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悪鬼②~高矢孝知は我慢ならない~

 幅屋が連れてこられたのは国語資料室だった。舞前はいなかった。


「おいお前マジでだいじょうぶなのかっ?」


 振り向きざまに焦った声で言われて、幅屋はわざと「何が?」ととぼけてみせる。高矢が部屋に入った途端にぎくしゃくしているのが妙に面白かった。


「目ェおかしくなってんぞっ」

「うん知ってる」


 高矢は顔をそらして「これ祟り目なんか……?」と呟いた。


「たたりめ?」

「千堂のジイサンが言ってたやつ。たぶんそれ【祟り目】。お前マジで死ぬ寸前だったんじゃねーのかっ?」

「千堂のおじいさん……? たたりって、神の祟りとかのたたり? ああー」

「ああーじゃねーんだよクソったれ!」


 高矢は頭を一振りしながら悪態をつきその場をうろついた。髪をかき上げ首筋をさする。じっとしていられないのだ。


「でも死んでねーぞ」

「なんで死んでねーんだよ」

「なんでって言われてもなぁ」


 思い起こせば、あのレーザービームを食らっていながら頭を焼き貫かれることなく、ただ激痛をもたらしただけで済んだ。風呂場の鏡を見たら尻に青タンができていたが屁でもない。単純にまだ貫かれるほどの悪化はしていなかっただけだと考えていた。


「そうか【祟り目】かぁ」


 幅屋はそれいいなと思った。罰せられた自分が持つ眼力は【祟り目】で、高矢が【粗探し】だ。


「怪力ってのは最初にメンタルを狙ってんだってよ。気を確かに持っていないとあっという間に広がって死んじまうって。最近お前どうかしてたじゃねーか。居もしねぇ定丸にしゃべったり、便所でわざと給食吐いたり、増岡んちのポストにぶつぶつなんか言ったり、急にいい奴になろうとしやがって」


 幅屋は腕を組み、ウーンとうなって首をかしげる。それのどこがどうかしているのか理解できなかった。定丸にしゃべりかけていたのはそこに彼女がいたからで、給食を吐いたのは増岡の気持ちを理解したかったからで、ポストに色々しゃべっていたのは自分の率直な気持ちを実際に口に出したかったからで、良い奴になろうとしたのは悪い奴であり続けるのは良くないからで。


 どれもちゃんとした理由があるのだ。どうせ【粗探し】でそんなことを言っているのだろうが、どうかしているのは悪鬼のせいなのだ。高矢は粗の原因に対して思い違いをしているのだ。


 高矢は「無自覚ってのが一番ヤベェんだよ」と苦虫を噛み潰したような顔をして、はっと吸った息を苦し紛れに吐き出す。


「俺は、お前を殺しかけたんだぞ」

「はぇー。でも呪いのナイフはもうないんやから、だいじょうぶやろ」

「……ハァ……?」


 高矢は呆気にとられた。


「高矢はもうだいじょうぶだ」


 満足気にうなずく幅屋に高矢は頭を抱え仰ぎ、虫の鳴き声のような高音を喉から出しながらまたウロチョロし始めた。


「そういうお前はだいじょうぶじゃねーんだっつのバカタレが、まだ悪鬼が見えてんだよ。ずっと胃袋の中にいんだよ」

「胃袋を寝袋にして寝てんのか。はぇー」

「どこ感心してんだよ……」


 危機感を持とうとしてくれなくて、じれったい。高矢は幅屋のことが情けなくなってきた。


「なあ。悪鬼はお前のメンタルなんだよ」

「うん」

「お前の視線が見える力は悪鬼のせいじゃねぇんだよ。それは別件なんだよ」

「うん」

「ただ、怪力が悪鬼を狙ってんだよ。悪鬼が強くなってしまったら怪力も悪化するっていう悪循環狙ってんだよ」

「悪い鬼が強くならないようにごはん食べない」

「テメェ……」


 高矢は額に青筋を浮かべた。血がのぼって首元が赤くなっていく。


「でも加賀のおじいさんがさ、健康でいることが自分の体を守るって言うねん」

「そう。そうだ、ちゃんと食って満足しろ。メンタルが良くなりゃ悪鬼も弱くなってく」

「ウーン」

「何が納得できねーんだよ」

「だってさぁ。なんでお前ら俺のことそんなに心配してくるん?」

「ア?」

「そんなん、不公平やろう?」


 幅屋は真顔で言う。


 高矢は幅屋の胃袋の中の悪鬼が身じろぎしたのを確認する。食事をまともに済まさなくなった幅屋の悪鬼は確かにやつれている。だがそれはあくまでも体形だ。悪鬼の力は日に日に凝縮されている。正義感に目覚めた結果がこれだ。ろくなもんじゃないのだ。


「それよりもさ、果たし状を書こうや。早く加賀をいじめてる奴らこらしめたいし。あと図書室行って本返してぇんだよ。今日返却日だし。あと何人か借金も返したいし」

「なんでお前、そんな自分を大事にしねぇの?」


 高矢は問う。

 幅屋は、いや、悪鬼が寝言で答えた。


『どうして大事にせんといけんの?』


 高矢は耳を疑った。ぐらりと平衡感覚が狂いそうになって強く足を踏みしめる。悪鬼は饒舌な寝言で、幅屋の本音を代弁しだした。


『俺はクソガキなんやから、大事にしたらみんなに悪いやろ』


『どうして俺を心配すんの?』


『もしかして悪い鬼の力で操られてんの?』


『もしかして呪いのナイフは悪い鬼の力から守る効果があったんかな』


『はやく正気に戻さんとあかん』


『やっぱりごはんを食べるのはよくない』


『ごはんを食べたら幸せになる』


『悪い鬼を幸せにしたらみんなに悪い』


『まずはみんなにお金を返して』


『みんなにあやまって』


『弁償して』


『みんなにあやまって』


『おわびにお菓子を作って』


『みんなにあやまって』


『おわびして』


『戸上にあやまって』


『おわびして』


『野々村にあやまって』


『おわびして』


『三好にあやまって』


『おわびして』


『増岡にあやまって』


『おわびして』


『郡司にあやまって』


『おわびして』


『千堂にあやまって』


『おわびして』


『日比谷にあやまって』


『おわびして』


『饗庭にあやまって』


『おわびして』


『高矢にあやまって』


『おわびして』


『先生にあやまって』


『おわびして』


『お母さんにあやまって』


『おわびして』


『お父さんにあやまって』


『おわびして』


『定丸にあやまって』


『おわびして』


『みんなにあやまって』


『おわびして』


『もしみんながゆるしてくれたら』


『俺は幸せになる』


『でも俺が幸せになったら悪いから』


『俺はしぬ』


 高矢は頭が真っ白になった。神経を逆なでされたところではない。バチリ、と。電流で頭蓋骨が揺さぶられたかのような衝撃が高矢を襲った。その衝撃は感情の高ぶりが頂点を突き破ったものなのだろう。今まで感じたことのない衝撃だったために、何の感情がそうさせたのかしばらくして冷静になったあとの彼にもついぞ理解できなかった。

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