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春日井兄弟⑦~ヘビアクマをぶっ潰さなければならない~

 二対どころではない。数えきれない悪魔の手足が粘土のようにギュウギュウに固まって、二対であるかのように形作られていただけであった。


 ヘビアクマ――高矢は適当にそう命名した。だが蛇腹からはみ出る無限の指の規則的な曲げ伸ばしはムカデを彷彿とさせる。

 あの女の……母親のくそったれがテーブルを叩いている時の指の動きに似ている。非常に不愉快なあの音までも思い出させて耳にこびりついてくる。


 空間を越えた遠近感を修正。おぞましい悪魔の九十九(つくも)の肢の塊は、春日井愛流の胸骨だったその場所からズルリと降りて九十九の肢を波打たせた。高矢としては小さく見えたままでいてくれた方が都合は良かったのだが。双頭ならぬ双腹のヘビアクマの巨大な頭部の、悪魔の指の隙間から無数の半透明の球体がちっぽけな高矢を見下ろしている。


 ちっぽけなガキがこれから何をしようとしているのか高みの見物と言わんばかりに、指の隙間がキュウッと細めた。こんな不気味なモノが自分の中にもいるのかと思うと、高矢はげんなりした。


「どーしたもんか。なぁ?」


 足元には金色に光る一本の細腕が生えて揺れている。そういえば『アダムス・ファミリー』にこんなヤツいたなぁと彼は思った。


「少なくとも女のヒトだよな?」


 光る細腕が元気よくピースサインをした。幅屋の悪鬼を倒すのに手助けしてくれたヤツだ。悪鬼やヘビアクマと同じ……“だれかのカタチ”だということは何となく察する。


「幅屋ん時は性根を叩き直すのに悪鬼を倒した……でも祟り目は治らなかった。悪化はさせてたけど、元は別々だったってことや」


 光る細腕はグーを作った。自分と同じ、他者に介入できるタイプの力だとして……じゃあなぜ“彼女”は直接会おうとしないのか……今考えることではないのだが。


 ヘビアクマは静観している。いつ行動を起こすのか、首をかしげる。


「でもアレは、間違いなくバリアの根っこなんや。あのヘビアクマを根こそぎぶっ潰せば二度とバリアを出せなくなる」


 光る細腕はパンチを繰り出す仕草をした。 


「この前みたいにカンタンにいきゃいいけどさ」


 ヘビアクマのカタチを作っている悪魔の手足を一本残さず引っぺがす。高矢が思い描いたのはそれだ。【粗探し】の眼で見た印象がそれである以上、それ以外に解決方法はない。それとも、もっと頭が賢ければ【粗探し】もスマートな“勘”をいくらか提案してくれたとでもいうのだろうか。


 既にこの場に飛び込んでしまったのだ。いつまでも突っ立っている場合ではない。まずは動いてみよう。


 高矢は地を蹴る。一本ずつ引っぺがすのは現実的ではない。もっとも、この空間は現実の延長線上で相違ないのか知ったことではない。細かいことはどうでもいいのだ。


 今考えなければならないのは、そう例えるならエビだ。エビの殻をキレイにむく裏ワザ――アタマから数えて三番目と四番目の間……そこに両手の人差し指をグイッと……左右に殻を引っ張ってやる……幼稚園の時に母ちゃんから教えてもらった――給食でエビフライが出た時に、幅屋は偉そうに豆知識を語っていた。


 とにかくそういう具合に。ヘビアクマにもそういう弱点が必ずあるハズ。幅屋の家で一度だけやった『マリオ64』のボムキング戦を思い描きながら、敵の周りを時計回りに大きく駆けた。


 光る細腕もついてきている。まるでロケットパンチのように流星の尾を伸ばして高矢の左隣を維持する。そして右隣に――


『ヘビアクマ……なかなかおもしろい』


 一羽。


『いっそヘビチクショウでもよかったろう』


 二羽。


『ヘビが支配する土地のヘビアクマか……偶然ではあるまい』


 三羽……分裂して平行に飛翔する。スミレ色に鈍く輝く、不安定な形をした見守り隊の群だ。まだ分裂する。


『どこかでヘビと接触してカガクハンノウとやらを引き起こしたか……どうでもいいことだ』

『さあ、来るぞ』


 ヘビアクマの双腹が凸凹と波打ち、手足がめくれ、はがれていく。何枚もの手足が高矢たちの方に向かってウゾウゾと、蟲のように這い寄ってくる。


「脱皮ィ? クソッ」


 どのみち一本ずつ引っぺがす案は没か。


 高矢の悪態が合図であったかのように、何枚もの手足はそれぞれ絡み合い、人間業ではありえない組み合い方で別の形を作り上げる。だがそれらが何を表現しているのか、高矢には見当もつかない。ヘビアクマの世界では一般的な形なのか、どれもバケモノでしかなかった。


 頭上から突っ込んできたモノを正拳突き! 背後から忍び寄ったモノを回し蹴り! 手応えは呆気ないほどに軽い。所詮は脱皮だからではなく、攻撃を食らう前に手足を解いていて衝撃を分散させているのだ。解かれた手足はまた組み直され別のバケモノの姿に変わる。


