余談~千堂家に関わってはいけない理由について①~
結局いつものペースで投稿できました。
伝説の試合の後日のことである。
琥将は勝利祝いという名目で剣道部部長・藤八と副部長・管に昼食をごちそうされることになった。
場所は藤八先輩の親が切り盛りするラーメン屋『きつね軒』である。
“冷やし中華始めました”の貼り紙には前掛けをしたニコニコ顔の狐の絵が描かれている。うどん屋でないことに関しては、ついでのように招かれた僕がいちいち口に出す必要はあるまい。
店舗の二階は占いの館『クダ』で、黒い窓に“占”の赤い文字がある。
管先輩の母、祖母、二人の姉が占い師として経営し、著名な政治家や有名企業の社長などが助言を求めてこっそり通っているという。
女ばかりの水商売であるため、彼女たちを目当てに訪れる者も少なくないらしく、彼女たちもホステスのように外面が良く口が達者……と、管先輩はうんざりしながら言った。
階段入り口には稲荷神の小さな祠があり、供えられている稲荷寿司が光っている。早いところ引っこんでやらないと、作り立てだろうが暑さで腐ってしまうだろう。
本来なら定休日なのが、今日は特別に貸し切っているのだと聞かされた僕たちは遠慮がちに“きつね軒”の暖簾をくぐった。
「いやあ、さすが辰郎くん。きみなら崇城を打ち負かしてくれると信じていたよ。さあ、どんどん食べて」
チャーシュー麺チャーシュー大盛り味玉付き、餃子二人前、チャーハン大盛り、稲荷寿司二人前、杏仁豆腐二人前……。
次々と置かれ場所が埋まっていくのを呆然と、いや訝しげに見ていた琥将。貼り紙の狐と同じように目尻を下げてにこにこしている藤八先輩。そして僕は自分の分を取り皿に確保していった。
「占いで勝つって出てたんすか?」
「いやいやいや! 占うまでもない!」
眉尻を下げてへらへらしている管先輩。このふたりは琥将に対してやけにへつらって、顔色を気にしていた。
先輩だけではない。店主も妙にちらちらと眉をひそめて視線を向けていて、明らかに裏があった。
琥将は気づいていないふりをしているのか、切り出されるのを待っているのか、黙々と料理に手をつけた。
全体の半分は食べたという頃合いになると、ふたりの先輩は互いの脇腹を肘で突きだし、それから意を決したように藤八先輩が「ところで」と両手を擦り合わせながら声をかけてきた。
「あれから、どう?」
「え?」
「いやあ、ほら。言ってたじゃない、ねえ? みんなの前で」
「え?」
チャーハンを口に詰め込んだまま目を丸くする琥将に、「魅来さんのことだよ」と僕は助け舟を出した。
「ああ、デートっすか! それならもう、カンペキっすよ! カンペキにエスコート決めてやりましたよ!」
琥将は自信ありげに箸を持った左手で親指を立てた。彼女をあまり歩かせないようにと映画を観に行ったらしい。ちなみに観たのは“11匹のねこ”である。
「それであのー。どこまで?」
「駅前の映画館」
「あーいや、そうじゃなくて」
口ごもった藤八先輩の代わりに、管先輩が「AからCのどこまでいった?」と真面目な顔で言い放った。琥将は米粒を何粒か吹き出した。きたない。
「いやいやいや! まだだから! まだ付き合ってねえから!」
「え!? デート!? したんでしょうが!?」
「したけどまだ!」
赤面しながら叫ぶ琥将に、ふたりの先輩は顔を神妙に見合わせた。
実はそうなのである。琥将はデートをするという目的は達成させていながら、肝心の告白をしていなかったのである。彼曰く「ミクちゃんとはゆっくりと愛を育んでいきたいの」だそうだ。きしょくわるい。
「じゃあまだ、正式には結ばれてはいないということでいいんかな?」
藤八先輩が確認してきた。
「思ったんすけど、もしかしてミクちゃんを狙ってんすか?」
琥将が眉間にしわを寄せると、ふたりは「いやいやいや!」と同時に首と手を横に振った。
しかし藤八先輩が「あ、いや、近からずも遠からずなのかもしれん」と動きを止めて襟を正す。それに伴って管先輩も首を垂らし嘆息を漏らすと、鼻の下のくぼみに薄らと生えた髭を人差し指でなでながら言った。
「実はな。俺もいずれは占い師として食っていかねばならん訳で。それで一つ試してみたのだよ。きみのことを」
「俺のことを?」
「厳密にはきみと、千堂魅来のことだ。きみが彼女に思いを寄せていることは周知の事実だったからな」
「それで占いの結果は?」
「いや、その前に確認させてほしい。きみは、彼女が“あの千堂家”の娘であることを知っていながら近づいたのだろうか?」
