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余談~千堂魅来とアプローチについて~

2020/09/21 追記

割り込み機能使いましたので前回を読んでいない方はご注意ください。


2020/09/26 さらに追記

さらに割り込みました。次回からは普通に最新話として投稿していきます。


これは読まなくても本筋的には問題ないと思います。

千堂夫妻のなれそめについてです。

余談は基本的に克義視点になる予定。

 僕が席を置くクラスには千堂(せんどう)魅来(みく)がいた。

 国際的に通用するようにと子どもに名前をつけていた森鴎外ほどではないが、風変わりな名前をつけられたものだと思う。


 魅来さんは口数が少ない。目も虚ろで、いつも眠たそうな顔をして席に座っていた。

 そうかと思えば通りがかりの子に向かって唐突に支離滅裂なことを言い放って微笑み、相手の返答を待たずにまた眠たそうな顔をして次の授業を待っていた。


 授業で当てられても平然と見当外れのことを答える。人の話を聞いていない証拠である。文字を読解することはできたらしく、筆記テストのできに関しては先生に文句を言われたことはなかったように見える。


 それと、いつも体育の授業を見学していた。魅来さんは足が悪かった。

 当時も思い当たる節はいくつもあった。彼女は特に階段の上り下りが遅く、まるで飽きたかのように手すりにもたれかかって宙を見つめている姿をよく見かけた。


 彼女の眠たそうな表情は、とらえようによっては憂いでいるようにも見え、肌は白く、首は細長く、付け根のくぼみはくっきりへこんでいる。ほんの一握りの男子からミステリアスな香りがすると評判が良かった。

 変人と言ってしまえば身もふたもないが、自分の世界が強い子だという印象を僕は抱いていた。なんにせよ、勉強の邪魔にはなっていなかっただけに害はないと感じていた。


 僕のこれまでの校内社会においての経験からして、彼女が女子にからかわれ始めるのには時間はかからない。のろまな千堂魅来はパープリンギャル、テストは全部カンニング、体育はさぼり、といった具合の嫌味、悪口から始まった。

 魅来さんはまったく動じてない、というよりもいじめられているという状況すら理解していない様子で、女子たちは調子に乗った。


 さて、こんな魅来さんのことで、琥将は廊下で出会いがしらに尋ねてきたのである。

 皆より頭一つ分くらいでかい彼が近寄ってくるのは一目瞭然で、モーセの十戒の如く道が開く様は失笑もの。僕が“目つきの悪いがり勉”から“目つきも悪いがり勉”に繰り上がった瞬間である。


 僕の評価が下がったことを露知らずに、琥将の表情は陽気一色だった。


「なあ! お前のクラスに三つ編みの子、いるだろ?」

「ああ、千堂魅来か。気になるのか?」

「そうか、ミクちゃんっていうのかあ」


 わかりやすい性格をしていると思う。たまたま放課後の昇降口で彼女と遭遇して“ビビッ”ときて、そのことを思い出すと胸が熱くなると琥将は言った。

 つまりは一目惚れ。フォーリンラヴというやつである。この男は見かけによらず純情を持ち合わせていた。だからこそ僕は真面目に忠告してやった。


「やめておけ、奴は変人だ。そして奴には妹という名の中学生ボディガード。蹴り殺してくるぞ」

「まじか!」


 変わり者は変わり者同士で仲良くすればいい。それでも僕はおすすめできなかった。彼女をうまく扱えるとは想像できなかったし、大雑把にふるいにかけるなら琥将はまだまともな分類に入るからそぐわないと、その時はそう思ったからである。


 それともうひとつ、ふたりの名前である。それぞれに「虎」と「鬼」が含まれている。

 怪しい組み合わせだとして、虫の知らせなんて信じないたちの僕が、不吉に感じた。


 琥将は僕の脅しを冗談ととらえたのか、微妙な笑いを浮かべた。


「なんだ、日比谷。まさか狙ってんのか?」

「冗談はよしてくれ」

「だよな。お前の彼女は勉強だもんな」

「恋愛に興味がないだけだ」

「……まさか男に興味があるとか?」

「よっぽどきみは僕に殺されたいようだ。よし、予定に入れておこう」

「悪かった、悪かったって。真顔で手帳出すなや、な?」


 琥将は僕の忠告を取り合おうとはしなかった。彼は反対されればされるほど燃えるたちだった。

 魅来さんを見つけては人目をはばからず声をかけ、青天生が多く利用している泰京(たいきょう)環状線の瓶覗(かめのぞき)駅までのろのろ歩いた。歩幅も速度も対極だったため、琥将はペースに苦戦していたように見える。


 それだけならまだしも、魅来さんは彼の話をまるで聞いてはいなかった。予想通りである。

 彼女の方から話題を振ることはあったが、先にも述べたように、振るだけ振って、自分の思考を声に出すだけして、琥将の返答も相槌を待たず黙り込むのである。

 ほとんどが食べ物の話題であるからして、彼女は今日の夕飯はなんだろうとか考えていたに違いない。


 例えばこう。帰りに遭遇した時である。


「な、なあ」

「カブっておいしいわね」

「お、おおう。好きだ!」


 これが琥将の「序盤にしてはイイ感じだろ!」である。


 覚えようともしていなかったと言った方が正しいだろう。記念すべき最初の忘却には、琥将も唖然としていた。「残念なお知らせをさせてもらうと、明日には忘れられているね!」と、僕はちゃんと忠告していたのだが。


 それでも、前向きな琥将は諦めなかった。

 毎日しれっと、うっとうしいくらいに魅来さんに張りついた。不意を突いて微笑みながら話を振る彼女が愛しくて仕方がなかったらしい。「ミクちゃん」「ミクちゃん」と語尾にハートマークを付けるニュアンスである。きしょくわるい。


 何気に彼女を狙っていた男子は諦めた。女子もいじめをやめざるを得なかった。琥将が謹慎上がりでツッパリだと思われていることと、彼がにらみを聞かせて彼女を警護していたからである。

 琥将をハンサムだと言って狙っていた子も中にはいて、彼も女子には特に弱いのは確かだったのだが、やっぱり魅来さん一筋で、彼女をのけものにしていたと確信できる子には当たりが厳しかった。


 魅来さんが階段をのろのろ上り下りしているのを発見したならば飛んでいき、まさかのお姫様抱っこである。その時に初めて、彼女は目を丸くしていた。少女らしい、いや人間らしい面を見ることができた。

 彼女は遠慮なく琥将の腕を借りていた。訝しげにしている周囲の視線を微塵も気に留めないふたりはお似合い。もはや異次元の世界と呼ぶべきだったろう。


 それがきっかけとなったのか、琥将のしつこさは実を結ぶことになる。

 魅来さんは彼のことを忘れなくなり、他愛のない話にも相槌を打つようになり、会話が成立し、ついに「辰郎さん」と呼ぶようにまで至った。


 一九八〇年の七月初旬。目前の夏休みに誰もが浮かれ始めた頃であった。

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