 見守り隊もバケモノに迎え撃ち、双方が四散する。バケモノは二度と組み直せないのに対し、見守り隊の方はスライムのように引かれ合って元の歪な状態に戻るのを繰り返している。


 光る細腕は……高矢の肩にしがみついてブラブラ揺れていたが、途中で彼の頬を人差し指でつつき、ヘビアクマの方を強く指さした。


「脱皮のせいでさっきより大きくなってやがんのか」


 すると、光る細腕は肩から離れてヘビアクマの方へ飛んだ。


「あっ待てよ!」


 バケモノの群れの間を縫うようにすり抜けていく“カノジョ”をそのまま追うと、ふしぎなくらいにバケモノに襲われなかった。


 次から次へとバケモノを生み出すヘビアクマは徐々に巨大化している。長引かせれば必然的にバケモノも大きくなっていく。


『あの無数の手は春日井愛流の精神を守る殻だ』

『アレを脱ぎ捨てて成長するということは、春日井愛流の精神が成長するということだ』

『だが自分の弱さを自覚せず、ヘビアクマの力を疑ってしまった小僧は、暴走した精神の成長に追いつけない……』


 やがては春日井愛流の胸を突き破り、現実世界で体を伸ばすつもりなのか。そうなると、あとは本物の正義の味方が登場して代わりにやっつけてくれるかもしれない。


 別にそれでもいいよなー。なんて、漠然と考えると。


『ヤツがこの世に現れたら、まずはおまえたちが餌食になる』

「あーそうかよ」


 高矢は跳んだ。再び光る細腕が次々と出現して足場になってくれた。手足の蟲が爪を羽ばたかせて降ってくるのをカラスの魂が撃墜する。


 ヘビアクマの頭上まで登った。ヤツの後頭部には……幼児くらいの手足の塊がくっついていた。ソレらはずっと脱皮せずに小さいままなのだ。


 脳みそ! 高矢にはソレはそう見えた。


 またしても忽然とナイフが手の中に現れた。

 コイツで脳みそをほじくり返してやる! 刃を出しながら飛び降り、振りかぶった。幼児の手が一斉に互い違いに組んで力む。“チャージ”だと頭が追いつく前に目前で寒色系の幾何学模様が広がり――青白い閃光が散る!


 わずか五センチ程度の刃渡りの切っ先は脳みそに触れる寸前で固まってしまった。押し込もうとすればするほど烈火して、悪魔の鋭いかぎ爪がジグザグに伸びて手に食い込ませてくる。


 無数の針が突き刺さるような痛みが襲う! 手の甲の毛穴から血が噴き出した! 毛穴がどんどん大きくなって、電気が流れ込んでいく! 頭が沸騰しそうになる!


「があああああああああああああぐぞおおおおおおおおおおおッッ!!」


 ナイフは弾かれた。けして手放すことはしなかった高矢も共にバリアに圧倒された。光る細腕は慌てて背中に引っつき、落下の衝撃を引き受けた。


 高矢はカノジョを下敷きにしたまま激痛の拳を地に叩きつけた。


「あそこが弱点だッ! あの中に! クソッ!」


 悔しさを吐き出す。バケモノに囲まれながらもゆっくりと立ち上がり、カノジョを引き上げた。


「やっぱカンタンにはいかなかったぜ……」


 カノジョと手をつないだまま、細い目で笑うヘビアクマを見上げた。視界の中で見守り隊が列をなして遊泳し、語りかけてくる。


『力を排除するのは簡単なことではない』

『だが別の力を代わりに根づかせ屈服させることはできるかもしれない』

『お前が幅屋圭太郎に怒りの力を与えてしまったように』

『カガクハンノウを起こしてみるのだ』


 彼らの助言で、高矢は千堂魃から受けた屈辱を思い出させた。


『ここはいわば……“(いえ)”だ。ヘビアクマのイエ。春日井愛流のイエ』

『お前の力でイエを支配するのだ』


 あの瞬間。千堂魃の眼力で束の間の屈服を余儀なくされた。奴のペース、奴のテリトリー、奴の独壇場――奴の【(イエ)】に飲み込まれたのだ。


『カスガイを思い出せ』

『お前の力も(くさび)にして……イエに打ち込むことは可能のはずだ』


 バケモノらがじわじわと密集して距離を狭めてくる。


 高矢は【粗探し】について少し考える。粗は粗末なところ。不完全なところ。そこを自分の力で補ってやる。それが支配につながるのではないか。自分のおかげで失敗作の春日井愛流は人間として成立できる。その優越感こそが、場の空気を自分のものにすること……自分のペース、自分のテリトリー、自分の独壇場――。


 幅屋の【怒り(キャノン)】はこれには当てはまっていない。あれは()()()()()のようなものなのだ。


 怒りこそ暴力。暴君だった幅屋だったからこそ、馴染んでしまった力だったのか。


「幅屋もイエに来れたらラクだったかもな……」


怒り(キャノン)】について思うところはもう一つある。元は自分が怒りの視線を奴に向けてしまったばっかりに……。怒りの力は本来自分のものであるのなら、自分にも【怒り(キャノン)】ができなければおかしい。ヘリクツかもしれないが、そう思う。みんなインフルエンザにかかっているのに自分だけ感染しなかった気分だ。ああ、腹が立つ。


