表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/160

春日井兄弟⑤~やっぱり呪いのナイフなのかもしれない~

最近は間が開いてばかりですみません。ちゃんと生きています。

「てめぇエエエエやめろォおおおおおおッッ!!」


 血が混じったツバを吐きながら、高矢はあらん限りに絶叫した。

 池周辺のカラスが一斉に飛び上がり、水が間欠泉のように高々と噴き上がった。爆発的な水柱に巻き込まれた藤堂は勢いに飲まれ、あっという間に池の外に押し出された。


 高矢は目を見開く。水柱の芯が朱色に染まっていた。それは水柱が地面に崩れ落ちても天高く輝いている。


「池が爆発したぞ!?」


 岩本には朱色の輝きが見えていないらしい。


 むくり、と。幅屋が起き上がった。 透き通った細い両腕が池から伸びて奴の背中を押し上げたようにも、液状化した翼が滴り落ちたようにも見えた。


 幅屋は振り向いた。怒りに燃える奴の顔の右半分は眩く、鼻水を吹き出しながら獣のように歯をむき出した。


「させでだまるかあああああああああああああッ!!!!」


 レーザービーム!? いや、レーザーキャノンだ!

 高矢は一瞬にして身軽になるのを感じた。春日井まことが吹っ飛んだのだ。


「てめぇらまとめてぶっ殺してやるッ!!!!」


 水量が減った池のそばで伸びていた藤堂が弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた衝撃で水を吐く。あの朱色のキャノンの正体は幅屋自身の視線なのだ。幅屋にしか感知できなかったものをとらえることができるほど、奴の眼力が異常に高まっているのだ。


 定丸をこの手でやり返せない苛立ちに任せて幅屋に暴力をふるってしまった先日の出来事が脳裏によぎる。怒りの目を向けてしまったばっかりに奴の右目がいかれてしまったのだ。あの経験が今の幅屋を作り出したのだ。


「わかんないわかんないゆるしてえッ!」


 理解の範疇を超えていた岩本は頭を抱えてうずくまり震える。


「死ねぇええええええええええええッッ!!!!」


 カラスの軍勢が一斉に鳴いた。吼える幅屋の気迫に春日井愛流は笑顔を強張らせる。【怒り(キャノン)】はバリアを撃ち続ける。まばたきをするたびに、強烈な砲撃が発射される。


「なにやってんだよ……!」


 春日井愛流は初めて険しい顔を見せた。自身の力に文句を垂らしながら、ズルズルと後方へ押しやられていく。眩しそうに目を細めたりはしないところ、岩本と同様キャノンが見えていないのだ。


 バリアに亀裂が入る。


「ちゃんとはね返せ……!」


 バリアが割れたのと同時に新しいバリアが出現する。それがひび割れて、また新たに出現して……。

 幅屋はズンズンと肩を怒らせ歩く。左目は血走り、鼻の穴は二倍に広がり鼻水か池の水かを垂れ流し続けている。まるで突進寸前の闘牛だ。


 春日井愛流は今にも逃げ出したい素振りを見せている。どっちに逃げようとしても【怒り(キャノン)】に押されて転倒するだろう。奴はひたすらバリアを張っている方に体を傾けて力み続けるしかないのだ。


「使えねーなァ!」


 春日井愛流が否定した途端、バリアは砕け散った。


「フンッッッ!!!!」


 幅屋の拳が春日井愛流の顔面にめり込む。拳が頬に触れる瞬間に青白い電光がほとばしった。電流が悪魔の手のように腕に絡みつき、悪魔の指が肉を突き刺す。孔から吹き出した血がうねり、ちぎれ、蒸発する。怒りこそ最高の麻酔。構わず拳を敵の顔面に叩き込んだ。


怒り(キャノン)】は悪魔の手を焼く。悪魔の手はとっさに幅屋の腕を離して痙攣し、春日井愛流の腕の中へ引っ込んだ。


 地面に転がった春日井愛流は「イタイ」と言って泣き始めた。なんだコイツ、と高矢は気味悪く感じながら軋む体を気合いで動かす。


怒り(キャノン)】は細くなり、ぷつりと途絶える。


「もう二度とヒトをオモチャにするな。わかったか?」


 幅屋はしゃがんで春日井愛流の胸倉をつかんで「わかったか?」とビンタをする。春日井愛流は「イタイ」と泣き続ける。幅屋はもう一度ビンタをして奴の目を凝視する。岩本が出した“後悔”だか“反省”だかのネガティブな色の視線が出るかを確認するためだ。しかし――春日井愛流は口角を上げてズボンのポケットから何かを手早く取り出した。銀色がきらめく。


