郡司吉祥はやっぱり助けることができない
ブックマークされていることに最近になって気づきました。ありがとうございます。
ちょっとした胸糞回です。
休み時間になると、幅屋は涙鬼に突撃しこぶしを振り上げた。
「お前反省しろよ!」
防ぐことができなかった涙鬼は席の列の間に椅子ごと倒れ込んだ。殊久遠寺は「ひい」と悲鳴を上げ、両手で顔を覆った。
饗庭は席でビクビクとしていながらもその口元は緩み上がり、定丸も教壇からニヤニヤと様子を見ていた。高矢だけは頬杖を突いたまま興味なさそうにしていたが、無関心ほど恐ろしいものはないだろう。
幅屋は回り込み腹部を蹴る。涙鬼は机の脚に背中を打ちつけ、続けて踏みつけようとする幅屋から頭を守った。
「やめてよッ!」
あずまは止めに間に飛び込もうとするが郡司に腕をつかまれ、教室の外へと引っ張られていく。この時に高矢から射るようににらまれていたが、ふたりは気づかない。
あずまはトイレ横の手洗い場の奥まで連れ出された。
「なんでじゃまするの!?」
「お前までやられるだろッ!」
郡司は手を放さない。
「やられてもいいから助けなきゃ駄目だよッ! 吉祥くんは助けようとは思わないの!?」
「思わないッ!」
郡司は顔を歪ませた。
「助けたいけど、助けられないんだ……!」
信じられないと目を見開いているあずまを見るのが苦しい。心臓が凍りついていくのを止めるかのように、郡司は自分の胸に爪を食いこませる。
「どうして? 友だちになりたくないの?」
「無理なんだ! 千堂家を助けちゃいけない! そういう決まりなんだッ!」
「決まり?」
体は冷えていく一方なのに感情は高ぶり口走ってしまった。もう、どうしようもない。
「お前、あいつの右目の秘密聞いたか?」
「聞いたよ。だから何?」
「だったら俺のことも言う! いいか信じろよ。俺は菅原大天神様に属する氷奴だ……。わかるか? 腐っても神様の配下なんだよ俺は。千堂家はその神様たちに見放されてるんだよ。だから俺も動くことできないんだよ!」
あずまの眼差しがスッと切れ長に細くなり、郡司はぎくりとした。
「童ちゃんの様子が変なわけだよ。もういい、先生呼んでくる」
「舞前は当てにするな」
「しないよ」
あずまは力いっぱい腕を振り払い、階段を下りていった。
「郡司くん?」
珠久遠寺が不安気にそばに寄ってきた。郡司は青白い顔で呟く。
「日比谷に嫌われたかも」
ああ、そうか。あずまの心が冷えたせいなのだ。胸を押さえる手がこんなにも冷たいのは。
「大丈夫だもん。怒っただけだもん!」
殊久遠寺は焦りながら郡司の袖を引っ張った。
「失礼します!」
あずまは職員室の戸を開けるや、心臓が跳ね上がった。
一斉に振り向いた教員全員が、舞前の顔をしていたのである。
夢を見ているのか、あずまは頭を振った。
「舞前先生に用?」
ひとりが近づいてきた。体と声こそ女性のものだが、顔は舞前だ。
がくん、と真上から洞穴のような目で見下ろされ、あずまは言い表せない恐怖に膝が震えた。
「顔色悪いよ?」
彼女の顔の影が広がり濃くなり、押し迫ってくる錯覚に、あずまは膝を折りそうになるのを必死にこらえた。
「クラスで、千堂くんがいじめられてます。幅屋くんたちが、乱暴してます」
「それは千堂くんが悪いのね。あとで叱ってあげなさい」
「なんで……っ」
いじめられるのはいじめられる方にも原因がある。アメリカの学校で友だちを作れなかったあずまはそれを理解していた。
しかしそれは一様なものではなく、少なくとも涙鬼には当てはまってはいないことも、あずまは信じていた。
それ以前に、現場を見てもいないのに善悪を決めつける女性教師のことが理解できなかった。
「日比谷くん。キーホルダー、手作りでしょ? お母さんが作ったの? 日比谷くん、お母さん大好きだから」
「どうしてそれを」
「先生だからなんでも生徒のこと知らないとね」
女性教師は顔をずいっと近づける。
「大切なキーホルダーを返してほしかったら、千堂くんに反省するように言うこと。いい?」
「一週間後に返すって舞前先生は言いました」
「あれ? そうだった、忘れてた」
他の舞前顔の教員たちがずっと凝視している。アメリカのクラスメイトで集合体に過敏な子がいたが、彼女の気持ちがわかった気がした。
「とにかく彼が悪いんだから、放っておくのが一番」
「千堂くんは悪くないよ!」
「放っておきなさい。そうすればあの子も反省するかもでしょう? 甘やかしちゃだーめ」
「僕は見捨てないよ!」
「なんてわからずや。親の顔が見てみたいわ」
あずまを突き飛ばし、戸をぴしゃりと閉めた。あずまはもう一度戸を開けた。
「……なに?」
女性教師はこめかみに手を押さえていた。舞前の顔でなくなっていた。他の人も、誰もが元の顔に戻っていた。
あずまは唖然とする。一体、アレはなんだったのか。
ハッとする。舞前が含み笑いをしながら、自身のデスクからこちらを見つめていたのである。
「どうしたの?」
固まっているあずまに声をかける女性教師。
「なんでも、ありません……」
あずまは戸を閉めた。彼は諦め、自力で涙鬼を助けることにした。
しかし既に遅く、何事もなかったかのように終わっていた。幅屋たちはペラペラと話をしていて、涙鬼は後ろで立ち尽くしていた。
「千堂くん……」
「大丈夫だ」
涙鬼は目を合わせようとしなかった。
あずまは「そうだ」とポケットから辰郎からもらった鬼札を一枚取り出す。ずっとお守りとして持っていたのだ。今日こそ使うべきだと持つ手に力がこもった。
「使うな」
涙鬼は声を潜めてその手を押さえた。彼の手の甲に赤いかさぶたが一つできていた。「でもおじさんが」とあずまが口にしても、涙鬼は真剣な顔で首を横に振るだけだった。
あずまは父親から鬼札について教わっていた。
琥将家としての力だけでは通用しなくなってきた辰郎のために、魅来が鬼札を用意した。これを駆使して敵と戦ってきたのだ。
悪いことには使うなと父親にも言われている。いかに正しいことのために使おうとしても、結果的に悪いことになる場合もある。それほど鬼札の効力は抜群で、人間の子に向けるなど論外なのだろう。
「……ごめん」
あずまは力なく鬼札を仕舞った。




