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俺たちは正義に向いてない

タイトル回収回。

 意識改革の翌朝。まず幅屋がおこなったのは増岡宅に向かうことだった。ゴールデンウィーク中の宿題は昨日まとめて郵便受けに入れたが、もうひとつ入れてみたものがあった。それは図書室で借りた本である。


 宿題と反省文だけではあっさりしすぎているのではないか、義務ではなくちゃんと増岡のことを理解しようと頭を悩ませているのだとアピールするべきではないか、しかし無理やり距離を縮めようとしている訳ではないということも知ってもらいたい……。そこで読書をしている郡司の姿に着想を得た。

 さっそく行動に移せと神からの教えなのか、ゴールデンウィーク期間として本を借りられる期間も伸びることを図書委員から配られたプリントで知った。


 とはいえ、自分が好きなものを借りても意味がない。そこで三組の図書委員として受付にちょこんといた座高の低い殊久遠寺に『ハリー・ポッターと賢者の石』のありかを聞くと、残念ながら予約状況がすごいらしい。「割り込みサービスはないもん」とまで言われた。菜の花小学校で流行している本を教える案は潰れた。


 そこで殊久遠寺のおすすめ『モモ』を借りることにした。物悲しくて黄色い表紙の本を見せられるや女子ばかりが読んでいた記憶が出てきたものだから、増岡が興味を持ってくれるのかどうか気後れした。

 とはいえ、せっかく“怯え”に戦いながら仕事を全うしている彼女のためにも、饗庭の言う女子からのポイントのためにもありがたく頂戴した。殊久遠寺は無事に大仕事を終わらせたと言わんばかりにホッとしてサクランボのヘアゴムをぼよんぼよんと跳ねさせていた。


 廊下で出くわした高矢には、手持ちの黄色い本に眉をひそめられた。図書委員だった殊久遠寺のおすすめだと言い訳すれば「そうかよ」と“納得”して「そーいや図書室にもマンガはあるよなー」と“苛々”された。何がイライラさせたのかよくわからない。


 あずまにも黄色い本が見つかってしまい「これおもしろいよ! 翻訳版は読んだことないけど」と自慢ではない真実を告げられた。彼の意図しないところで、あの幅屋が『モモ』を借りたとクラスにバレてしまった。ここまでくると読んだことがある者とそうでない者とで分けることができたし、両者とも意味の違う色で馬鹿にしているのだとわかった。どちらにしても、自分のせいで黄色い本のイメージが損なわれたことに悲しくなった。ただ、涙鬼は興味すら湧かなかったらしい。


 そんな“いわくつき”の本も無事に回収されていて、幅屋は安堵する。「えーっと」と手汗をズボンで拭きながら言葉を探す。


「おはよう。俺、しばらく加賀のことを心配するわ。あの、もちろん、増岡のことも、野々村のことも、心配、ウン。それは本当。ウソかもしれないけど。本当だって俺は信じる。俺が犯人なのになんでそんなこと言うんやって話なんやけど。きっと悪い鬼が俺の言いたいこととか、本音とか、邪魔してると思う。人のせいにすんなって思うかもしれんけど。その悪い鬼は今俺の中にいるから、だからその悪い鬼は俺なんだと思う。実は同一人物だったっていう、ミステリーのやつでよくあるやつみたいなやつ、ウン。本当は切り離せれば楽なんだろうけどさ。ニュースでやってた。こういうのって“ゆちゃく”っていうんや。なんかこう、くっついててとにかく難しいんだ。えー……とにかく本は読め。殊久遠寺が選んだやつで、おもしろいらしいぞ。どうおもしろいのかは聞いてなくて、だからいつかその、お前から教えてくれたらいいなって思う、ウン。おしまい」


 郵便受けを閉める。門柱にカラスが一羽止まっていることに気がつく。じーっと見られている。意気地なしと言わんばかりに。


「なんだよ。文句あんのかよ」


 カラスは石造のように動かない。


「お前知ってるぞ。半におったヤツやろう」


 するとカラスがまばたきをした。少し驚いているらしい。いや、小馬鹿にしているようにも感じる。加賀の鼻血事件で混乱を極めていたが、次第に冷静になっていくと数羽のカラスが様子を見下ろしていることに、幅屋は気がついていたのである。同一人物ならぬ同一鳥物。妙に尊大な態度のカラスは間違えようがないと自信を持って言えたのだ。


