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春日井兄弟➀~春日井愛流の視線をそらさなければならない~

 ゴールデンウィーク明けの翌日。五月九日火曜日の放課後。

 天気はくもり。まるで幅屋の心中を表しているかのようであった。


 高矢が選んだ公園は遊具が失われ、どちらかといえば遊歩道として親しまれている場所であった。ブランコはまだ存在していたが、肝心の座板をつなげている鎖が支柱に巻きつけてあって遊べなくなっている。


 幼児であっても立っていてさえいれば溺れることはない、比較的安全な深さの池の中央には石碑が鎮座し、ヘビの石像が独り占めしているかのように絡みついている。その周りには数羽のカモが浮遊していたが、飛び石や石碑に次々とカラスが舞い降りると逃げ去っていく。


 この場所はまさしく、加賀が被害に遭い続けた事件現場だ。幅屋は左手首をリストバンド越しに強く握りしめる。リストバンド越しなのに力強く脈打っているのを感じた。


 幅屋と高矢、私服に着替えた加賀が到着した。


「来るんかなぁ……?」


 今更になって疑問視すると、「来るだろ。加賀は無傷だし」と高矢は加賀の方に振り向く。加賀は私服に着替えていて、約束通りリストバンドもつけていてくれていた。


 今は幅屋たち三人しか公園にいない。たとえ無関係の人が園内を通過しようとしても、不気味なカラスの群れに気が引けて諦めるだろう。逆に考えれば、最悪な事態が起こっても誰も介入してくれないということ……。


 高矢は時計を見上げる。時計の針が五時を差してメロディーが聞こえてきた。


 夕焼け小焼けで日が暮れて――


 加賀が「あの人たち」と指差した。カラスを恐れずやってきたのは、幅屋たちよりも一回り体格の大きい三人組だ。


「幅屋って誰?」


 スポーツ刈りの少年が言う。幅屋が「俺」と腕を組んでみせると、少年は小馬鹿にした笑みを浮かべた。


「果たし状とかマジだっせー。マンガの読み過ぎだろ」


 三人組はけらけらと笑う。幅屋はちらりと高矢を見る。視線の色を確かめるまでもなく、額に青筋が浮き出ていた。


「そのだっせーのを見てここに来たのはどこのどいつだコラ」


 漫画を買う余裕を持てない高矢にとって、その煽り文句は本来なら効果てきめんだろう。ぴくり、と右膝が前に出かかっていた。


「どんなアホがあんなもん書いたんか見に来ただけやしぃ」


 髪を編み込んでいる厳つい少年も舐めた態度で嘲笑した。スポーツ刈りが「しかもメッチャ達筆やし! 親に書かせたんかよ!」とゲラゲラと笑った。


 高矢が一文字に口を閉ざしていると、ふたりの笑いが収まる。視線の色が見えない一般的な目でも、本気で自分たちを()()つもりでいると察知したのだ。それくらいに高矢の刺すような眼力は奴らを狙っている。


「誰が誰だ?」


 幅屋は加賀に確認する。スポーツ刈りの少年が岩本、髪を編み込んでいる少年が藤堂、そして手を揉んでいるショートヘアーの少年が春日井兄弟の兄の方、愛流だという。


 春日井愛流はずっと口角を上げて加賀の方ばかり“楽しそう”に見ている。舞前からの忠告もあって、幅屋には気味が悪く感じた。


「なんか見えたか?」


 ぼそりと幅屋は横目で高矢に聞いた。高矢も瞬時に意味を理解して「まだ見えねぇ」と幅屋にだけ聞こえるように答えた。つまり奴は単純な人間ではないということ。高矢は「話し合ったとおり奴は俺がやる」と言葉を続ける。


 加賀に反撃させるため、高矢は前もって春日井たちの弱点を探ろうと半小学校に単身で乗り込んでいた。もちろん、背丈が近い子にちゃんと“おねがい”して制服を借りて生徒に成りすますという彼なりの知恵を働かせて。まさか舞前まで侵入しているとは、幅屋に明かされるまで露知らず。


