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幅屋圭太郎は遠慮を知らない2

「いーなずけ? いーなずけってなんだ?」


 聞きなれない単語だった幅屋は背中を丸め、ヒソヒソ声で殊久遠寺らに尋ねる。ニワトリのように首を動かすさまは滑稽であった。


「将来結婚するってことやろ」


 高矢が淡々と答えるが、珍しく困惑の表情を浮かべているようであった。奴も同じく状況をすんなりとは飲み込めないのだろう。


 幅屋はあんぐりと口を開けた。


「エッ……エッ……いや、い、い、い、い、いやいやいや、あ、あ、アカンアカン、あ……え、それは……エッ」


 幅屋は忙しなく首を横に振ったり両手を交差させたり、壊れたレコードのように声を上擦らせて滑稽さを増幅させている。


「実はね。このまま放っておくと、あずまくんが悪いオトナに利用されちゃうらしいの。それを阻止するために、安全なところのおウチのコと、前もって結婚の約束をしておこうってなったの」


 ロウソクを前に怪談話をしている訳でもあるまいし。しかしどことなく、表現しようのない末恐ろしさ、あるいは薄ら寒さを彼らは子どもながらに感じ取った。涙鬼もまたショックを覚えていた。バラエティ番組でよくある馬鹿の一つ覚えのような趣味も後味も悪いドッキリの方がいささかマシであった。


「え……あ、あ、あ……ま、じか……」


 幅屋はムンクの『叫び』のように顔を抱えている。さしずめ山城に一目ぼれをしたのだろう。しかし涙鬼はザマア見ろと思う余裕はなかった。


「悪いオトナって?」


 殊久遠寺は前のめりになって尋ねた。皆がジュースに口をつけるタイミングを逃していた。


「わたしもそこらへん詳しく教えてもらえてないんだけど……。知っている範囲で言うと、黒幕はあずまくんのお母さんのことが好きだったのに、先にあずまくんのお父さんに取られちゃったから恨んでるっていうのが動機らしい……」

「えっドロドロ三角関係?」


 殊久遠寺は小鼻を膨らませた。幅屋は口を半開きにして、ドラマ『家政婦は見た!』の主人公のような深刻な顔をしている。


「それと結婚となんの関係があんだよ」


 面倒事はゴメンだぜとでも言いたげに、高矢は親指でこめかみを押さえた。殊久遠寺が口早に「好きだった人の子どもを手に入れるために、結婚するってこと? 代わりに日比谷くんと結婚したいってこと? 光源氏みたいにするってこと?」と興奮し始める。


「えっ、えっ、どーいうこと?」


 幅屋はいよいよ混乱して目を回している。


「だから、勝手に結婚相手にされないように、それよりも先に結婚相手を決めておこうってなったの。恵美歩ちゃんは双子で、親の仕事の都合でお母さんの方はニューヨークで暮らしていて、恵美歩ちゃんのお姉ちゃんもいっしょなんだって。だからこっちにいる恵美歩ちゃんが選ばれたんだ」


 涙鬼は愕然とした。もし双子の姉が選ばれていたらどうなっていたのだろうか。あずまはアメリカからやってきたのだ。またアメリカで生活する話になってしまっていたかもしれない。リムジンの空調設備は完ぺきなのに、手のひらがじっとりと汗をかいている。


「アメリカって治安悪いらしいし、何かあった時すぐ駆けつけられるようにしたいもん、ね?」


 実際にアメリカで怖い体験をしたことがあるのか、殊久遠寺は眉根を寄せている。


「じゃあなんで山城ンとこと結婚させようってなったんだよ。別にどこでもいいんじゃねぇの?」


 高矢が言いながらチラリとこっちを見た。実際はあずまの様子を確認したのかもしれない。涙鬼はあずまの顔色を確かめてみようにも、彼は明子の方を向いている。代わりにぽっと出の山城の様子をうかがうことはできた。粗方にはオトナに話を聞かされているのだろう、カチコチにはなっていても驚いている素振りはない。いかにも消極的な性格をしていそうで、時代遅れも甚だしい許嫁に選ばれたのに反抗すらできていないのだろう。


「恵美歩ちゃんチはものすごく金持ちだから。お父さんはバリバリのビジネスマンで、お母さんはバリッバリのキャリアウーマンだから、将来仕事を継いでくれる有望な男と、娘を結婚させたいってこと。この話が業界に知れ渡れば、悪いオトナもそう簡単には動けないと思うよ」

「それって殊久遠寺と結婚でもよかったんじゃグボッ」


 饗庭の横腹に高矢の肘が食い込んだ。 饗庭は「ヒドイよタカヤマン……」と情けない声でジュースを一口飲んだ。


「そこはオトナの事情ってことなのよ」

「ゼッタイに結婚せんなアカンの? ほら、フタリのキモチってもんあるやろ? オトナの都合でさ、出会ったばっかの奴と、さ。なんか罰ゲームみたいやんか」


 幅屋はゴマをすっているかのような下手の態度を取る。チラチラと山城の方を気にしていて気色が悪い。罰ゲームみたいだのと……似たようなことを面白おかしく率先して騒いでいた奴が口にして良いセリフではないし、どんなにへりくだったところで明子に何の権限もない。


