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第93話 非日常はフィクションでいい 15

 全滅しかけていた仲間たちへを逃がすための殿。

 上位眷属三体の討伐。

 そして、機械天使を単独での撃退。

 これら三つの功績を一日にして上げた俺は、レジスタンス内で英雄の一人として祭り上げられるようになった。


「見直したぜ、見崎」

「見崎さん、あの時はマジで助かりました!」

「ほら、もっと胸を張れよ! アンタは正真正銘、俺達の英雄なんだからさ」


 英雄なんて正直、柄ではない。

 俺は本来、影に生き、影に潜み、こそこそと英雄の手助けになるような地味で、けれど堅実な仕事をしていくタイプだと思っていた。

 だが、俺が上げた功績は否が応でも周囲の見る目を変えさせたらしい。

 当時の俺は、全身ボロボロの上、下腹部を槍で貫かれて絶賛死にかけていた状態であり、控えめに言っても英雄に相応しくない有様だったと思うのだが、逆に、その傷が壮絶な戦いを想像させてしまったようだ。

 いや、死闘と言えば死闘であるが、ほとんど圧倒されて嬲られていた時間の方が多かったし、反撃出来たのは最後の最後、自分でもよくわからない異能の暴走による物。

 どれだけ英雄と呼ばれても、その内鍍金が剥がれて、失望されるのだろう。

 …………怪我が治り、再び戦場に立つまで、俺はそんな風に楽観視していた。


「つ、つえぇ……これが、あの劣勢を単独で覆した英雄の実力かよ……」

「なんで、腕が折れてもまるで意にも介さず動けるんだ? あれが、英雄たるものの資質なのか?」

「普通だったら心が折れるはずの戦況でも、まだ、あの英雄の目は死んでいない! そうだ、まだ、勝機はあるんだ!」


 環境が人を作るのか?

 人が環境を作るのか?

 どちらが正しいのかは分からないが、一度、英雄視されてしまった俺は、もはや無意識的にそういう期待に応えようと体が動くようになってしまった。

 今までのように異能を使いつつ、敵から姿を隠してはいるけれども。仲間がやられそうになったのならば、それよりも前に敵を殺す。

 上位眷属が突如として、奇襲を仕掛けて来たのならば、まともに性能を発揮させる前に殺す。

 機械天使がやってきたのならば、異能の及ぶ範囲で相手をして、仲間の撤退を促す。

 幸いなことに、俺の異能は一度死に瀕したことからその性能が大幅に上がっていた。異能の効果の強弱を操ることによって、敵を翻弄することが出来る上に、全力で異能を使えば、相手の対策すら凌駕するほどの隠密性を保つことが可能になったのである。

 加えて、俺にぶっ刺さっていた変態天使の槍を解析することにより、久城の奴がより強力な装備を支給してくれるようになったのだが良かったのだと思う。

 俺は数多の装備やアイテムを使いこなし、向けられる期待の視線や言葉に応えていく内に、いつの間にか、実力が釣り合うようになっていた。


「ねぇ、見崎」

「なんだよ、石神」

「…………最近、頑張りすぎじゃない?」

「お前ほどじゃねーよ」

「いやいや、英雄と呼ばれて調子に乗っているのか知らないけど、もうちょっと休むべきだよ。いつまたあの変態天使に捕まるか分からないんだよ?」

「お前だって、あの黒天使にライバル扱いされてんじゃん。お前が休めば、俺も休む」

「いやいやいや、まずは君が休もう? ね? ふらふらじゃん。カップ麺を食べようとしているけど、注いでいるのお湯じゃなくて、水じゃん」

「お前こそ、ピザを冷凍のまま食べているだろうが」

「僕のはピザをアイス気分で食べたいから、これでいいんですぅ! あー、美味しいなぁ、これ! おえぇ!!」

「ミスを自覚した瞬間、即座に吐きやがったこいつ……」


 英雄になるのは大変だ。

 英雄になってしまった後も、大変だ。

 期待に応えてしまえる実力があると、周囲もそれを当然として扱って来る。だから、弱音など見せられないし、ミスなど出来ない。自分の些細な失敗が、簡単に周囲の死へと転化されてしまうのだ。

