時間のふしぎな物語 ②素直になれなくて
小学生から大人まで世代を問わずほのぼのできる童話です。
「全く、やってらんねー!」
コウは乱暴につぶやくと、ノートをどさっと放り投げた。
学校はすでに放課後で、多くのクラスメイトは帰宅している時間だった。
しかしコウには、家に帰れない理由がある。
それはこのノート、「クラス全員交換日記」。
担任の先生が、毎日クラスの出席番号順に、一日一人ずつ日記を書くルールで始めたものだが、作文が苦手なコウには、はっきり言って苦痛でしかない。
それでもいつもなら、何とか2日くらいかけてノートの半分くらいは頑張ってうめるのだけれど、それすらあの女のおかげで、全くやる気がしなくなった。
「コウくん、もしかしてアイドルになりたいの?」
家に帰ってから書くのが面倒だから、昼休みにちょこちょこ日記を書いていたら、突然ゆりながおれの手元をのぞきこんで、大きな声を出した。
「ちげーよ!あっち行けよ!」
「でも、『アイドルオーディション番組で、日本一になってテレビに出たい』って、アイドルになりたいってことでしょう?」
わざとおれの書いた一文を自分勝手にアレンジを入れて、みんなに聞こえるようにゆっくり音読する。
「何?コウ、アイドル目指してんの?」
「やめとけ、やめとけ!お前オンチだから無理、無理」
わらわらと面白半分で集まってきたクラスメイトに口々に冷やかされて、おれは完全に頭にきた。
「だから、ちがうっていってんだろ!!昨日テレビで偶然番組見て、面白かったってそれだけの話だよ。ふざけんな!!」
せっかく苦労して書き始めた一文を、ゴシゴシと消しゴムで消すと、ノートをバンッとゆりなに向かって投げつけた。ノートの角が、ゆりなの鼻に当たり、ゆりなは思わずのけぞる。
「いたっ!コウくんひどい!先生に言うからね」
「だまれブス、デブ、ブタ女!」
おれが言い返すと、本気かわざとか・・・多分わざとだと思うけれど、ゆりなはみるみる顔をゆがめて、わんわん大げさに泣きながら、担任の先生に通報しにいった。
「今日は日記を書くまで、居残りです」
ゆりなの通報と、今までちょくちょく日記を書き忘れてきたせいもあって、おれは放課後ひとり残ることになった。
グランドではサッカーをして遊ぶ仲間たちの、楽しそうな声が聞こえる。
「くそ、ゆりなのヤツ、覚えとけよ」
ぶつぶつ言いながら、放り出したノートを仕方なく拾うと、ペラペラと他のページをめくってみる。
ひたすら夜見たテレビの話を書くヤツ、夕ご飯のレポートがたらたら書いてあるヤツ、好きなアイドルへの思いをぶちまけたものなど、みんなロクなことを書いていない。
くだらねえ・・・こんなこと、マジでやる意味あるのかよ?
心の中でグチグチ思いながらページをめくると、きれいな小さい字でびっしり書かれている、あるページに目がとまった。
みんな半分ちょっとくらいしか書かないのに、ずいぶんヒマなヤツがいるもんだな。
そう思って名前を見ると、それはゆりなの日記だった。
何だ・・・あのブスのかよ。と一瞬飛ばそうと迷ったけれど、いったいどんなことを書いているのか、ちょっと読んでみたくなった。
『私にはあこがれの女性がいます。それはお姉ちゃんです。かわいくて、スタイルよくて、アイドルのスクールに通っています。私もいつか、お姉ちゃんみたいになれたらいいけど、多分無理だと思う・・・まずは、ダイエットが目標です・・・』
何だこれ?
アイドルって、なりたいの自分じゃね?どんだけこいつ、面倒臭いんだ。
あーあ、つまんねえもの読んじまった!
パタンとノートを閉じてため息をつく。すると突然、周囲が白黒になった。
「・・・おい!」
おれはびっくりして、教室をきょろきょろ見渡すも、どこもかしこも色を失って、そして時間が止まっていた。
どうなってるんだ?
おそるおそる息を吸って、生きていることを確認する。
手足が動くことを確かめると、白黒になったノートとふでばこをランドセルに放りこんで、一目散に教室を出ようと立ち上がった。
瞬間、ぐらっと世界がゆがみ、キラキラまぶしい光に包まれて、おれは完全に意識を失った。
「コウくん、もしかしてアイドルになりたいの?」
気がつくと、おれはなぜか、昼休みに戻っていた。
どうなってるんだ?!
周囲を見渡すと、給食のカレーのにおいが残る教室で、わいわいとみんなが楽しそうに過ごしている。
おれの日記をのぞいたゆりなも、何か言いたそうにしてた。
もしかして時間が戻ったのか?
信じられないけれど、全てが記憶したばかりの、今日の昼休みそのものだった。
だとしたら、こいつは次におれをバカにするんだよな・・・。
ちょうどいいや、今度こそさせるかよ!
おれは、とっさに日記を腕でかくした。
「アイドルなんかなるかよ、ばーか!ひとの日記見るんじゃねえよ!」
きつい口調で言って、横目でギロリと思いきりにらみつける。しかしゆりなは、言いにくそうに口ごもりながら、勇気を出すようにふぅと一つ息を吐いて、ぱっと笑顔になった。
「ごめんね。コウくんなら、運動神経もスタイルもいいし、アイドルになれそうだなって思ったんだよ」
え?何?どういうこと?
こいつ、どうしちゃったんだよ?
思わぬゆりなの反応にびっくりしていると、ゆりなは頬をほんのり赤くして
「私もコウくんみたいにかっこよかったら、目指したかったな・・・」
そう言うと、教室の外に走り去って行った。
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