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「選り好み」  作者: 新開 水留
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 大学時代の一年後輩に、カケハシノブロウという男がいる。

 『若き時代の寵児』という触れ込みで、今年の賞レースで突然文壇に躍り出た「懸延(カケノブ)」が、実は僕の後輩なのである。このカケハシ、通称「カケ」が僕へ電話連絡を寄越して来たのは、丁度その文学賞の受賞作発表が行われた当日のことだった。

「新開くん、ご無沙汰です」

「ああ、久しぶりじゃないか。珍しいね、連絡してくるなんて」

 大学時代は僕も小説を書いていた。当時はひとつ年上の先輩やカケなんかとも頻繁に作品の読み合いを行い、物語の構成や展開などについて言いたい放題やりあっていた。しかし結局の所、カケとの思い出は当時の文芸サークル内での出来事しか記憶になく、大学を卒業後はめっきりと疎遠になっていた。

「僕、○○賞獲ったんですよ。今日」

「今日?」

 へー、すごいね、と思わず口を滑らしそうになり、慌てて手で押さえ込んだ。日本人ならば誰もが知っている文学賞を獲ったのだ。先輩である僕が喜んであげなくてどうする。そう思いはするものの、実際今の僕はそこまで文学賞に興味があるわけでもなかった。

「新開くん、今日がその発表日だって、もう忘れてるでしょ」

 痛い所を突かれて、

「あー、そうか」

 と適当な言葉を返した。そして実際、図星だった。

「だけど僕、新開くんが今どうやって生計立ててるか、実は知ってるんですよ。だから驚きも失望もないです。というかそれがあって、電話したようなもんだから」

「……何かな、怖い言い方するね」

「あはは」

 僕の職業はいわゆるサラリーマンではない。拝み屋と言って、依頼者の吉凶を占い、迷える人々の道案内をすることで報酬を受け取る、(まじな)い師である。ところが僕の所属する団体は一風変わっていて、誰もが気軽に連絡を取れるわけではない。電話帳にも団体名の記載はないし、紹介制というわけでもない。

「実は僕、今回賞を獲った作品を書いている間、おかしな体験をしたんですよ」

「ああ……うん」

 怖い言い方をする、と表現したのはこのためだ。俗にいう心霊現象や、その他の超常的な事象に日常を脅かされた者だけが、僕たちへの連絡が可能になる。カケは僕の後輩で、大学時代から僕が携帯の番号を変えていなかったことで、連絡をつけられた理由には説明がつく。しかし僕の職業をどうやって知ったのか、という点に関して言えば、団体の敷いた強制的なルールに乗っ取っていることだけは間違いない。僕が自ら、自分の職業が拝み屋であることを名乗ったりすることはない。つまりカケにも、そういう出来事が起きたのだ。

「単刀直入に聞きますけど、新開くん、幽霊って……人を選んで襲ったりするものですか?」

「……ええ?」

「いや、僕、まだ受賞連絡を受けたばかりで、外にいるんですよ。だからあんまり大きな声で詳しい説明できないんですけど、どうしても気にることがあって、それで、新開くんを思い出したんです」

「うん。で、幽霊がなんだって? 人を選ぶって言ったのか?」

「僕の体験したことがどこまで信憑性のある背景に添った出来事だったのか、僕自身にもわかりません。だけどやっぱり、自分の推測を信じるならそうとしか考えられません。そのことで、今僕、どうしても怖くなっちゃって」

「ちょ、ごめん、カケ、全く話が見えない。落ち着いて話してくれないか? 忙しいなら、またあとで掛けなおしてくれても構わないよ。今日はこの後何時ぐらいに家に戻るんだい? またその時間に、こちらから掛けなおそうか?」

「すみません新開くん、急に電話してるのに、いろいろ気をつかってもらっちゃって」

「いいんだ、そんなことは。で、どうする?」

「いえ、今日は僕、家には戻らないんで、やっぱりこのまま話を続けてもいいですか? なんか、新開くんの声聞いてるだけでちょっと安心するっていうか。……なんか僕今気持ち悪いこと言いましたね。良い年した大人なのに、変だな」

「なんだか分からないけど、無性に心細い時ってあるよね。僕は今もう自宅だから平気だけど、カケはまだ仕事中なんだろう? いいのかい?」

「なんか、それどころじゃないっていうか」

「いやいや、○○賞だよ? ついさっき獲ったばっかりなんだろう? なんだよそれどころじゃないって」

「だけど新開くんだってもう忘れてるじゃないすか。興味なんかないくせに」

「僕の話してないだろう、今。じゃあ、カケがそこまで言うならいいよ、このまま話を聞こうか」

「ええ。ちなみに新開くん、今一人ですか?」

「どういう意味?」

「いや、辺見先輩とご結婚されて、子どもさんがいらっしゃるのは知ってます。じゃなくて、単純に、今一人ですか?」

「ああ、うん。書斎でちょっと、仕事の後片付けをしてたんだ」

「一人かぁ」

「それが?」

「あのう……」


 部屋の扉、ちゃんと閉まってますか?


「え?」

 思わず僕は椅子に座ったまま振り返った。

 自室の扉は、きちんと閉まっていた。

 もちろんそうだろう、入って来た時僕が自分の手で閉めたのだから。

「……怖がらせないでくれよ」

 僕が言うと、カケは大きくため息を吐き出して、すみません、と小さく詫びた。



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