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余談~千堂家に関わってはいけない理由について②~

「あれで辰郎くんは本気だと多くに知られることになった。これは俺の落ち度だ。本当に申し訳ない」


 また頭を下げる管先輩に「謝られる意味がわからん」と琥将はチャーシューを口にねじ込んでいく。


「辰郎くんは琥将家から抜けて千堂家に婿入りするつもりだと」


 藤八先輩の発言に琥将はチャーシューの欠片を噴き出した。きたない。藤八先輩も眉をひそめながら話を続ける。


「俺たちが確認した限りでは、引き続き静観の姿勢を取るつもりでいる者が多い。事実きみは何も言われていないのでは? 釘を刺されたりは?」


 琥将は無言で首を横に振った。もし家族から忠告を受けていれば先輩ふたりに呼び出されたりはしていない。長男坊がどんな選択をするのか、次第によっては切るつもりでいるのを、藤八先輩も管先輩も多少の責任を感じていたのだろう。


「これまで四家は市外から敵を寄せ付けないようにしていたんですよね? 魅来さんのそばにいなくとも、必然的に彼女は守られていたのでは? それとも、市内の妖怪を暴れないよう統率するようにという遺言がありながら、一年前まで市内の妖怪が魅来さんに乱暴していたと?」


 僕がそう言ってやると藤八先輩も管先輩も「まさか!」と声を荒げ、琥将の顔色をうかがいながら自身の顔を青くさせた。


「たしかに。泰京市を守るというということは泰京市民を守るということだが。四家は千堂家に対する悪意は知らぬふりをしている。だがそれは市外の悪意が市内に侵入した際に止めないという意味でだ。市内にも千堂家に敵意を抱いている者が多くいるのは事実だが、四家が静観している手前で干渉することはなかった。暴れようものなら管理ができていないと上が恥をかくことになるからだ。千堂家の身に何かあっても、その相手は何も知らない人間か、市外の者だ」


 管先輩は琥将の方をちらちら見ながら口早と言った。藤八先輩もうんうんと首を縦に振りまくった。


「――そして実際にあの子に危険が及んでも、身内が対処してきた。千堂家が生み出した問題は、千堂家が自力で解決しようとしている。それを外野であるきみが関わるとややこしいことになるのだ」

「もう四家の者じゃないと判断されてしまっては、きみの威光は通用しなくなるだろう。後ろ盾がなくなったと遠慮がなくなり、あの子と一緒にいるところをまとめて潰しにかかってくる」

「いやその前に“トラの足”の眷属が自己判断できみの心変わりを止めにかかるだろう。きみの心を奪った千堂魅来さえいなければと考えに及ぶものも出る。今まで干渉してこなかった市内の者がきみを絶縁させまいと“正当な理由”で千堂家に手を出すことになるのだ」


