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余談~琥将家の秘密について~

辰郎が妖怪の子孫だという件と、バイセクシャルの件について詳しく。

 いらん情報を知ったのは剣道部の部長と副部長が出会い頭に頭を下げてきたのがきっかけである。


 理由を要約すると、因縁の学校と試合をすることになったはいいが、出る予定だった部員が一人盲腸で入院してしまって最高の布陣が崩れてしまった。だから中学時代に活躍していた琥将に助っ人として一時的に入部してもらいたい。


 だったら直接本人に言えばいいものを、上級生二人は無駄に琥将のことをびびっていた。剣道三倍段という言葉があるが、武器を持たない状態では彼に面向かってものを頼む度胸は出ないらしい。

 そこで“目つきも悪いがり勉”でも“がり勉”の方がましだと踏んで僕に仲介役を押しつけに来たのである。非常に不愉快。


 しかしながら僕だってそれほど非情な人間でもないはずだ。昼食をごちそうすると一方的に押しつけられた購買のパンと飲み物をぎちぎちに詰め込まれた袋を引っさげ、僕は琥将に事情を話した。


 対戦相手となる学校名を言うと、彼はカレーパンを片手にうなだれた。


崇城(そうじょう)先輩いるんかなー?」

「中学の先輩か?」

「うん。その人に憧れて剣道部に入ってた」

「勝てそうにないなら拒否しておくが」

「いや勝てるけどな。俺の方が強いし」


 衣の欠片を口につけたまま真顔でそう言われると実際に彼は実力があったのだろう。俊敏力があるのは初対面の時に知っているし、蚊を一発で仕留めたのを最近見ていたので動体視力もあるのだろう。


「何か気まずいことでも?」

「だって俺、今はミクちゃん一筋だもん」

「あ?」

「浮気したくないもん」

「ああ?」


 問い詰めた結果、入部していたのは“男子剣道部”であり、当然ながら崇城先輩は男であり、この男は男でも女でもいける性質(たち)だったことが判明。

 なお、思いは告げてはなく完全なる片思い。唇を油でテカテカさせたまま「初恋は実らないってマジなんだなあ。みつを」と眩しそうに青空を見上げた琥将を軽く罵倒したくなった僕は至って正常である。


「俺さあ。中学に入ってから気づいたんだよな。普通は異性としか恋愛しないんだって」


 琥将が勘違いをし続けていた理由を聞いて、僕は黙って焼きそばパンを差し出した。


 彼の語ったものは泰京市に伝わる昔話である。


 昔、泰京(たいきょう)に大妖怪が暴れていた。

 陰陽師が体を四つに分断して東西南北に封印したが、四つの体は各自まんまと人の魂を食らって肉体を乗っ取り、使用人のふりをして陰陽師に近づき復讐の時を待った。


 陰陽師には幼い一人娘がいて、危険な仕事をしている彼は四人に彼女の世話を任せてしまう。

 娘は生まれつき線が細く、まだ一度も外に出たことがなかった。母親もいない哀れな娘を前に、たまたま女の肉体を乗っ取っていた“トラの足”の中に母性が生まれた。


 もとは一つの妖怪だったのに一匹が女に目覚めてしまったものだから、四人の均衡が崩れ始め、仲たがいしていった。

 それが原因で陰陽師に正体がばれてしまい退治されそうになると、“トラの足”は娘のことを思って早々に観念した。


 そこへかばってくれたのが娘だった。人間の体にずっと収まっていたせいか、“トラの足”以外の残る三人も人情が芽生えて心を打たれてしまい、もとの一つの姿に戻ることも諦めて、生涯この娘に仕えると決めた。

 陰陽師の娘なので化け物を鎮静化させる力でもあったのではないかと僕は思うが、ここは人情のおかげだということにしておこう。


 甲斐甲斐しく働いていた四人だったが、娘は数年足らずで死んでしまう。

 彼女の遺言として、財産を四等分に分けて四家の大地主となり、いずれは死ぬ陰陽師の代わりに外の脅威から泰京を守り、泰京に住まう妖怪たちが暴れないよう束ねることになった。それが四家の一つ、琥将家の始まりである。


 ずっと泰京市を守っていくためには血筋を絶やさぬようにしなければならないが、ここでちょっとした障害が現れる。

 それが愛と性別である。“トラの足”の母性は世代を超えて受け継がれ、男として生まれようが女として生まれようが、相手が男だろうが女だろうが構わず愛せてしまったのである。


 余計なことに、琥将家の人間は少なくとも生涯で男一人女一人を愛してしまい、人生の選択を迫られるはめになるのである。

 つまり同性の方を愛人にするか否か。異性の方をすっぱり諦めてしまえば子孫を残せないからである。


 焼きそばパンにかぶりつきながら琥将は言う。


「俺にはさ、親が三人いるんだよなー。血のつながった父さんと母さんと、血のつながってない母さん」


 彼は“なぜ自分は男も女もいけるのか”という釈明だけして、“家族について”はそれだけだった。これだけで十分に異様な家族だと理解させることができるからだろう。


 妖怪の子孫だ、という話について僕は特に否定しなかったし、馬鹿にもしなかった。妖怪だの魔法だのは非現実的ではあるが、それは現代に限っての話である。当時も存在しなかったかどうかは証明しようがない。


 琥将は意外だと言わんばかりに両眉を上げていたが、すぐに満面の笑みを浮かべて肩を左右に揺らした。


「やっぱ俺お前のこと好きだわ」

「魅来さん一筋じゃなかったのか」

「ミクちゃんは恋愛対象。お前は親友対象。んでもって先輩は元・恋愛対象。浮気、ダメ」

「じゃあ助っ人の話はお前が断わってくれ」

「そーだなー」


 結局、剣道部の部長と副部長に土下座をされてしまった琥将はしぶしぶ入部を了承。その後、浮気の煩悩を取り払うため、魅来さんに試合に見に来るよう土下座で頼みこんだ。とにかく彼は浮気に対して敏感だった。


「もし一瞬でも浮気をしたらどうしよう。俺はもうミクちゃんに会わせる顔がない。俺の心は汚れてるんだあー」


 いつまでもうじうじと芋虫みたいにみっともない姿を僕にさらすので苛々した。

 確かに男も女も恋愛対象になってしまうというのは不安も二倍になるのかもしれない。それでも魅来さんを見つめている時の赤い顔も、彼女のことを話している時の幸せな顔も知っている側からすれば、そんなに自身の愛を信じられないのかと胸ぐらをつかみたくなる。


「なら万が一きみが浮気をしたら、その時は僕が魅来さんと仲を深めておこう」

「え」

「そしてきみは先輩と幸せになるといい。僕は彼女とデートの約束を取り付ける」

「え、え、え」


 試合当日の琥将は勇猛果敢であった。大将戦で一秒でも短く崇城先輩と対峙しないよう素早く試合に勝ってみせてからの「ミクちゃん俺とデートしてくれえーッ!」という雄叫びと、「やっちまったぁーッ!」という副部長の唐突過ぎて意味不明な悲鳴は剣道部の間で伝説となった。

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