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害獣は放置してはいけない1

2024年も亀更新です!

このままだと三月になると思ったから区切って流します。

次回は短い気がする(そんな気がする)(でもすぐ投稿できるとは言ってない)

 家族が寝静まったのを見計らって、春日井まことはリュックサックを背負って家を出た。


 今は上機嫌だった。幅屋圭太郎からの果たし状を読ませてもらった時も頭を抱えてしまうくらいに面白かった。ルールを破ってバットでフルスイングしてやった時の奴らの動揺しきった顔はハプニング大賞ものだった。だったのに。


 どういうわけだか兄の愛流とは違う超常の能力を奴らは持っていて、自分まで地べたを這いつくばる羽目になってしまった。ノータリンの加賀茂は奴らに取られてしまって、戦意喪失の兄をさらに追い詰めた。


 飼っていた犬が首輪から抜け出して噛みついてきた。そんな気分を味わった。首輪から抜け出したのであればそれは野良犬になったのも同然だし、処分して(しか)るべきだ。これは当然至極の一般論である。

 人間に被害をもたらす危険な生き物を放置しているジジイも、やはり危険だ。せっかくだからまとめて害獣を処分してみようと思った。


 亘区防衛隊出動! 高級住宅街の車道のど真ん中を軽やかに小走りした。各邸宅の防犯カメラに写っていようがお構いなしだった。別に犯罪が起こる訳ではあるまいし、どうせチェックされないのだから。まあ、もし警察に話を聞かれたら季節としてはちょっぴり早めの肝試しをしていたとでも言っておいて、適当にオトナをあしらおう。


 やる気に満ちあふれる春日井まことは妖怪の館を目指した。妖怪が人間のフリをして住んでいる“カラス屋根”のおんぼろ洋館は中途半(ちゅうとはした)では有名スポットだ。お化け屋敷みたいで不気味なうえ、カラスがいつ襲ってくるのか怖くてお出かけの時に遠回りになるのだと街の婦人たちがぼやいている。さっさと館を潰して追い出してしまえば街のためになるのに、何やら一部の住民がいなくなられては困ると渋っているというのだ。一体なのが困るというのか。


 葉のこすれ合う音がする。次第に湿った空気が肌に感じる。気温がやや下がった気がする。夜空の密度が濃くなって、街灯の明るさが弱まった気がする。


 ぼう……と『加賀』と彫られた黒い表札が浮かび上がっている。小型の懐中電灯で照らしてみると、光を恐れて逃げていく()()()()()()()()が見えた気がした。どうせゴキブリかネズミだろう。


 とにかく、黒い霧が照らしたところから晴れていき、ツル植物が絡んでいる厳めしい鉄柵の門が魚眼レンズ状に膨らむようにして現れた。


 常人なら常人なりの恐怖心が揺さぶられるだろう。名状しがたい危機感……生存本能が間一髪で呼び起されるはずだ。天使が今すぐ引き返すように説得し、悪魔が怖いもの見たさを煽る。そして愚か者でなければ天使の声に従うはずだ。


 しかし春日井まことの脳内に座する天使は彼にこう囁いている。キミこそがヒーローだ。とても勇敢で、人々に恐れられている悪魔の獣たちを滅ぼすことができるのはキミしかいない!


 春日井まことはラストダンジョンへの一歩を踏み出した。門には施錠されてなかった。油だけは定期的に差しているのか、軽々と無音で滑らかに開けることができた。


 よく来たな――魔王のように重厚な黒い館が見下ろしてくる。夜空の黒が魔王のオーラのように見える。背高のっぽの妖怪ジジイが正体を現して暑苦しいコートをコウモリのように広げているように見える。


 だが勇者の春日井まことは屈しない。彼はリュックサックを下ろして一リットルのペットボトルを一本引っ張り出す。中身は灯油だ。あらかじめ(きり)を使ってキャップに複数の小さな穴を開けてある。


 穴をふさいでいたテープをはがす。玄関からスタートして灯油をやる。テラスから逃げられないように念入りに窓の溝に流し込む。もう一本ペットボトルを出す。上の階から飛び降りて逃げようとするかもしれないので、その窓の下も重点的にかける。少しでも早く燃え広がるようにポケットティッシュもたくさんばらまく。てきぱき、てきぱき……。


 一周して玄関まで戻ってきた。ふう……と息をついて首を回す。ずっと上体を曲げてペットボトルを持ち歩いていたせいでしんどい。大きく腰を反らすと、ピンク色が視界にちらついた。


