定丸がチクったのかもしれない
やっとあらすじに追いつきそうです。
2020/11/19
ちょっぴり加筆。
朝の会での舞前の発言は信じられないものだった。
「千堂くん。幅屋くんを引っ叩いたんだって? それで謝りもせず学校から逃げたんだって?」
いくつもの視線が交差する。
一体、誰がチクったのか。
涙鬼がいじめられていることを報告せず、幅屋がやられたことは報告する奴は誰なのか。
いじめの主犯は幅屋たち四人だが、それに準じた子たちがいたのは事実である。
とはいえ、幅屋が仕返しされたことを担任に報告する義理など彼らにはなかった。
いじめに加担していた理由はストレスの発散やちょっとしたゲーム感覚、加担しておいた方が標的にされないなど各自の思いがあったのだが、その中に仲間意識はないのである。
何より、舞前はいじめの存在を知っている。
つまり、誰が千堂涙鬼をいじめているのか把握している。
そんな相手に幅屋がやられたことを伝えようものなら、自分はいじめている側だと自己紹介しているようなものなのである。
幅屋はというと、呆気に取られていた。高矢の方を見てみれば、彼は怪訝そうに頬杖をついていて、饗庭の方を見てみれば、彼は口を半開きに間抜け面をしている。
ということは、チクったのは定丸である。幅屋はにやりとした。
幅屋自身も平手打ちを受けたことは黙っていた。舞前がいじめ問題を解決しようとしていないことは今までの態度でわかっていたものの、“先生”なのだから自分の仲間でもないだろうと幅屋なりに線引きをしていたからである。
先生として真面目ではない舞前に訴えたところで自業自得だと笑われるのがオチ。そう考えていたからこそ、まさか報告を受けたことを話すとは思いも寄らず、ざまあみろと叫びたい気持ちをどうにか我慢した。
「幅屋くんが悪いんです。だから千堂くんは怒ったんです」
あずまが慌てて挙手をして訴えた。
「日比谷くん。きみも勝手に抜け出したんだって?」
涙鬼の丸い背中がぴくりと動いたのをあずまは見た。
「千堂くんがかわいそうだから、そばにいなきゃって」
「ダメだよぉ、勝手にいなくなるのは。もしかして親にも嘘ついた? ちゃんと学校に行って勉強したよぉーとか、あるいは具合が悪くて早退したんだぁーとか」
担任なのに親に連絡しなかったのだろう。ふたりが欠席していることに彼は気にも留めていなかったのだ。
担任としての責務を放棄しているこの男に対する不信感は、半年以上をかけて着々と子どもたちの中で育っていた。目を合わすまいとうつむいたり、眉をひそめたり、不快感を示す子が現れていた。
それでも舞前は悠然と構え、勇気を出して立ち向かおうとしているあずまを見下ろしている。
「でも、幅屋くんたちがいつも嫌がらせを」
「日比谷くん。きみも悪いなぁーって思ってるでしょう? 親に本当のこと言ってないから」
あずまは言いよどむ。親には学校を抜け出したことを話していなかった。毎晩、食卓でその日の出来事を楽しく話しているが、嫌がらせのことは省いていた。ちゃんと仲良くやっていると、前向きなことしか話していなかった。
涙鬼につねられた頬の傷に父親に指摘された時はハラハラしたが、かわいい野良猫に手を出したら引っかかれたと嘘をついたら「そういうことにしておこう」と、とりあえず追及は免れた。
この担任はまるでそのことすべてを見透かしているように見えた。
「それは……反省してます」
喉が渇き、声がかすれた。
舞前は「それはよかった」と満面の笑みで教室の後ろへ行く。涙鬼以外、振り向いて担任の動きを見つめる。
「これ、先生が預かっておくよ」
舞前はあずまのランドセルからキーホルダーを外した。あずまはハッとして立ち上がった。
「待って、それは大事なものなんだ!」
舞前は指をキーリングに通して振り回す。
「そうだなぁ。一週間後だね」
「おい!」
郡司も耐えかねて立ち上がった。彼はキーホルダーが母親の手作りだと殊久遠寺と共に聞いていた。だからこそ、あずまの心をもてあそんでいるように見えて憤った。
「おかしいだろ。なんで日比谷だけなんだよ!」
「だって――」
舞前は郡司に薄ら笑みを向けた。
「千堂くん、反省してないだろ?」
郡司は目を見開く。
「あはは、目が凍りついてるよ? 郡司くん」
舞前は楽しそうに首をかしげている。しかし、細めている目は洞穴のように黒く、光がなかった。
(こ、こいつ! 明らか敵視してる!)
笑顔の裏に貼りついている闇は、確実に千堂涙鬼を追い詰めようとしている。
殊久遠寺が震えていた。校長先生に会えなかった時の様子を思い返せば、彼女はこれで意気消沈したのだと理解した。
郡司は脱力して座る。隣に不審な目をされながら、額に両手を当て必死に思考を巡らせた。
(なんでだ? 理由はなんだ? 大の大人が、先生が生徒をいじめる理由はなんなんだ?)
性格? それとも外見?
いや、先生はちゃんと右目の“訳”を知っていて――
悪寒が走る。
教壇に乗る、笑っているそいつは知っている。
まさか千堂が“千堂家”であることを、こいつは知っている。
そうだとすれば事情は限定されてしまう。
この男は今年転任してきた。泰京市の外からやってきた。
(あの先生は、恨んでる)
しかもこちらの正体が氷奴だとも見抜いている。千堂家の人間を庇うことができないと知っていて笑っているのだ。
額から汗が噴き出し、指を冷たく濡らした。