乱馬(らんま)(あかね)だってオトナの都合で勝手に許婚にされたけど、なんやかんやで両想いになれてたもん」

「え、誰?」


 幅屋は殊久遠寺の話に興味を持つ。


「“らんま1/2”っていうアニメ。レンタルビデオ屋さんにあるよ」

「へぇ……」

「おっぱいがスゴイ」

「え……」

「おっぱいおっぱい」


 高矢が舌打ちをし、身を乗り上げると殊久遠寺を越えて幅屋の額を引っ叩いた。ペチッと良い音がした。「俺かよ」と幅屋が言う。


「要するに、長期戦のお見合いってことでしょ? 誰だってみんな最初は赤の他人なんだから、これからいろんなことを知って好きになるかもしれないよね。でも少なくともフタリは良い人だからいいんじゃない?」


 饗庭は今回の件に前向きな態度をしている。当事者ではないからそんな無責任なことを言えるのだ。


「もしかして恵美歩ちゃんのこと知ってる?」


 明子が尋ねると、饗庭は首を横に振った。


「ううん。イイ子そうだなぁって、そう見えただけ」


 明子は疑いの目を解いて、再び猫かぶる。


「まあでも、お見合いみたいなものかな。だからこれから仲良くなっていくためにレクリエーションの時間を設けようと思って」


 幅屋は「レクリエーション?」と呆けた。


「水族館か動物園か遊園地かどれがいい? あずまくん」

「え?」


 あずまの肩が少し跳ねた。


「あれ、行き先決まってないの?」

「ずっと学校の前に停めておくのも良くないでしょう?」

「それはそうだね。恵美歩ちゃんにはまだ聞いてないの?」


 山城の肩が少し跳ねた。自分のグラスを見つめながら、ひたすら右手で左の指をいじくっている。


「前もって聞いたらどこでもいいって。だからあずまくんが決めて。そこに向かわせるから」


 あずまは困っているらしい声音で唸った。


「ハイハイ! 饗庭真帆志は遊園地がいいです!」

「てめーに聞いてねーよ」


 高矢は饗庭に言葉だけのツッコミを入れた。


「じゃあ遊園地にしよっか」


 あずまの答えに明子はわざとらしい溜め息をついた。


「あずまくん。遠慮をするのと自分の意志を持たないのとは違うんですワ」

「だって迷っちゃって……」

「じゃあワコは水族館がいいんだもん。そっちの方がロマンチックなんだもん」


 今度は殊久遠寺が無遠慮に挙手する。幅屋は何か言いたくて仕方なさそうに両膝を上下に揺らしている。


「恵美歩ちゃん、遊園地と水族館だったらどっちに行きたい?」


 あずまの問いに恵美歩は振り向く。無理やり首を回された人形のようであった。彼女は眉を八の字にして、一言「すいぞくカン」と答えた。同じ女子である殊久遠寺の意見を参考にしただけだというくらいは容易に想像できた。涙鬼はイライラした。


「まあ、初対面の奴らとどこ行きたいって言われても困るよな!」

「え、ウン」


 幅屋は腕を組んでカラッとした笑顔を前のめりに彼女に向けた。山城はつい思わずという具合に本音をこぼした。


「だよな! 友だちとだったらドコ行きたいかってウキウキしながらさ、相談できんだけど。なんか気まずいよな! 二年生ン時さ、教室で自己紹介付きのフルーツバスケットを先生にさせられた時とかチョー地獄だったぜ!」


 陽気に共感して彼女の気を引こうっていう魂胆だろう。ベラベラしゃべって見え見えの虚栄心に涙鬼は嫌気がした。成功してほしいような失敗してほしいようなグチャグチャな気分だった。


「あー、たしかにィ。アレまじクソだったよなー」

「だろ!」


 わざわざ共感したのは気だるげにジュースを飲む高矢しかいなかった。


 目的地に到着するまでの間は備わっていたスーパーファミコンで遊ぶことになった。コントローラーは四つあったので『ボンバーマン4』のバトルモードを交代制で対戦することになった。

 涙鬼はテレビゲームをするのは初めてであったが、明子や幅屋たちがいる手前、特別ワクワクすることはなかった。席順のせいで自然に振り向くことができず、あずまと山城の様子をうかがうことが難しかった。あずまが山城に話しかけるのが聞こえるたびに耳をそばだてた。


「千堂ヤバいヤバい逃げろ! あ、あ、()()()()()()! あっぶねー!」


 山城ばかりではなく、やたらとこっちを応援してくる出しゃばりな幅屋にも。ずっと心は冷めてばかりだった。すっかり汗をかいたグラスに手をつけて、ようやく口に含んだジュースはぬるくなっていた。

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