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第91話 非日常はフィクションでいい 13

 機械神が造り出した、機械天使は全部で五体存在する。

 一体目。空間支配の権能を持つ、美しくも忌まわしき【黒色殲滅】。

 二体目。忘却の権能を持ち、繭の揺り籠に包まれし【白色忘却】。

 三体目。洗脳の権能を持ち、視覚と聴覚を陵辱する【赤き祝福】。

 四体目。寄生の権能を持ち、人間との共生を目論む【緑の群生】。

 そして、最後の五体目。


「むぅ、しまった。害虫駆除に巻き込んで、我らが同胞もあらかた潰してしまうとは。だがしかし、これもまた、職務遂行のための遂行なる犠牲だ。さらば、同胞たちよ。またいずれ、輪廻の果てで会おう」


 機械神から与えられた権能は重圧。

 肉体的にも、精神的にも、『青』をばら撒くことによって周囲を潰し、蹂躙するというコンセプトで生み出された機械天使だ。

 重苦しくも、雲一つない蒼穹の如く、青い全身鎧。それを身に纏い、兜からはひと房の長い青髪が飾りのように伸びている。

 声は美しくも、他者を圧倒し、足蹴にすることに長けた攻撃的な美しさだ。

 そして、【黒色殲滅】の黒い天使よりも対人戦に特化している噂があり、俺達からすれば『青い死神』と呼ぶしかない存在なのだが、本当の名は違う。

 【失墜の青】。

 何かを失墜させ、足蹴にし、踏み潰すのが青い天使の役割だ。


「…………ぐ、が」


 まずい、まずいまずいまずい。

 俺の思考はひたすら、混乱と恐ろしさに染まっていた。青に染まっていた。奴は己の効果が及ぶ範囲の空間に青い光を着色して、わざと演出している。

 何故か? 答えは簡単、そちらの方が効率的だからだ。物理的な範囲攻撃だけであれば、無色透明の攻撃の方が断然有利。けれど、彼女の役割は俺達人間を圧倒し、萎縮させること。

 故に、あいつの能力である重圧は、あいつが扱う青という色を認識してしまった時点で、既に発動している。

 青を見た瞬間、精神に重みを感じてしまい、気圧されてしまう。

 心が圧されてしまえば当然、異能の強度も下がる。心が負けてしまえば、異能すら使えなくあってしまう。

 この青き天使は、対人戦に適していながら、なおかつ、異能者の天敵なのだ。


「ふ、ふー、ふーっ」


 混乱する思考。

 荒れた呼吸。

 痛む全身。

 コンディションは最悪だが、気合いと意地で異能を維持しつつ、俺は這うようにして何とか、青の効果範囲から逃れようと移動する。

 幸いだったのは、最初の一撃で俺が死んだと誤認してくれたことだ。

 あの時、俺は確かに周囲の機械眷属もろとも、青の領域に圧し潰された。しかし、一度だけならば、久城が造り上げたこの学生服は致命的なダメージを無効化してくれる。もちろん、一度その効果を発揮してしまえば、後はただの学生服程度の防御性能しかもたない。しかも、アイテムはほとんど使い切ってしまっているので、残されたのは腰のホルススターに入った例のナイフが一振りのみ。

 間違っても、機械天使と戦える状態ではない。


「だが、考えてみればこの尊い犠牲があったからこそ、あの忌まわしき害虫を駆除することが出来たのだと言えよう…………いいや、こうした慢心が私の悪い癖だと、黒からは何度も諫められたな。ああ、確かに。人間を虫と侮った結果が、度重なる拠点の爆破だ。正直、舐めていた。人間の異能程度で、我々の感知からは逃れられないのだろうと。しかし、奴は見事に我々の目を欺き、今まで幾度も我々に無視できない存在を与えて来た」


 逃げ、なくては。

 現在、青の領域は精神的重圧の効果だけで、物理的な重圧は加えられていない。相手が俺の死体が存在しないことに気付く前に、なんとか、効果範囲外へ出なければ。

 ……出て、どうなる? 逃げて、どうする?

 こいつがその気になれば、視界が及ぶ限りの全てを均すことも可能だというのに。


「反省したよ、我々は。マザーから与えられた権能だけでなく、もっと己を磨こうと思った。奴の痕跡を根こそぎ集めて、対策を練った。そして」


 なら、せめて。

 せめて、一太刀、このナイフを突き立てて、ダメージを与えてから、死んでや――


「貴様が私の存在を認識していない間、もしくは、私の精神的重圧が効果を及ぼしている間ならば、なんとか感知することぐらいは出来るようになったのだよ、見崎神奈」


 視線が、合った。

 兜で顔が隠されているというのに、俺はそういう確信を得た。

 なぜならば、振り向いたから。わざわざ、逃げ出す俺の方向に顔を向けて、ご丁寧に教えてくれやがったから。この俺が、しくじった理由を。


「――――っ!!?」


 それは、優しささえ感じるほどの緩やかな加圧だった。


「ぎ、がっ……あ、え?」

「ほうら、がんばれ、がんばれ。耐えてみろー、あははは!」

「つ、あ。ぎ、い?」


 しかし、抗えぬ重圧だった。

 さながら、巨大な何かの手によって、ゆっくり、ゆっくりと押しつぶされていうような感覚があった。俺は何とか抗おうとするものの、抗おうと思えば思うほど、精神も圧し潰されるような感覚に襲われる。今すぐ泣き出して、逃げ出したいのに、何も出来ない苦痛。芯から力が入らず、悲鳴のように声を上げて力を込めるも、やがて、緩やかに俺はへたりこんでしまう。


