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余談~婚姻届の証人について②~

2023年もマイペース&自己満足でやっていきます。よろしくお願いします。

 僕は別室で待機させられ、管先輩から押しつけられた水晶玉越しに寅子さんたちの茶番を眺めていた。


 管先輩が化けたみさ子さんはよくできていた。パジャマ姿しか知らないし、立って歩いている姿も見たことがない僕にとって忌々しい幻術であった。僕に化けた葉っぱの集合体も。


 水晶玉は管先輩が展開した結界の中の様子も映し出した。僕の記憶を埋め込んだということは、鬼札をかいくぐって僕から記憶を写し取る機会があったということになる。

 可能性が高いのはやはり『エイトチェンジーズ』で……か。何らかの体の不調も違和感もなく、僕自身に危害を加える意思がなかったから鬼札が反応しなかったのだろうか。だとすれば致命的な欠陥だ。


 僕の影武者が崩れ去った【判誣大結界】内では続きの出来事があった。


 ずわり、と。たてがみをなびかせるかのように竹藪が波打ち、宇宙の水面が管先輩に向かって円を収縮させた。二重、三重と。管先輩の足元に集っていった。


 竹藪が左右に割れて突風が吠えた。すかさず管先輩は煙管を持つ手を突き出した。七色に火花を散らす煙管。

 煙管から火の粉が混じる黒煙が爆発的に噴出し、ねじり上がった。破裂した火の粉が流星のように弧を描いて降り注いだ。


 次々と弾かれていく流星。渦巻く黒煙が大きく手を広げ、グワンッと水面を叩いた。影が黒煙を突き破り、一回転して着地した。『山月記』の従業員だった。


「“エイトチェンジーズ”のショー・ガール……金成の娘だな。名前は……知らん」


 管先輩に見破られて、ゆっくりと立ち上がりながら扇情的なチャイナドレスの女へと姿を変えた。あの店に行った時は遠目だったので顔をしっかりとは認識できなかったが、チャイナドレスの女がいたことだけ僕は辛うじて覚えていた。


「“深窓の患者”を連れ出そうにも警備が厳重なあまり気を急いたか」

「だまれッ」


 管先輩からすればお粗末な工作。お粗末な幻術。おそらく誰にも相談せずに独断で、やらかした。

 いとも簡単にはがれてしまった化けの皮。彼の舐めた態度に金成の娘は憤慨して牙をむいた。


「父親が消えてしまって、釜遊弟に愛人としてあてがおうという魂胆だろう……それとも? 女のお前らが交代制で化けて愛でるつもりだったか?」

「肉体関係から始まる愛だってあるじゃないのよ」


 金成の娘が両腕を構えると、宇宙の底に沈んだはずのイチョウの葉が噴き上がった。しかし管先輩が煙管を振るうと、たちまちイチョウは散り散りに燃え尽き今度こそ宇宙の藻屑と消えた。金成の娘は「なに……」と驚愕に打ち震えた。


「慈悲を手に入れて、お前らタヌキは何を欲している? 嘘か(まこと)か、みさ子さんの母、聖子は神霊の姿をとらえることができた上に神託の力があったというじゃないか。霊感商法に信ぴょう性でも添えたいか?」


 占い師としてでもタヌキの商売が気に食わなかったのだろう。管先輩の言葉の節々に煽りと蔑みがあった。


 金成の娘の足元に黒煙の巨大な手が浮き上がった。幼児が無邪気に人形遊びをするように、彼女は叫ぶ暇もなく体を握りしめられ、頭部だけ出ている状態になってしまった。


「ぐぃいいいいいいいいいいいいいいいッ」


 食いしばる歯の隙間から汽笛のような奇声。髪が逆立ち、赤らんだ首をちぎれんばかりに振るって、鋭く尖った歯からねばついたヨダレがしぶいた。


 幻術を開放させる【判誣大結界】には腹底に秘めたものをさらけ出す作用もあるとでもいうのか。金成の娘はとんでもないことを明かした。


「みんな慈悲にあやかりたいって思ってんの! だけどもう慈悲を持ってるのは上野みさ子だけ! 倭文は種無しで愛を信じない! あのガキだってそうなんでしょ!? 子どもは見込めないって!」

「何……?」

「でも原水留家の男は種が強いからね……確実に孕ませることができるよ! たくさん子どもを産ませて、愛情たっぷり注いで! そうすればいっぱい慈悲がもたらされる!」


 水晶玉を持つ手が震えているのがわかった。これは怒りだったのか。何に対しての怒りだったのか。女の戯言(たわごと)か。別室でたまっころを出歯亀ように覗き込んでいることしかできない僕自身に、か。いっそ水晶玉を叩き割ってやればどれだけスカッとしたことか。


 そのまま(くび)り殺してやればよかったのだ。だがそんな価値すら与えてやるべきではない。彼女たちを忌み嫌う管先輩も同じ胸中だったはずである。


「飼い殺しよりもおぞましいことを考える女だ。恐れ入ったよ。これだからタヌキは……いけ好かんのだ」


 彼らしからぬ底冷えする声で吐き捨てた。


 金成の娘の頭部が丸々と膨張し始めた。顔面に針山のような毛が生え、眼球がギラギラと血走り、残像が出るほどに不規則に震えながら下劣な金切り笑いを上げた。


 飛び散ったヨダレが宇宙を点々と溶かした。管先輩が示唆したとおり、結界は確かに未熟であることを証明した。しかしこの女が現れることを予期して見事に的中させた彼であれば、こうなることも承知していたに違いない。