 上体を戻して振り返ると、チューリップが密集して咲いていた。やけにピンクと白がハッキリしている。そして酷く場違いだった。


 こんなところに花壇なんてあっただろうか。やっと目が夜の暗さに慣れてきて、最初からあったものを今気づいただけだろう。


 春日井まことは道端にタンポポが生えていたら踏む人間である。四葉のクローバーを熱心に探す子がいたらノータリンだと思うし、二度と探せないように除草剤をこっそりまく人間である。カーネーションを送るのが定番だという母の日が苦痛である。


 あの日、加賀茂が女子からチューリップを受け取っていたのを振り返る。女子が泣きながらリボンで飾られたチューリップを……。


 花を贈る意味はひとつしかない。彼女は嗚咽を漏らしていて言葉を贈らなかったが、言いたかったことはひとつしかない。あの女子は『おめでとう!』と言いたかったのだ。家が燃えておめでとう! 母親に嫌われていておめでとう!


 あの女子は、本当は花をあげるのが嫌で嫌でしょうがなかったのだ。泣くほど加賀茂のことが嫌で、だけど家が燃えて母親にも嫌われていて、その喜びの方が勝ったのだ。


 それをヤツは何を勘違いしたのか、もらったチューリップを増やして世話しているのだ。春日井まことは『バカだろ!』と笑い声をあげそうになって、うぐぐ……と喉を低く鳴らした。


 ぶちり、ぶちり、と。チューリップを引き抜いて、玄関まで一本の線を作った。そして余っていた灯油をかけながら門の外へ出た。お手製の導火線だ。


 門を閉めて、ライターを着火させた。鉄柵越しに灯油まみれのチューリップの花びらに火を近づける。やわらかそうな小さい火が花びらをなでる。たちまち、くしゃりと花びらは真っ黒にへしゃげて縮みながら消えていく。


 小さな火は一輪を飲み込んで成長する。チューリップの導火線が本格的に始動する。炎のヘビになる。玄関にまで這い寄った炎のヘビは左右に裂かれつつも伸びていく。双頭の炎のヘビは静かに妖怪が眠る館を取り囲む。春日井まことはこの上ない満腹感と幸福、達成感を覚えた。


 あとは飲み込むのを待つだけ。しかし一旦は退散して野次馬が現れるのを待とう。それからのんびり館が燃え盛っているのをみんなで観賞しよう。こんな時間に子どもがヒトリ何をしていると咎める面倒くさいオトナが現れないように、適当なオトナの背中に引っついて親子のフリをするのも忘れずに。


 本当は始終見ていたい。春日井まことは名残惜しい気持ちをこらえて一歩、後ずさった。


 その時である。館の上空が渦を巻いた。雲一つないのに、絵筆で描きなで回しているかのように夜空に渦が浮き出てきたのである。


 立体的な渦の内側で青い稲光が無数に起こっている。春日井まことは呆然と口を開けて、謎の現象を見つめた。


 ご、お、お……。

 夜空がうなる。


 バリ!

 渦の起点から夜空が裂かれた。キャンバスを突き破るかのように青い龍が首を振り回しながらこの世に体をねじ込んできた。ぐるりと長い胴体を回転させると、夜空がサテン生地のようにシワを寄せた。そのとたんに、夜空は紫黒と漆黒の千鳥格子柄を作った。それは目を凝らさなければ気づきにくく、厳密には千鳥ではなくカラスであったことを現状の理解に苦しむ春日井まことには発見できなかった。


 サテンの夜空をなめらかに胴体に絡ませたまま、青い龍はこの世に降臨する。


 何かに反射しているでもない、鱗の一枚一枚が瑞々しい光を放っている。天の川が龍に化けて降りてきたのだと戯言を聞かされても、あれを目撃してしまっては信じてしまうだろう。


 ぎォいん!


 龍がいなないた。たてがみを逆立てて、前足と後足をピンと伸ばした。頭部から尾にかけて光の瑞々しさが一波、流れる。


 ビシャンッ!


 稲光が走る。ドッと、加賀邸の敷地にだけ大雨が降り注いだ。


 ビシャンッ!


 稲光が走る。龍がいなくなっていた。雨も止み、火も消えた。夢でも見ていたのかと思う間もなく、春日井まことはうつぶせに押し倒され、両腕を拘束されていた。


 上から男の冷徹な声がする。


「放火と殺人未遂の現行犯で逮捕する」

地味に竜→龍に修正しています。

竜は西洋のドラゴンの意味合いがあるっていうのはわかってたけどね!

ホントだよ!(本当)

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