「ははは、ほうら」

「がっ!?」


 そこに俺は、【失墜の青】から蹴りをくらう。

 通常であれば、その蹴りの動作だけで山すら崩す機械天使であるが、この時はとても手加減されていた。俺の体を地面に仰向けに倒し、悶絶させるだけの、優しいとさえ呼んでもいい手加減。

 けれども、この手加減は優しさから来る者じゃないことを、俺はよく知っている。


「は、ははは、苦労した、苦労したぞ、見崎神奈。貴様は知らないだろうが、私は貴様を知っている。何故なら、私の管轄の地区で、何度も、何度も、ふざけた爆破を繰り返して来たからだ。ああ、本当に怒り狂って、何度、人間どもの街を潰したか覚えていないよ。でも、私はある日、思ったのだ。この苛立ち、熱情を、どうにかして上手く発散できないだろうか? マイナスの感情を、気持ちの良いプラスへと変換できないだろうか? と」


 冷たい声色に、熱が帯びる。

 氷の刃を連想させる声が、熱を帯びて、蕩けていく。


「まず、私が考えたのは研究だ。貴様への怒りを原動力として、貴様の異能の解析や、情報を得ようと思った。結果は上々だ。今まではプライドによってなし得なかった、『同僚に頭を下げる』という行為も、私は難なく出来るようになった。どれだけ屈辱に思うことがあろうとも、貴様をこの手で潰す時が来る時を思えば、耐えられた」


 蕩けていくそれは、水と言うよりも毒に近い。

 熱情を帯びた、青い毒。

 何故か、それが俺に対して向けられている。何故か、特別扱いされている。しかも、とても悪い方向に。


「しかし、ある日、私は思い至った。何度も、何度も、貴様を妄想の中で潰している内に、思い至ったのだ。これだけ私の思考を占有するこいつは、もはや虫ではない。私の正当たる敵対者であると。ならば、虫のように潰すのではなく、屈服させた方がストレスを発散できるのではないかと考えた。じわじわと、ゆっくりと、強固な意志を、捻じ曲げて、汚して! 犯して! そう、例えば、こんな風に!」

「ぎ、がぁ!?」

「あははっ! 良い声だぁ……想像の三倍は色っぽい」


 粘着質な語りと共に、俺は何度も【失墜の青】によって足蹴にされる。踏みつけされる。手足を動けない程度に痛めつけて、じわじわと、子供が小動物のリアクションを楽しむかのように…………いいや、それ以上の気持ち悪い何かの行為をするかのように。


「いいな、やはり、いいなぁ。気持ちがいい。そう、気持ちが良くなったのだ、私は。何度も、何度も、想像の中で貴様を屈服させている内に、それが気持ちよくなった。体が震えて、思わず舌が痺れてしまうほどの快楽を感じるようになったのだ。だから、いつの日か、絶対に想像を実現させようと研鑽を重ねて……ついに、今、私は辿り着いた」


 きぃいいいいん、と何かが集束する音が【失墜の青】の右手から鳴っていた。

 ――――青だ。青の領域が、無秩序に展開されるだけだったその領域が、俺に加圧している部分だけ残して、奴の右手で集束した。

 集束して、やがて具現化した。

 蒼穹を押し固めて、作り上げたかのようなそれが、青い槍だった。

 意匠も無く、鋭い刃を持つその槍を見ると、俺は何故か、吐き気を催した。何か、とても、汚らわしい物の塊のように、見えたのである。

 恐らく、その考えは間違っては居なかったのだろう。


「今日! この時をぉ! 私は、待ち望んでいたぁ!!」

「――――っ!!!!!?」


 どすりと、青い槍の切っ先が、俺の右肩を軽く裂いた。

 たった、それだけで、それだけの事なのに、何故か、そこから汚泥が注ぎ込まれるような苦しみと、気持ち悪さと、何よりも、声すら出ない激痛が俺を襲った。


「は、はぁっ! き、気持ちいい! なんだ、これは! 想像の十倍以上の気持ちよさだ! ああ、この時のために、この槍を作り上げてよかった! 貴様の仲間を拉致して、赤に洗脳させてよかった! 貴様の思考パターンを研究してよかった! 一度、貴様の学生服の性能を壊す程度の攻撃を与えて、その後、わざと慢心する! 愚かさであると振舞う! 逃げられるかもしれない、という僅かな希望を与えた後、それすらも私の手の内であると今こうして教えて、失墜させる! 上げて、落とす! これだ! これが気持ちいい!!」


 青く、気持ち悪い天使は、歓喜の声を上げる。

 そこにもはや、冷たく、正しさを感じるほど冷たい声色の持ち主は存在していなかった。

 居るのはただ、醜い欲望で狂った変態のみ。


「さぁ、もう一度、もう一度だ……大丈夫だ、見崎神奈。私は貴様を正当に評価している。ああ、そうだとも。貴様ならばひょっとして、この状況からでも逆転を狙う気概が残っているかもしれない。そう、だから」


 けれど、変態だからこそ、恐ろしかった。

 俺のような奴を評価して、研究して、油断なく追い詰めていく。

 使命感なのか、快楽を得るためのかは分からない。

 だが、純粋なる事実だけを言うのならば。


「貴様が抵抗を諦めるまで、とことん、陵辱して、犯そう。一思いに殺すなんて舐めた真似はしない。貴様は精神を削り切ってから、殺さないといけない類の存在だ。そして、なにより、もったいない。貴様の感情を、感触を、もっと味わってから殺したいのだ、私は」


 かつてないほど、俺は絶体絶命の窮地に陥っていた。


「見崎神奈、私の敵対者よ。私は――――貴様で、もっと気持ちよくなりたい」


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