 高矢はナイフを掲げた。コイツはバリアを突き破れない。だが砕かれることはない。刃こぼれせず、冷たく反射している……青白い反射だ……。


「ある意味、オマエは最強のナイフかもしんねぇな」


 刃の中で、青白く電光が滑らかにほとばしっている。高矢は考える。


「……それも君のタイミング」


 学芸会で踊らされたこともある、ものすごく流行っていた歌のワンフレーズをなんとなく口にしてみる。呪いのナイフにとって、ヘビアクマの幼児の脳をやるタイミングは違ったのだ。春日井愛流がパワーをチャージする手癖をしていたように、コイツもカガクハンノウを待ちわびていたのか。


 高矢はだらりと肩と腕を脱力させて溜め息を深くついた。

 カノジョが手をやわらかく握る。離してやると、カノジョはゴーサインをした。だから高矢も例の気合いを叫ぶ。


「元気があれば! なんでもできる!」


 景気よく手短に。ナイフを一体のバケモノに突き刺した。バケモノは内部から放電して飛散し、宙で焼失した。


 もう一度カノジョが先導する。今度はバケモノを右へ左へと蹴散らしながら追いかける。


『オーーーーん……!』


 ヘビアクマが鎌首をもたげて鳴いた。ウロコの手足を逆立てて、二本の尾をうならせる。


 二本はミサンガのように一本になり、尾が急速に回転する。ヘビドリルだ! 残像を描きながら突っ込んでくる!


 カノジョに押し上げられ、高矢は跳んだ。ドリルが横腹をかすめる。高矢は上体をねじり、両手でナイフを構える。刃が蛇腹に突き刺さる。悪魔の手足が高矢の脚をつかむ。ドリルがUターンをして戻ってくる。


 刃が放電する。脚をつかむ悪魔の手足がちぎれ、高矢は身をよじる。ドリルは蛇腹に穴を開けた。三分の一がヘビアクマから離脱して、わしゃわしゃと地を這ったかと思うと、一斉に跳ね上がり、新たにヘビの頭部を組み上げる。


 宙の高矢に目がけて大口を広げる。高矢はひるむことなくナイフを向ける。カノジョが背中を押し続け、第二の頭部の中へと入った。だがナイフは空ぶった。


「ナニっ!?」


 第二の頭部から何事もなく抜け出してしまった。振り向けば、第二の頭部は三分の二のヘビアクマの頭部と激突して、また一つに組み直していた。今度は双頭のヘビアクマだ。瓜二つにしか見えない頭部に、高矢は舌打ちする。


「一気にしとめる!」

『おもしろい。タイミングとやら、だな』


 カラスの魂がニヤリと笑みを浮かべるのを見つけ、高矢は口角を引きつらせる。


「力を合わせるとかマジで……」


 最ッ悪――語尾をごにょごにょと濁しつつ、この場のノリに身を任せることを選んだ。カノジョが作る足場を遠慮なく踏み、宙を自在に跳び続ける。


 その間でも、頭の片隅には【怒り(キャノン)】の件がしつこいくらいに離れずにいた。これは未練だ。


 暴力……自分にとってそれはナイフだ。切っても切れない象徴だ。


「元気があれば! なんでもできる!」


 刃の中に蓄積されている力が先端から朱色に染まっていく。


 見守り隊は翻る。【(イエ)】の中で交錯する異物の存在を、双頭のヘビアクマは目で追う。ヤツは高矢さえ消せればいいことを知っていた。そしてカラスの魂らも、自分たちが眼中にないことをわかっていた。


 カラスの魂らは渦を巻きながら集束する。双頭のヘビアクマは高矢の行動範囲を狭めるため、バリアをドーム状に設置する。春日井愛流を閉じ込め攻撃を跳ね返したのと同じことをしようとしているのだ。


 だったら、受けて立ってやる。ナイフの柄を力強く握りしめ、高矢は豪胆にバリアの内側へと誘われた。ナイフが先にバリアに触れるように。


 一つになったカラスの魂は一気に膨張し、三本の巨大な足を張った。


 刃の切っ先がバリアに触れた瞬間。高矢の視界は真っ赤に染まった。爆発に巻き込まれた――そんな感覚だった。


 三本足のカラスの魂はヘビアクマの双頭をひとまとめに鷲掴みした。バリアは赤い閃光を放ち、シャボン玉のように破裂する。爆発的な力を得たナイフは高矢を連れて飛行した。


 勢いを味方につけたナイフはヘビアクマの側頭部を貫いた。高矢の腕に絡む幼児の手足は力なくほつれ、刃に幼児そのものが刺さっていた。


 春日井愛流だ……。

 ふたりは赤い放物線を描き、落下していく。


 物心ついているかどうかの、幼い春日井愛流。胸にナイフが突き刺さったまま無邪気に笑っている。高矢は、ぶつりとキレた。


「ダああああああああああああああああああアアッッ!!!!」


 力の限りに叫び、殴った。

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