 五年生の富田・村木・大本も例外なく探し、弱点が判明次第きっちり懲らしめた。このことは幅屋に伝えていない。特に今回の元凶でもある富田と村木は徹底的に制裁しておいた。

 しかし春日井兄弟だけは見つけられずこの日を迎えた。普通に考えれば、高矢はケンカに負ける気がしなかった。しかし後になって幅屋から舞前の忠告を伝えられ、嫌な予感が背筋に貼りついていた。幅屋も彼の一抹の不安に気がついていた。


「これ正式な試合なんやろ? じゃあどんだけ痛めつけても文句なしや」


 岩本が言った。


「俺たちが勝ったら二度と加賀に手ェ出すな」


 幅屋の力強い念押しに、岩本は「あーいーよ」と軽々しい了承をした。


「加賀。がんばれよ」

「……なにを?」

「お前、ここまできて……」


 幅屋は加賀の返事に愕然とした。ついさっき『あの人たち』って言ったのに。


「そっか。じゃあ。俺と遊ぼっか、加賀くん」


 春日井愛流が加賀に“楽しそう”に、爽やかに笑いかけた。“楽しい”の視線はポジティブな感情だと思っていた幅屋は、時としてまずい色であると学ぶ。そして高矢の本気を岩本と藤堂が気づいたように、春日井を加賀と対峙させてはマズいと本能的に悟った。


 夕方のメロディーが鳴り終わった。幅屋は【一隻眼(タタリメ)】の目盛りを上げた。誰かが合図した訳でもなく、彼らは思い思いに動き始めた。ただひとり、加賀は棒立ち。


 春日井の興味を加賀からそらさなければ。幅屋は予定では藤堂を相手にしなければならなかった。藤堂はこっちに狙いを定めている。


 幅屋は半ばパニックに陥った。完全なるパニックにならずに済んだのは舞前のおかげか。春日井兄弟にどんな秘密があろうが一番優先しなければならないのは加賀をいじめから救うことだ。【一隻眼(タタリメ)】の中の怪力が幅屋の本能をさらに奮い立たせる。


一隻眼(タタリメ)】の中にある目盛りが二重三重に増える。金庫のダイヤルを回すように視界が調節されていく。かちり、と幅屋が求めている視界を【一隻眼(タタリメ)】が作り出した。

 攻撃的な印象の色をした藤堂の視線を指で払う。くらりと、藤堂はめまいを起こしたかのように足をもつれさせて転倒した。


 余計なことは考えない。今度は加賀の目前に伸びている春日井の視線に手を伸ばす。奴の視線を握って、引っ張りながら加賀から小走りで離れる。


 春日井の視線が曲がっていく。彼は自分の身に何が起こったのかわからず、目を丸くしている。


 岩本の視線もすかさずにつかむ。藤堂の視線も回収する。右手に春日井の、左手に岩本と藤堂の視線。両腕をぶんぶん振り回しながらあっちこっちに走り回って翻弄させる。


「うわ! なんだ!?」

「キモチワリ……!」


 岩本と藤堂も理解が追いつかずに目を回し、千鳥足になり、立っていられなくなった。藤堂は目をぎゅっと閉じたが、視線は手の中にあり続ける。まぶたの裏に外の様子が映し出されていることくらい想像に難くない。


 高矢が混乱に乗じて、顔を上向きにしている春日井に跳び蹴りをかますのを視界の隅でとらえた。そして――春日井の腹部に届くことはなかった。


「は!?」

「ア!?」


 幅屋は目を疑った。視線の先を手中に収めているおかげで高矢の接近は奴に見えていないはずなのに。無防備だった春日井を、高矢は蹴り損ねるなんて。


 いや、蹴ろうとして、寸前で足を引っ込めたようにも見えた。何か、危険を察知して? 奴は本当に無防備なのか?


「ヤッロウ……」


 あとずさった高矢は顔をゆがめて右足を振る。


「あ、なおった」


 春日井は頭を軽く振って口角を上げた。その視線はまっすぐに高矢をとらえている。


 しまった!

