千堂涙鬼はフタリの間に入り込めない
今回もみじ回。前回の投稿から間が空きすぎたから、ちょっとだけだけど更新させとく。
鬼札のタツノオトシゴを追ってからどれくらい経ったのだろう。これは身体的な疲労なのか、精神的な疲労なのか、自分のことのはずなのに涙鬼は判別ができなかった。
タツノオトシゴの動きがぎこちなくなってきた。鬼札の効力が弱まってきたのかもしれない。先に進むのをやめてうろうろし始めた。
「もしかして、迷っちゃった?」
山城は不安げに声をかすらせたが、タツノオトシゴは激しく横回転した。「ちがうって言ってるね」と、あずまが代弁しながら山城の手を握りなおした。
「俺たちは幻の世界に惑わされている最中でしょ? だから出口もわかりにくいところにあるんだよ。ダウジングみたいにこの世界から抜け出せるポイントを探してるんだよ」
「そうなんだ。すごいね」
山城は本心で感心しているのだろう。いや、信頼しておかないと落ち着いていられないのだ。いつ不安が爆発して、饗庭のように奇行に走り出すかわからない。それを察しているのかいないのか、あずまは手を離すまいとしているのだ。
ボーイ・ミーツ・ガール。涙鬼はふとそんな単語をよぎらせた。型にはまった、単純明快なラブストーリーが好きなのだと祖父は言っていた。水戸黄門のように、オチがわかりきっている方が、安心して見ていられる。フタリを応援していられるから。
あずまに声をかけられない限り、涙鬼は言葉を発さずフタリの様子を凝視する。視線に気づいてくれるだろうかと、ぼんやり思う。しかし、いざあずまがこちらの様子に気づいてくれたとして、何を話すべきなのかそこまで考えついてはいない。くだらない世間話ができるほど話題を持っていないし、そんな状況でもない。いや、あえて適当な話題を吹っかければ山城を安心させる手助けにはなるかもしれない。が、涙鬼は助けたくなかった。だってあずまが助けている最中なのだから。面の皮が厚くてギトギトの幅屋のように間に入り込めない。
タツノオトシゴは最後のチカラを振り絞った。縦回転しながら膨れ上がり、腹から破裂した。飛び散った墨が勢いよく空間を裂いていった。裂かれた部分から空間は墨と混ざりながらドロドロに溶けて宙を滴り落ち、床に染み込んでいった。見上げるほどの巨大な三面鏡が行く手を阻んでいた。
あずまと山城の立ち姿が左右の鏡の奥へと無限に分裂していく。涙鬼は正面と左側の鏡にしか映っていなかった。右側の鏡に映っていたのは白獣鬼であった。
三面鏡はまるで塔のようにも見えた。鏡の塔を中心に、水晶でできた大小のピラミッド群が建っている。天井にもピラミッド群が逆さで映っていた。
「あ……どうなったの?」
山城はあずまにたずねる。依然としてフタリは白獣鬼の姿が見えていないようであった。白獣鬼が顔をそむけた。青白い……人魂のような……鬼火が白獣鬼の背後をヘビのように横切った。こそばゆいのか、白獣鬼はたてがみを揺さぶった。
高矢!
涙鬼は直感を働かせる。幻惑の世界のせいで直接的に出会えないというだけで、あのヤロウはすぐそこにいるのだ。
水晶が一斉に七色に煌めいたかと思うと、ズン、と遠くで地響きが起こった。空中に斜めの切れ目が入った。火花を散らせながら、壁紙をはがすかのようにゆっくりとめくれ落ちていく。一瞬だが釜成らしき姿があった。
あずまは山城を改めて安心させて、次の鬼札に救いを念じていた。高矢の存在を知らせるべきだったのかもしれない。が、涙鬼はそんな気分になれずにいた。いっそ奴らはこの世界に迷い込んだままでいてもらって、自分たちだけが脱出できればそれでいい。その方が学校のみんなだって安心できるだろう。戸上聖子だってバレンタインチョコを奪った意地汚い幅屋がいなくなれば清々するだろう。
(ほんとうに?)
あずまは釜成の助言を信じ、今度は二枚使った。ウマの上半身と下半身。組み合わさると墨で肉付けされて藍色の仔馬になった。乗ることはできなさそうだ。
涙鬼はこの仔馬に見覚えがあった。叔母・魁が召喚する霊馬である。遠くに住む彼女からたまに荷物が届く。仔霊馬が荷物を運んで出現するのだ。
「乗っちゃうと潰れちゃうかもしれないね」
「あたし乗馬できないよ」
もし乗馬ができたなら山城は女子であることを盾にして乗ろうとしただろう。もしもの時は一足先に逃げようとしたに違いない。
すると、藍色の仔馬が涙鬼の横腹に向かって二歩進み、頭部をぐりぐりと気安く押し当て始めた。鬼札を通して魁の仔霊馬が召喚された……いや、鬼札に憑依した可能性が高まる。
「あは。千堂くんが好きなんだね」
仔馬は「ふひん」と鼻を鳴らした。山城が「えへ」と気の抜けた声で笑った。笑われた涙鬼はムスッとした。
「俺たち迷子なんだ。元の世界に脱出するの助けてくれる?」
あずまが人懐っこく話しかける。仔霊馬は「ふひん」と応じた。
天井のピラミッド群が豪快に開けられたカーテンのように横へと押し流された。
「敵の思う壺ですよ。あずまさま!」
カーテンの中から車イスの在郷が現れた。「行こう!」とあずまが叫んだ。仔霊馬は駆け出す。
「お父さまが心配なさっていますよーっ!」
車イスの車輪が火を噴く。二又の炎の尻尾だ。なで上げられたカーテンが燃え広がり、夕焼けへと変化する。二又の炎の尻尾をブオンブオンとうならせて、在郷のイスは空を飛ぶ。
在郷は体をひねらせた。あずまと山城を分断させようと真上から炎の尻尾を振り落とす。夕焼けが紅葉に変化した。紅葉の嵐があずまたちの姿を隠す。赤い嵐の中から無言の釜成が足から飛び出し、炎の尻尾ごと車イスを蹴り、破壊した。