 それは、石神があの日以来、ずっと感じていた重圧だった。

 当然のように俺たちは石神に頼っていたけれども、頼られていた石神は普段からこれほどの重圧を感じていたのだと、英雄と呼ばれるようになって初めて自覚出来た。


 いいや、期待されるだけじゃない。

 英雄と呼ばれる存在の言動は自然と、周囲の人間関係すらも左右してしまう。俺たちの些細な言葉や、冗談、そういうのが周囲にとって重く受け止められることもある。

 だからこそ、大戦中、石神はどれだけ美少女とフラグを立ててしまっても、その好意を受け入れずに、わりとざっくりと断っていたのだろう。

 誰かと結ばれてしまえば、組織内の人間関係に軋轢が入ってしまうと知っていたから。

 ん? 俺? 戦力的な意味で慕われていたとは思うが、幸いなことにそういう好意を受けたことは無かったと思う。でも、なんというか、こう? 変態天使のように、ちょっと頭がアレな奴に対して、良くも悪くも好感度が高かった気がするけど。


「…………見崎ぃ」

「なんだよ、石神」

「ぶっちゃけていい?」

「いいぞ」

「女の子の好意が面倒臭いよぉ……全員まとめて友達でいいじゃない、もう……」

「うわぁ、遂に女性関係で弱音を吐きやがったな、こいつ」

「皆、後腐れなくセックスフレンドでいいじゃない……」

「うわぁ、遂に最低な本音を零しやがったな、こいつ。その本音はマジで俺だけにしておけよ? 久城あたりに言うと一週間は心が折れると思うから」

「見崎の前でしか言わないよー、こんなことさー。別にぃ、僕だって嫌いなわけじゃないよ? でもさ? 今って戦時中でしょ? ね? ガチで命のやり取りをやってて、余裕が無いの。限界なの。容量ギリギリなの。ありがたいとは思うけどさ、勘弁してよー、とも思う」

「ああ、わかるわかる。俺もさー。性的な要求で貫こうとしたり、立場を利用して俺に緊縛プレイを強制するのとかマジで止めて欲しい」

「なんで変態にばっかり愛されるんだろね、君は」


 英雄になって良かったことは、いくつかある。

 力を手に入れられたから、その分、誰かを守ることが出来た。

 この手で仇を討つことが出来た。

 石神と同じ立場で、友達であり続けることが出来た。

 肩を並べる戦友に。

 互いの本音を晒し合える親友になれた。

 きっと、俺の実力が足りなければその内、俺の方が気後れして、石神と共に居ることを拒否していただろう。

 そうなれば、後々、俺が石神の事を『ハル』と呼ぶことも無かったかもしれない。

 それを考えれば、俺は英雄になって良かったのだろう。


「――――やぁ、英雄殿。ご機嫌はいかがかな?」


 ある日、黄昏色の戦場で。

 何もかもを殺し尽した俺の眼前に、道化師が現れることになったとしても。

 後々。末永く、死ですら分てない縁を結ぶことになるとしても。

 俺は、この過去を後悔しない。



●●●



《ミサキ! 聞こえますか? ミサキ!》


 夢の終わりは、聞き慣れた愛しい相方の声。

 最初の頃に比べたら、随分と人間っぽくなった機械の声。されど、俺なんかよりもよほど、感情豊かなサポートAIの声が脳内に響く。


「ん、ふ、あーあ」


 心地良い目覚ましを受けて、俺はゆっくりと体を起こして背伸びする。

 口から漏れ出た自身の声に違和感を覚えたが、直ぐに修正された。

 そうだ、今の俺は英雄じゃない。異界渡りだ。あの忌々しい【黒色殲滅】の肉体を使って、活動しているのだった。

 ええと、そして…………うん、思い出した。俺の分割した認識がミユキを助ける為に、異能を深度4まで移行させたんだっけか? その衝撃で、俺は意識が朦朧になって、急遽、手ごろで安全な世界まで転移して、ホテルで休憩していたんだっけか。