管先輩の言葉に、琥将は「えっ」となぜか僕の方を見てきた。
「お前は知ってたんか。だからやめとけって言ったんか」
「僕はただ彼女が変人だからやめとけと言ったんだ。“あの千堂家”と言われてもなんの話なのかピンと来ていない。僕は部外者のように見えるが、このまま残っていても先輩方は問題ないのだろうか?」
藤八先輩が「きみは辰郎くんの理解者だと判断している」と申し訳なさそうに視線を下げた。
琥将家の秘密を聞かされている一般庶民の僕は既に何か厄介なことに巻き込まれていて、抜け出せない状況にあるのだと悟った。いや、琥将に出会った日から運命は決まっていたのかもしれない。
琥将家の由来について、その初歩的な内容は頭に入っているという前提で、藤八先輩は僕により詳しい話を始めた。
藤八家と管家は狐の妖怪の子孫である。稲荷神系列の眷属だったが、四家が泰京を分轄することが決まった際、管家の占いに従って“トラの足”と“ヘビの尾”の手を取った。
四家が力を合わせて泰京の治安を守る。聞こえはいいが、実のところ裏側から経済を牛耳って均衡を保っているに過ぎず、水面下では火花を散らしていた。陰陽師の娘の遺言に対する解釈の違いや、代替わりするにつれて個人の利益を優先する者が増えたからである。
例えば“タヌキの腹”は主に金融業で儲けているが、きな臭い上に密輸や霊感商法にまで手を染め始めたと黒い噂が絶えない。ある者は必要悪だと答え、ある者はどこかの狐が流した根も葉もない噂だと答えた。
一体いつからなのか、狸の系列と狐の系列は仲が悪い。“タヌキの腹”が泰京の四分の一を支配するというのは狐たちにとって寝耳に水。
だからこそ慌てて占いに頼り、他の二つの勢力に頭を下げてまで彼らの威光にあやかり、“タヌキの腹”の動きを監視してきたのである。
稲荷神系列の眷属だったのなら、わざわざ頭を下げに行かなくてもいいように思うかもしれないが、全国的に勢力があるのは狸も同様。これは泰京内の力関係の問題だという。
四家の均衡、狐と狸の均衡にお互いにらみを利かせている中で、まさかの琥将家の長男が千堂家の娘に熱を上げているではないか。これは未曾有の大問題である。
千堂家は全国の妖怪から恨みを買い、鬼に呪われ、神に見放されている。千堂魅来の足が悪いのも呪いのせいだろう。
単なる遊びで最後に捨てるならまだしも、本気で恋焦がれて手を差し伸べているとなれば数えきれないほどのひんしゅくを買うこと必至。“タヌキの腹”は喜々として“トラの足”を切り崩し、腹に収めようとするだろう。
「――なるほど。だから琥将を剣道部に誘ったと」
「え、どうゆうこと?」
「きみは崇城先輩が好きだった。その思いを再燃させて魅来さんから気をそらそうという魂胆だったんだ」
琥将にかみ砕いて説明してやると、彼は苦い顔をした。管先輩は申し訳なさそうに頭を下げた。
「本当にすまない。俺も浅はかだったと思っている。だがこれだけは信じてほしい。占いうんぬんではなく、千堂魅来と関わるときみは卒業後に勘当される。琥将家は女系だから否応なしに追い出されるだろう。その後の身の保証はできない。俺はその結果をなかったことにしたいのだ。そのためには、きみの強い意志が必要だ」
管先輩の言う強い意志とは魅来さんに対する愛情を封じ込め、一年かけて築き上げた関係を断絶すること。
琥将はうつむいてチャーシュー麺に集中している。ずるずると音を立てまくっているのを藤八先輩は眉を八の字にして見つめ、遠慮がちに言葉を発した。
「辰郎くん。気づいていないかもしれないが、きみは千堂魅来を命の危険から守っている状態にある」
琥将は一瞬すするのを止めるが、顔は上げなかった。
「“トラの足”の子孫としての威光が、無意識のうちに悪意を持った妖怪を寄せ付けないようにしているんだ。事実、この一年間何事もなかっただろう? だがこれからはそうはいかん」
「琥将が公衆の面前で告白まがいのことをしたからですかね?」
「その通りだ」
琥将が「告白はまだ」と麺を垂らしながらぼやくが、そんなもの第三者からしてみればどうでもいい。誰がいるかもわからない場面で、千堂家の娘に好意を寄せた発言をしたのが重要だからだ。
魅来さんにデートの約束を取り付けると僕が言ったから、琥将は焦ってあのような行動に出てしまった訳だが、試合に勝ったその場でデートをしてくれと熱願するなど誰が予想できるだろうか。僕は何も悪くない。
あとでもう1本投稿します。