「お前らあれか、俺が本当に信用できんのか監視に来たんやろ」


 カラスはとぼけている。


「加賀のペットじゃなさそうやし。よくわからんけど、俺はマジやぞ」


 カラスと目で会話するなんて気でも狂ったのか。悪い鬼が視線を読み取る力を助長させているとでもいうのか。近所の住人の視線を感じてしまう前にと頭を振り早々とその場を去った。

 カラスも続いて飛び立つ。その一瞬、双頭に見えたのは朝日の眩しさのせいに違いない。


「たのむ、俺に力を貸してくれ!」


 開口一番。高矢がチェーンのかかったドアの間から顔を出してくれるなり手を合わせた。面倒くさそうにドアを開放した彼に、玄関で事情を説明すると、呆れ顔をされる。


「いつから俺ら正義の味方になったんだよ」

「今から!」


 真顔で宣言すると、高矢は「馬鹿じゃね?」と一蹴する。


「たしかに俺はバカだった。てか今もバカだと思う。でもバカだから、怖いもんなしであるべきではなかろうか」


 高矢が腕を組み何かを目で“探って”いる。式台から細い目をさらに細めたりしてレンズを絞っている。どうせなら堂々と取り調べてほしいと感じた幅屋は「お前も視線が見えるのか?」と観念を押し隠して告げる。高矢は「視線?」と怪訝にまばたきした。


「ちがうのか?」

「……ああ。たぶんお前とは違うもんが見えてる」


 高矢は崩していた立ち姿をまっすぐに伸ばして答えた。


「じゃあ、饗庭も違うもんが見えてるんか」

「饗庭も?」

「ウン。なんか、俺のこと見て安心してた」

「それはお前が改心したからだろ」

「ウーン。違う気がすんだよなぁ。だって、悪者(わるもん)が急に改心したらそういう計画だって思うもんやろ。ヒーローが油断してるとこを騙し討ちするって、見てる奴は思うんちゃうがんか」

「そりゃあな」

「せやろ」


 お互い明後日の方向に目をやる。


「……で、視線て具体的にどう見えてんだよ」

「どうって、線だよ。いろんな色の、眩しくない光線っていうか。たまに線がぶっとくて壁に見える時もあるけど。俺のことどう見てんのかってあっちゃこっちゃで三六〇度わかる」

「それ生活に支障きたすレベルだろ」

「これからは高矢マネするわ」

「ああ?」

「カメラみたいに焦点合わせられるんやろ?」

「ああ」

「なんか俺に問題見つかったんか?」


 幅屋はわざと両腕を広げぐるりと転回する。


「……いんや。今んところは」

「じゃあ、ここらへんとか。こことか」


 玄関に透明人間がいるかどうか探るように、片腕ずつ回す。


「俺のはそんな広範囲で見えるやつじゃねーから。あくまで人の」

「ウン」

「とにかく今の幅屋は問題ない。まあぶっちゃけ、見る力のレベルで言ったらお前の方が高そうだし、信ぴょう性低いかもしれんけど」

「いや、安心した」


 悪鬼は静かにしてくれているようだ。


「で、さっきの話なんやけど」

「なあ、そういうことは先生に相談しようぜ? 舞前なら聞いてくれんだろ」


 幅屋は「うっしっし」と不敵に笑った。


「実は既に相談済みである」

「ああ?」

「昨日のうちに電話した。そしたら先に舞前先生が半の先生に話をするって。そんでその先生が岩本らの親に電話して確認して、で、舞前先生に“そのような事実はございませんでした”っていう返事をしたんだってさ」


 高矢は下唇を突き出し鼻で溜め息をついた。


「舞前先生も“もう、やっちゃえば?”って。“尻尾さえ出してくれれば話を表に出せれる”って」

「お前、楽しそうに言うなよなー。正義の味方とか資格ねぇし、マジでだっせー」

「たのむよ高矢コーチ!」

「ああもう、うっせーな……。何かおごれよなー?」


 高矢は渋々と了解した。本当は舞前に「でも限度があるからね? 救急車とか警察とか来ちゃうような真似だけはやめなさい。幅屋くん自身が傷つくし、親だって悲しんじゃうんだからね?」と受話器越しに釘を刺されているのだが、何となく幅屋は黙っておいた。


「……つかさ、電話じゃなくて直接お前が聞きに行きゃいいじゃんかよ。相手が嘘をついてるかどうかくらい判別できんだろーが」

「クソガキが先生に向かって“この人ウソついてます!”って言ったとこでンなもん、オオカミ少年だろーが」

「あー幅屋のくせに変なとこ頭回してやがる」

「はーいグルグルグルグル魔法陣グルグル」


 幅屋は頭も体もぐるぐる回して高矢の“呆れ”の視線を雲散霧消させた。

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