鈿のように輝いていた。
「なら魅来さんも許せないか?」
「ミクちゃんのおうち。うへへへへ」
琥将はパッと目の色を変えて早々と歩き出した。はあ、気持ち悪い。
引き続き次回の投稿がいつもより遅くなるかもしれないし、普段のペースかもしれません。
できれば今年中にもう一話投稿するのが目標です。
追記:2020年12月25日
ほんのちょっとだけ加筆しました。