「アハアハアハアハァ! バンブだかデンブだか知らないけどこんなもの! 振り切ってやるワ!」


 不気味な風船の牙は鋭さを増し、宇宙がくらりと波打ったかと思うと、ドン、とイチョウの“青い”葉が怒涛に噴き上がった。影武者に使われたものとは別の、結界に消されないようにと宇宙の色に染まったイチョウだ。いや、結界の力を利用して宇宙からイチョウを形成したのか。どちらにしても一瞬にして管先輩の姿を失った。


 無数のイチョウが渦を巻き、降り注いだ。風船の針山に群がって肉付き、一体化させていった。伸ばされていく玉虫色の頭部。毛虫ならぬ針虫だ。うぞり、うぞり、と。男を惑わしてきた女が醜い巨大人面針虫と変じて、右……左……と、首を軟体的に曲げた。


 策士策に溺れる、それ以前の問題だろう。うかつ過ぎた。滂沱(ぼうだ)のイチョウが止み、静寂が残された。イチョウで攪乱(かくらん)されたはずの管先輩が本当に消失していたのだ。しかし黒煙の手はそのまま。結界も解かれていない。溶けた宇宙の穴もいつの間にかフキノトウが顔を出して修復されている。間違いなく管先輩は場にいた。


何処(ドコ)イッタ……?」


 管先輩はだんまりを決め込んだ。


「出テコイ! 小癪ナとらへびノ飼イ犬メ! 私ヨリ一歩先ニイルツモリナノカ!?」


 首をひねり上げ、苛立ちに任せて竹藪をなぎ倒していった。黒煙の手の内にいることには変わらないのに、滑稽にも針虫はヨダレを泡立たせながら大威張りしていた。


 竹を次々とつんざき、目を皿にして管先輩を探した。身震いして無差別に針を飛ばした。突き刺さった竹は黒く変色し、どろりと溶けて宇宙に混ざり、新たに竹が生えてきては、また針の餌食になった。


 針山の一部を手に変化させて、手当たり次第に竹藪を捜索し始めた。一向に見つからず、針虫の苛立ちは最高潮に達した。


 絶叫した。七色のレーザー光線を吐いて竹藪を焼いた。


 立ち昇る炎の穂先が光線を絡めとった。炎が水に変わった。


「何ッ!?」


 激流に負けて光線が押し戻された。


「わガガあぎゃアアアアアアアアアアアアッ」


 竹藪が唸った。影が青い煌めきと共に燃える竹藪の中を駆けた。苦痛の顔をした針虫は必死に目を追った。


 雄叫びを上げながら。

 青い龍を引き連れて琥将が躍り出た。


「何ィイイイイイイッ!?」


 針虫は牙をミサイルのように飛ばした。青い龍は川のように流れる眉を雄々しくひらめかせ、ギュンギュンと蛇行してミサイルを避けていった。

 琥将は本能に身を任せて突き進んだ。瑠璃色と琥珀色の眼光を野性的に交錯させ、迷わず木刀でミサイルを薙ぎ払った。


 青い龍が針虫に食らいついた。琥将は跳躍し、木刀を振るった。その瞬間の奴の形相は、鬼よりも恐ろしかった。


「胴ぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 針虫は激昂に打たれ、雷が弾けた。針虫は元のイチョウへと爆散。一枚が優雅に舞い、管先輩が姿を現した。


 はち切れんばかりだった女の頭部は見る見るしぼみ、針山のような毛はポロポロと抜け落ちて元の顔に戻り、そこからさらに老け込んだ彼女がぐったりと首を垂れていた。


「当分の間は術を使えん。店も休むことだな」


 黒煙の巨大な腕がもう一本現れて、宇宙に四角を描いた。窓が開放され、女を乱雑に放り捨てた。


 出番を終えた琥将と青い龍は墨に戻り、蒸発した。水晶玉に貼りつけた鬼札も白紙になった。


「これで少しは気が晴れただろう?」


 管先輩は僕に向かって淡々と言った。これっぽっちも晴れないとわかっていながらだ。僕は鬼札を握り潰した。


 どうやら水晶玉を持っていた僕だけが結界内の出来事を知ることができていた。加賀さんたちには一瞬にしてみさ子さんがむさ苦しい男にすり替わって、僕がいた席には燃えカスが盛られていたように見えたはずなのに。加賀さんはともかく、美和さんと三夜さんはそろって微妙な顔を浮かべているだけで冷静だった。


「何かあるって思ってたけど、そういうこと」

「まさか管さんのお孫さんがみさ子ちゃんに化けていたなんて」


 ついさっきまでコロコロと表情を変えていたはずの美和さんはスンと取り澄まし、三夜さんは太い首を左右にひねってから溜め息をついた。


「特に美和さんは女優ですこと」


 寅子さんの誉め言葉に、美和さんは「ヒステリックババアのフリは結構活用できるの」と愛想のいい声だった。


「こっちに来てもらって構わんぞ」


 管先輩の催促に、僕は水晶玉を持ったまま重い腰を上げた。

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