 交互に熱弁され、琥将はむっつりと沈黙した。いや、泣いていた。口をもぐもぐさせながら、涙をぽろぽろとチャーシュー麺のスープに落としていた。


「俺がミクちゃんと仲良くしたら、余計にミクちゃんは危ないんか?」


 鼻水までもスープに落ち繋がろうとしていたので、僕はおしぼりを彼の顔面に押しつけた。


「辰郎くんが本気で恋しているのは伝わったよ。本気であの子のことを思っているなら一線を引いて、見守ってあげるのも男じゃないか?」


 藤八先輩の声音は優しかったが、要するに何があっても見ているだけにしろと言っているだけだった。


 琥将はおしぼりを手にしくしくと泣いた。まさか泣くとは思わなかったので、僕は溜め息をついた。


「なあ、かっちゃん……俺どうしたら……こええッ」

「はあ?」

「こええよッ! その顔ッ!」

「失礼だなきみは。死にたいのか」

「やだこええよッ!」


 人の顔を見て怯えやがって、僕は腹が立った。


「どうしたらいいか? まずきみはどうしたいんだ? 四家がどう、千堂家がどう、そんなものは全部なかったことにして、その場合ならきみはどうしたいんだ?」

「そんなの決まってんだろ……?」

「じゃあそれが答えでいいじゃないか。責任は持たないが」


 琥将が呆けた顔で鼻の穴を光らせながらも「ああ、そうか……」と呟いた。


「勉強の邪魔さえしなければいいんだよな?」

「ああ」

「わかった。……わかった」


 琥将はおしぼりで顔をごしごしと吹いて鼻の穴をぐりぐりすると、さっぱりした表情に戻ってもりもりと残りを食べ始めた。


 対して管先輩は目を強く閉じこめかみを押さえ、藤八先輩は店主と神妙に視線を交わしていた。


「当たるも八卦当たらぬも八卦というが、必ず当たらないようにするのも考え物だなあ」


 管先輩は薄らと目を開け、僕の方を見た。黄金(こがね)色の狐のような瞳に変貌していたが、琥将の琥珀色の瞳を見慣れていたので大した驚きはなかった。


「現実主義者だと考えていたんだが、その前に三無(さんむ)主義者だったということか。いいかね?」


 管先輩は口髭をなでながら告げた。


「きみは近いうちにとある女の子と出会う。きみにとってかけがえのない運命の相手になる。しかし、このまま辰郎くんを千堂家とかかわりを持たせておけば、その子もいざこざに巻き込まれ危険な目に遭うだろう。まだ見ぬ相手のことだから実感は湧かないだろうが、彼女を失えば次の出会いは相当先になってしまうのだ。子どもも見込めないだろう」


 未来のこととはいえ、前もって私的な情報を覗かれていたことに僕は不快になった。


 琥将の威光とやらを恐れ僕を同伴させ、ついでに恋路をふさいでもらおうという魂胆は実にさもしい。崇城先輩の件も含め、彼らは琥将の心を甘く考えていた。

 管家の占いの精度がどれほどのもので信頼に足るものなのか知らないが、本人を見ず占い越しでしか判断しないのは占い師としても失格ではないのか。


「僕は四家の確執も千堂家の争いごとも興味はない。琥将が魅来さんに向ける愛をどんな形で昇華させ、それがどう世間に影響を与えることになるのか、僕は心底どうでもいい」

「きみは人を愛したことはないのかい?」

「少なくとも、琥将の両親は異常だということはわかっていますよ」


 家に母親が二人もいる女系の琥将家の中で、琥将の立場は心と共に不安定なものだっただろう。そんな彼が琥将家から失われるだけで力関係が崩れるなんて、そんなトランプタワーのような四家ならば泰京市の守護の機能を保っているとは思えない。


 琥将がいようがいまいが、そのうち泰京市は外部の脅威にさらされるのだろう。そうなるまで放っておいたのは当事者たちでありながら、いざタワーが崩れそうになると慌てて、琥将だけに運命をねじ曲げるよう煽るのは愚かだ。


「今の言葉、他に知られたらまずいぞ。中には陶酔している者もいるのだ。男女の修羅場ほど醜いものはない」


 管先輩から忠告を受けたが、僕の心には響かなかった。


「俺はかっちゃんの勉強を邪魔しないし、恋愛も邪魔しない。親友だから約束は守る」


 さっきまでの女々しい姿はなんだったのか、吹っ切れた琥将は凛々しかった。凛々しい顔で杏仁豆腐を食べた。


「こりゃだめだな」と店主は天を仰いだ。藤八先輩は苦笑いを浮かべた。


「実は、もし説得に失敗した場合の身の振り方は相談済みだ。そもそも失敗すると断言されているらしい」


 占い師としての大先輩である家族はすべてお見通しだったという訳である。藤八先輩にばらされた管先輩は「あーあ!」と大袈裟に嘆息を吐きながらおしぼりを広げ顔面に乗せ、腕を組んだ。


「俺たちが青天を卒業するまで。千堂魅来に危機が迫ったら知らせよう」


 これが管家が決めたせめてもの情けだった。


「卒業後は関与しない。たとえ卒業後に現れる敵のことを卒業前に知ったとしても、それを伝えることはないし、店まできて金を払おうが管家は何も教えない。これだから恋愛は面倒なんだ」


 管先輩はそう吐き捨ててまた「あーあ!」とおしぼりを乗せたまま叫んだ。


 その後、琥将は登校日に頭と両腕に包帯を巻いて現れ、校内を騒然とさせた。彼はとにかく体が丈夫だったので、あっという間に完治させてまた周囲を驚かせた。


 しかしすぐにまたどこかに怪我をして登校してくるので、腫れ物に触るような扱いをされ、やがて誰もが興味を失くした。


 唯一、魅来さんだけは琥将に寄り添い、今日の朝食は何だったかだ、昼食は何にするかだ、至極つまらない話ばかり投げかけて、琥将は幸せそうだった。

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