 幅屋は春日井の視線が手元から消えていることに気がついた。



“魔力が発症すれば、二種類の人間に分けられる――”



 加賀老人の言葉がよぎる。


 一方で高矢は二の足を踏んだ。右足のつま先がヒリヒリしている。予想していなかった展開に右の奥歯をきつく噛み締める。


 初手から予定と異なる行動を起こした幅屋だったが、先手必勝のチャンスを作ってくれた。それだというのにあっさり無駄にしてしまった。


 けして何も得られなかった訳ではない。寸前のところで硬い何かを蹴って、弾かれたのだ。


「どうした? かかってこいよ」


 高矢は挑発に乗ってやることにした。少し助走をつけて殴ろうとしてみせる。何が起きたのか、痛かろうがもう一度体感してみなければならなかった。


 彼は産みの母に対するコンプレックスを刺激されていた。あの女はクズで、クズから産まれた自分もクズ。だから万引きもナイフを使った恐喝も、何をしてもこわくない。そんな自虐的な考え方が知らず知らずのうちに捨て身の行動を取らせていることを、瞬時の出来事で把握できるはずもなかった。


「ハイ、バリアぁ」


 春日井は高矢の冷静さを欠いた覚悟をからかうように腕を交差させて防御の姿勢を取った。交差した中心から青白い閃光が出現したのを高矢の目が捉えてから間もなく。


 冷たくて熱い、電流のような打撃が高矢の拳を虚空に払いのける。右肘の骨が悲鳴を上げた。


「えいっ」


 両手で春日井に押され――いや、青白い電光が高矢を三メートル後方へと吹っ飛ばした。電光は六角形を描いて消える。


「うっははっ! よえー。モヤシじゃん」


 春日井は肩を揺らしながら笑う。幅屋は驚愕のあまり言葉を失い、足も動かなかった。


 高矢は肺が裏返ったかのような衝撃を背中に受けた。ゴホッ! と、体内の酸素が急激に押し出され、息が喉につっかえる。曇り空の向こうの鈍い光に目尻のしわを作り、酸素を取り返そうと口を大きく開かせ胸を上下させる。


「顔はダメだって。お母さんが心配するじゃん」


 春日井の軽薄な態度に、高矢は地面に這いつくばりながらも「マザコンがよッ」と吐き捨てる。

 高矢の“怒り”のボルテージが上がったのを幅屋は感じ取った。


「だ、だいじょうぶかっ?」

「ンなことよりッ……()()()()()()


 春日井をギロリとにらみつけたまま高矢は問う。幅屋は小刻みにうなずいた。春日井も“感染”していると理解させられた。


 ハイ、バリア――なんて嫌な呪文だろう。既に“感染”しているにもかかわらず、奴は高矢をバイ菌とみなし、触れられるのを拒んだようなものなのだ。


 高矢も身をもって、奴自分たちと“同じ”だと納得している。弱点が見つからないのは奴の通力が【粗探し】を妨害しているからに違いない。

 幅屋がやってみせた集団めまい。春日井だけ治ったのはバリアの発現で視線がリセットされたからだ。どこまで自覚があって力を使いこなせているのかわからないが、攻撃も兼ね備えたバリアをぶち破らなければ奴は無敵状態で、ぶっ倒すことはできない。


 加賀はぼんやりしながら、片膝をつく高矢を見つめている。


 春日井兄弟は何かを隠している――もしや加賀は春日井愛流の力のことを知っていたのではないか。根気よく尋ねていればヒントを得られたのではないのか。幅屋と高矢は後悔する。


 マズい。ふたりは同じことを考えて神経を尖らせる。ちゃんと考えないと、加賀がやられてしまう。


 加賀を引っ張り、尻尾を巻いて逃げることくらい可能だろう。しかし、ここで春日井をきっちり負かせて上下関係を改めさせなければ、明日からの加賀の身が危うい。これまでの比ではない恐ろしい体験が待っているに違いなかった。加賀老人も心の中で泣くだろう。


 ふたりの頭に臨機応変という言葉が浮かび上がる。しかし幅屋は馬鹿を自覚していて、高矢はここにきて短慮を自覚しようとしていた。ただただ、どうにかして勝たないと……と、頭が熱くなるばかりであった。

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