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日比谷あずまは友だちにならないといけない

 教室に入ると、はっきりとあずまと目が合った。


「おはよう、涙鬼くん」


 クラスメイトはふたりに注目した。


 まるで見世物小屋だ。怪物がいる檻に人の子を放り込んだらどうなるか、実験のショーだ。

 涙鬼はせり上がるムカつきに息を殺して押さえ込み、声を無視して自分の席へと歩を進める。


 被告人席へ向かう罪人のような気分にさせられる静寂に、あずまが「ねえ」と声高らかにして立ち上がる。


 空気を読まない彼の行動を止めたのは郡司だった。早足で通路を阻み、肩に触れた。


「もうあいつに話しかけなくていい」


 ちらりと幅屋の方を見れば、奴は二重あごを作るほどに目をすわらせている。


「でも吉祥(きっしょう)くん。僕、涙鬼くんと友だちにならなきゃ」

「だから。なれないんだって」


 郡司は苛立ちを見せつつも切ない目をして、状況を察そうとしない転校生を押し戻して座らせる。


「俺だって何度か話しかけてみたんだ。そしたら幅屋にトイレで殴られた。昔から乱暴なんだ」


 あずまにだけ聞こえるように彼は告げる。


「大丈夫? 先生に言った?」

「言える訳ないだろ。千堂だってシカトするし。仲良くなる気ゼロなんだよ、あいつ」


「困ったなぁ」とあずまは唸るが、すぐに人懐っこい笑みに戻る。


「吉祥くんはチャレンジしたんだもん。僕もチャレンジするよ!」

「だーかーらー……」


 郡司は焦れったさに爽やかに刈り上げられている後頭部をかき、融通の利かない新人の額を人差し指で突いて右の眉尻を吊り上げた。


「俺は忠告したからな。どうなっても知らないぜ?」


 親切な彼の言葉は脳の片隅にそっと置き、あずまは休み時間になるたびに幅屋たちが教室からいなくなる時を待った。


「涙鬼くん、涙鬼くん」


 あずまが近づいてきたので、涙鬼は目を逸らす。


「いつもここでじっとしてるの? 本を読んだり、勉強しないの?」


 本を借りれば本が消える。勉強をしていれば教科書もノートも筆記用具も奪われる。教室から出ていけば椅子や机ごと消えていることもある。

 転校していった子の時のように、いずれ机に花が供えられるだろう。極力何もしない方がいいことを説明するのも億劫で、涙鬼は無言を貫く。


「じゃあ僕が話し相手になってあげるよ。何でもしゃべっていいよ」

「……」

「僕のお父さんと、きみのお父さんは友だちなんだって。涙鬼くんのお父さんて、どんな人? 最初こわいなって思ったけど、とてもいい人そうだね」


 あずまはコミュニケーションを図ろうと一方的に口を開いた。なぜこんな苦行を強いられなければならないのか、涙鬼は眉間のしわが深くなる。


 チャイムが鳴り席に戻ると、幅屋たちが教室に入ってくる。幅屋は涙鬼の机の上に腰かけ、そのまま饗庭らとたむろしてしゃべった。


「何見てんだよ」


 幅屋は涙鬼を見下ろす。


「邪魔なんですけどーぉ。マジ視界から消えてほしいんですけどーぉ。へへへ」


 饗庭が周囲を気にしながら上擦った声で言った。


「ほら、出てけよ」


 幅屋は涙鬼の肩を強く突く。「うわ、汚ねぇ妖怪触っちまった!」と饗庭の袖で手を拭けば、今度は饗庭が適当な女子にタッチする。その子は悲鳴を上げて立ち上がり、隣の席の男子にタッチする……。


 クラスが騒ぎになる中で涙鬼は席を立ち、ランドセルを持って教室から出ようとする。あずまが声をかける前に、彼は戸の手前で足を止めた。クラスも静まり返る。


「早退?」


 舞前が言った。


「はい」

「具合悪いの?」

「はい」

「大丈夫だよ。ガマンガマン」


 舞前は笑い、涙鬼は下唇を噛み苦悶の色を見せる。


「仮病使うなよなぁー」


 ここぞとばかりに幅屋が言う。


「なんだ仮病かぁ。ダメじゃないか。ほら席に戻って。授業始めるよぉ」


 転校の初日といい、あずまは舞前の対応が気になった。

 次の休み時間にはそのことを郡司に尋ねる。郡司は缶バッジの裏側をこすりながら言う。


「知らんぷりしてんだよ、見ればわかるだろ……? チクッたところで何もしないぜ? ああいう先生。お願いだからさ、もうあいつの話やめよう、な……?」


 懇願の眼差しに、あずまはこれ以上彼に迷惑かけるのはよそうと思った。

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