 呪いのナイフ!? 幅屋と高矢はまったく同じイメージを瞬時によぎらせる。

まさか、そんなはずはない。だってちゃんと返却した。


 最悪を思わせる色の視線は幅屋の胸部に続いていた。再び怒りが沸点に到達する間もなく春日井愛流を放し、心臓をかばおうと……。


 ナイフの切っ先が青白い光を放った――いや、違う。バリアを突いたのだ! 火花が散り、弾かれたナイフが回転しながら弧を描き、春日井愛流の頭上で()()()()()。変な角度で落下するナイフは春日井愛流の耳たぶを切りつける。


「熱イッ!」


 春日井愛流は耳を押さえ、のたうち回った。


「なにしたんだよぉ!?」

「しらねーよ!」


 指の間から血をにじませながら充血した目で咎める奴に、幅屋はつい適当に返したが、加賀老人の話をちゃんと聞いていた彼には覚えがあった。どうやら魔に蝕まれ始めたらしい。


 高矢も【粗探し】で春日井愛流の両腕の骨に悪魔のような蒼白の手が巻きついているのを確認できた。二本の悪魔の手は胸骨のところで絡み合い、(つぼみ)になっている。指で作るヘビの頭にも見えた。


 悪魔のもう一対の手、あるいは足で作られたヘビがカタカタと上顎を揺らして笑っている。妄信していた蛇神がそういう形で表れたのだろう。


「てめぇがさっさと反省しないからそんなダセェことになるんやッ。自業自得やろッ」

「僕が何したってんだよぉ」

「ふざけんなッ!」


 幅屋の“祟り目”が再び激昂を取り戻した。近距離で【怒り(キャノン)】をバリアに発砲した。威力はバリアの表面上で何条にも分散しながらも焼き続ける。幅屋は焦点に拳を振るい、バリアを割った。


 呪いのナイフを取り上げなければ。そう思って手を伸ばした。が、春日井愛流の方が早かった。奴がナイフをつかみ、刃を幅屋の方に向けた瞬間、またしても切っ先に火花が散った。


 電光をまとう悪魔の手が春日井愛流の腕をかきむしる。奴の叫び声はカラスの軍勢の鳴き声でかき消される。ナイフは再び宙を舞い、宙で跳ね返り、こめかみを傷つけた。


「バリアが内側に向かって暴発してんだよ……」


 首を垂れた状態でどうにか幅屋のそばまで歩み寄った高矢がしかめ面で言った。「やっぱりそんなんか」と幅屋は呟く。


【ハイ、バリア】は“バイ菌”に触られるのを阻む力だ。“バイ菌”の定義は曖昧だが、怪力そのものが勝手に判断して春日井愛流の望みを叶えていた。いや、結果として叶っていただけだったのだろう。

 幅屋の【怒り(キャノン)】でこれまで楽しかった気分が乱されてからの呪いのナイフ。それがバリア暴発の引き金になった、ということなのか。


「もう俺たちが制裁する必要ねぇかもな」

「何言ってん。ちゃんと加賀にゴメンナサイって言わせんなアカンやろげ」

「ムリヤリ言わせても意味ねぇけどなー」

「だからちゃんと反省させんだよ。反省できるまで殴る」

「オーこえー」


 幅屋の“祟り目”はずっとぼんやりと朱色の光を帯びている。こいつのブチギレに巻き込まれたらたまったもんじゃない。高矢は鼻息を深く漏らした。


 よく見れば瞳孔だけが赤かったのが、虹彩が赤いヒマワリのように彩られているではないか。おそらく平常心に戻ってもこのままに違いない。そのうち毒のようにじわじわと目の周辺まで及んでしまったら。そう思うと皮肉めいていて笑えてくる。


「イタイッ!」


 春日井愛流が悶絶している。立ち上がろうとしたらバリアが発動したのだ。


「ヨカッタな。カミサマはてめぇを敵から守ってくれてんだ」


 高矢は嘲笑する。


 これが本来、自分がなるはずだった末路――幅屋は【一隻眼タタリメ】をギュッと閉ざす。ぎこちないウインクだった。


 誤作動を起こしているバリアは春日井愛流の攻撃的な感情さえも“バイ菌”だと判断し、過剰に反応している。今なら心から反省すれば暴発は収まるだろう。しかし“バイ菌”の定義が今後もさらに曖昧になっていけば、誰かをオモチャにしようと目論んだ瞬間に阻止されるだろう。やがてすべてを遮断され、生きていくのは困難になるのだ。


 さすがに身の危険を感じたらしい春日井愛流はぐしゃぐしゃに泣き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