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春日井兄弟⑥~お情けをかけるワケじゃない~

「とにかく。ジーサンとこにさっさと行こうぜ。さっきからクラクラすんだよ……」

「え、ああ……ごめん……」


 高矢がバットで殴られていることを思い出し、幅屋はバツが悪そうに眉尻を下げた。怒っていた肩はすっかり丸くなり、鼻の穴もしぼんだ。


「加賀もだいじょうぶか? ちゃんと手当てしてもらおうな?」


 まるで弟であるかのように心配の声をかけるが、加賀は服を乱したまま立ち尽くしている。もしやきちんと着直すように言ってやらなければそのままなのか。


「もしかして腕が上がらんがか……?」


 幅屋は加賀のそばに駆け寄った。せっせと、なおかつ大事そうに服を着せている様子に、高矢は冷めた目で眺めて。


「そう言うお前も鼻曲がってんぞ」

「え?」


 幅屋は呆気にとられた顔で鼻筋に触れる。ひょっとこの唇のように曲がっているらしいことを知ると、そういえば口で呼吸しているなと自覚する。


「ねえ待って! もしかして帰っちゃうの……?」


 春日井愛流は胎児のように丸まったまま高矢を見上げた。すがりたいのだろう、口元には笑みが貼りついている。


「どーせ心からの謝罪ってヤツ? しねぇだろ? だったら時間のムダだろーが。二度と誰かをいじめることができなくなったってだけでも上等だと思うぜ、俺は」


 高矢はニタリ……と、頭部の痛みと出血の気持ち悪さでぎこちない笑みを浮かべ、奴のそばで転がっているナイフをふらりと手にすると「またあの店に返しに行くか? また誰かの手元に行っちまうかもな」と冗談めかす。幅屋は高矢に振り向くと腕を組み、鼻が曲がっている方向へ首をかしげる。


「おじいさんに預かってもらうとか……?」

「フーン……だったら千堂のジーサンの方がいいかもな?」

「千堂の……?」

「ちゃあんと責任もって渡しとく」

「ならいい」


 特に深く考えようとしなかった幅屋は周囲の木々にとまっているカラスたちに目配せする。


「バリアはどうしようもなかったけど、藤堂やったらまた加賀をいじめようとしてもなんとかできるよな? 岩本はもうおとなしくなったし」


 言葉が通じて、一羽のカラスが代表でカァと鳴いた。幅屋は一羽の死骸に近づいて腰を落とす。


「……お墓、作ってやらんとアカンよな」


 両手ですくい上げて「痛かったよなぁ」とこぼす。にじむ視界の隅で一羽がもぞもぞと身じろいでいる。


「おじいさん、カラスの手当てもできるんかなぁ……ごめんなぁ……」


 人差し指で小さな黒い頭をなでると、潰れたくちばしで甘噛みされた。愛しさがこみ上げてきて涙を一粒落とした。


「ね、ねぇ聞いて……」


 春日井愛流の妙に遠慮がちな声かけに、高矢は「ア?」と顔の右半分を歪ませて高圧的に見下した。


「たのちいたのちいたたかいごっこは終了したんだよ。さっさと帰ってママに負けたこと泣きつけばいいだろが? ア?」

「やだマッテ。おわらないで。僕を置いてかないでよぉ……」

「ハーァ? てめぇ俺らより軽傷で済んでんだろーが。腰抜かしたんやったらしばらくじっとしてろやダラカス」

「なんでだよ!?」


 声を荒げるとバリアが現れ、春日井愛流の身体がビクンと跳ねた。ぐるりとむいた白目が元に戻ると、嗚咽を漏らした。自分たちと同様に怪力を得ているからなのか、皮肉にも気絶ができない程度に体は頑丈にできているらしい。


「どォしてごんなヒドイごどすんのォ……? みんなでだのしぐ遊びだいだけだのにィ……」


 幅屋の右目の虹彩が西日と同じ輝きを発して、高矢は片手で制した。“祟り目”は不満げに彼の手を見やり、不安定な明滅を繰り返している。


 高矢は春日井愛流を冷徹に突き放す。


「恨むなら、自分の親を恨め」

「えェ……?」

「お前がそんなクズになっちまったのは、親が失敗したからだよ。お前は失敗作だ」

「なァんでそんだコト言うのォ……?」


 春日井愛流は駄々っ子のようにナヨナヨした声で、しかし笑みは貼りついたままグスグスと涙を流した。


「おまェ加賀を見習えよなー? 加賀は一度も泣かなかっただろー? 電流くらいガマンしろよなー?」

「ウー……やーだー……!」

「おい、行こうぜ」


 幅屋が「お墓作りたいから運ぶの手伝ってほしいんやけど」と言う最中に、春日井愛流は「なんで!?」と大声を上げてしまい“バイ菌”駆除を食らう。


「ったくよー。イライラすんなよなー。リラックスしろ」

「できないよォ……」


 春日井愛流は加賀の方に首を曲げた。


「加賀……たすけて……」


 加賀は少し間を置いて「何を?」と淡泊に返事した。


「加賀がテメェを助ける必要どこにもねぇんだよクソが」

「やだよォ……なんとかしてよォ……」


 オロンオロンと泣きじゃくられ、幅屋と高矢は微妙な表情で見合った。声に出さずとも『どうする?』と目で問いかけ合う。


 高矢は嘆息を漏らすと、幅屋に歩み寄って耳打ちする。


「このまま自滅してくの期待しとくか……?」


 幅屋は春日井愛流の方に顔を向けたまま、ひそひそと話す。


「やっぱ最終的に死ぬよな……?」

「それはオメェが一番知ってんだろーが……」

「もしかしたら克服するんちゃうんか……?」

「したらヤベーだろ……マジで手出しできなくなるぜ……」


 もし冷静に怪力の危険性を受け入れて折り合いをつけてしまえば、神頼みなんかではなく自らの本能でバリアを手なずけ応用力を手に入れるかもしれない。ただでさえ攻撃と防御を兼ね備えているのだ。改良されてはたまらない。


「死んじまえばいいのに死なれたらマズいよな……」


 幅屋の本音を聞いて、高矢は「たしかに」と苦み走りながらもクツクツと笑った。


「わかった。いいぜ。たすけてやるよ」


 幅屋の耳元から退いた高矢は右手を腰に当てて言い放つ。「いいのォ?」と、春日井愛流の瞳は希望に満ちた。高矢は不敵な笑みから一転して、幅屋に真剣な眼差しを向ける。


「俺はこれからアイツの肋骨の中に入る……」

「え?」

「中っていうか……とにかくそこにいる悪魔をぶちのめしてくる」

「俺は行けんの?」

「さぁ?」


 幅屋は高矢に言われるがまま、春日井愛流を引っ張り上げることに成功し、羽交い絞めにした。


「はやく戻って来いよ。頭のケガ結構ヤベェやろ」

「たぶん一瞬でいける」


 高矢は深呼吸をした。一歩二歩と後ずさりして、軽く跳ねる。後頭部がズシリと重い。血が流れた分だけ軽くなっているはずなのに。


「そうだ見守り隊」

「あ?」

「俺は見守り隊の魂に助けられた」


 幅屋は切ない顔でカラスの死骸を見下ろす。


「次は高矢が助けられる番かもしれん」


 高矢は一言「そうかよ」と、春日井愛流に目がけて突っ走った。

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