「おはよう、オウル」

《よかった……意識が戻ったのですね?》

「おう、もうばっちりだぜ」

《何がばっちりですか、このお馬鹿。どうしようもないほどの愚か者! 突然、私との交信が曖昧になって、こちらの声に何も答えないと思ったら、いきなり世界転移ですよ? しかも、ホテルで一週間分のお金を前払いしたかと思ったら、そのままベッドに倒れ込んで意識不明ですよ? 私がどれだけ心配したか分かりますか?》

「あー、すまんすまん、反省している。と言っても、大体もう事情は把握しているんだろ? コピーした分身から、ホームを介して連絡があったんじゃないか?」

《ええ、ありましたとも。どこかの馬鹿が、馬鹿をやらかした結果の反動で、今頃倒れているのではないかとの連絡が》

「そうか。俺もちょっとした伝手で大体事情は把握済みだ。それで、あっちの世界でそれ以降、何か問題は――」

《他の心配をする前に、貴方は自分の体を心配しなさい。どれだけ寝ていたか分かりますか? 三日ですよ、三日! だからもう、今日は安静にしてそのまま休んでいてください。自分の体調だけを考えて、他の事は考えないように》

「……まぁ、お前に言われちゃ、仕方ないな」


 ガチのトーンでオウルに説得されたので、大人しく俺はベッドに体を沈める。

 ふかふかで、清潔なベッド。

 実は部屋の中に幾重にも張り巡らされている、魔術による結界。

 この肉体が機械天使であり、食事も排泄も必要としないことを考えれば、今日一日ぐらい、微睡と覚醒の間で揺蕩っていても問題無いだろう。


《それで、ミサキ。もう体調は大丈夫なのですか?》

「ん、そこそこ。分割した意識の方はクロエが補ってくれだから、もう問題は無い」

《存在回復を、超越者に任せる時点で問題では?》

「でも、超越者のあいつぐらいしか出来ない芸当だろ? そりゃあ、多少、治療の過程で魂やら精神にいろんな物を仕込まれてはいるが、許容できる範疇だ」

《許容範囲が広すぎませんか?》

「あいつの思考は理解できない所もあるが、最終的には俺を害そうとしないからな。味方とは言い切れないが、本質的な所では敵にならんから安心しているかもしれない」

《…………随分、確信したように言うのですね。何か理由でも?》

「理由……んんー、そうだなぁ」


 改めて考えてみる。

 クロエ。

 何物にも捕われず、全てを嘲笑う道化師。

 超越者の少女。

 出会いから、契約を結ぶまでの過程を軽く思い出してみて。

 少し、冗談交じりの面白い結論を出してみた。


「クロエの奴が、俺に心底惚れているから、とかどうだろう?」

《…………はぁ?》


 何故かオウルに、物凄く辛辣な声を返されてしまった。

 やれ、ちょっとした冗談だったのにどうして、そんなに怒るのか? 怒るとすれば、クロエの方だというのに、オウルが怒らなくてもいいのに。


《それ、クロエさんの前では言わない方が良いですよ?》

「ああ、流石にどんな目に遭わされるかわからんからな。もっとも、常に奴は俺の状態を把握している節があるから、もう手遅れかもしれんが」

《…………そうですか。この女の敵》


 オウルに罵倒されて、俺は苦笑する。

 機械天使の肉体に魂をぶちこんで。

 日々の仕事は世界を転々と回る、異界渡り。

 相棒はオーバーテクノロジーを尽くして作り上げた、サポートAI。

 超越者の少女とは、いつでも契約で繋がっており、多分、毎日嗤われている。最近は、純粋に笑われても居るかも。


 かつての自分からは信じられない非日常だ。

 けれど、今の俺にとってはこの上なく代えがたい日常で。

 だから、俺はもう過去の平穏を望まない。

 自分が為した結果の責任を背負って、未来を紡ぐために、今日も生きている。

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