第90話 非日常はフィクションでいい 12
毎日更新(一日ミスった)三ヶ月目突破。
凡ミスしたが、リカバリーしたので毎日更新という欺瞞よ。
そろそろ過去編はおしまいの予定。
運命のあの日から、俺の日常は崩れ去って、非日常が始まった。
空が割れて、侵略者が人類を蹂躙して、辛うじて手に入れた異能で抗う日々。
生きている実感だったら、間違いなく前よりも得ているかもしれない。何せ、一つ間違えれば死ぬような戦場を転々と巡って、主に一人で大多数の敵が居る戦場に破壊工作を仕掛けて来たのだから。
敵を打ち倒し、拠点を滅ぼす度に、生きている実感はこの上なく味わえる。
けれど、本来はこんな物なんて要らなかったはずだ。
平穏であれば、退屈でも良かった。戦場で感じる、ひりひりと肌が焼けつくような生の実感なんて必要は無くて、時々、旅行や温泉にでも出かけて、気分転換にささやかな生の実感を味わえれば、それで良かったなんだ。
異能なんて特別な力よりも、学力やコミュニケーションの能力の方が必要とされる、平穏な日常を、俺は愛していたんだ。
何か起きないかな? なんて、思いながら、心の中では『何も起きない』ということを前提として信じ切っていたんだ。だから、非日常なんて刺激を求めてしまった。
概ね幸福で、特に文句を付けるような日常ではないけれど、日常のありがたみを再確認するために、ほんの少しだけのスリルが欲しかったのかもしれない。
それはきっと、青春時代では誰しも思い描く、他愛ない夢想だったはずだ。
叶うことは決してなく、物語の中で主人公に感情移入して、己を慰撫することが精々の夢想。滑稽な夢物語。
否、叶ってはいけない望みだった。
叶わないからこそ、価値のある願いもあったのだ。
大切な誰かを失うような、非日常なんて、俺達の妄想で充分だ。大人になれば、思わず顔を赤らめてしまうような、荒唐無稽な青春時代の妄想で充分だったんだ。
だから、俺は断言しよう。
非日常はフィクションでいい、と。
今の現実を否定するわけではない。
死んでいった仲間の想いを、絶望に抗う戦士たちの想いを蔑ろにするわけでもない。
ただ、もしも――――『冴えない男子高校生が異能を得て、英雄になるまでの過程』なんて物語があったとして、それに憧れるような奴が居たら、過去の俺みたいな奴が居たとしたら、そう伝えてやりたいのだ。
誰かが死ぬ非日常よりも、誰も死なない日常の方が、お前には向いているのだと。
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例えるのならば、多分、蠅叩きでも持ってきたのだと思う。
そう、夏場に大活躍のあれだ。もしくは、コマーシャルでよく流れている、蟲を駆除する系の薬剤でもいい。そういうのを、用意したのと同じだと思う。
こういうのは、用意するまでがとても億劫だ。
蠅ぐらいならば、鬱陶しいから手で払えばそれでいい。
蚊程度であれば、伝染病でも持っていない限りは見つけ次第、手で潰せば問題ない。
けれど、蜂は? 毒があるのかどうかは分からないが、蜂が一匹、目の前を飛んでいる。これを見逃せる人間はあまり居ない。手段は異なるだろうが、とりあえずどうにか対処しようと重い腰を上げるだろう。
……要するに、俺達は機械神にとって、蜂程度の脅威度として認められたらしい。
「くそ、下がれ! 下がれ! 撤退だ!」
「罠かよ、ちくしょうが!」
「避難民は既に、全員『赤』に感染済み! 殺せ! 近寄らせるな!」
「上位眷属が二体……いや、三体!? ふざけんなぁ!?」
「い、石神、石神は!?」
「あの黒い奴を単独で止めてくれている! それ以上は期待できない……つーか、むしろ、助けに行かないと、あっちもやべぇぞ!?」
レジスタンスとして活動を続けて半年ほど経ったある日の事だった。
俺達はいつも通り、日本各地を回り、機械神の支配から抗うように戦っている人間を探し、そして、保護するためにとある地下街へと足を踏み入れていたのである。
だが、それは機械神側が仕掛けた罠だった。
半年間戦い続けて、初めて仕掛けて来た本格的な策謀だった。
だからこそ、俺達のほとんどは見事に嵌められてしまったらしい。
保護するはずだった避難民たちは既に、洗脳済み。こちらが気づく前に、異能やら手持ちの武器やらで攻撃をしてくる始末。
ここまではまぁ、まだ予想の範疇だ。今までの戦いの中で、人々を洗脳する権能を持った機械天使の存在を確認していたため、不意打ちを食らったにしては最低限の被害で地下街から撤退できたと思う。
けれど、地下から上がって来た俺達を待っていたのは、地上を埋め尽くすほどの機械眷属の大群と、三体の上位眷属だった。
全長百メートル規模の、巨大な一つ目の機械巨人。
姿が見えず、気配もほとんど感じさせずにこちらの体を切り刻む、ステルスタイプの暗殺者。
そして、大量の機械眷属を常時召喚し続け、簡易拠点の役割を果たしている術師。
「転移は!?」
「駄目だ、あの術師タイプの上位眷属が妨害してやがる!」
「くそ、通信も不安定になってきやがった!」
「固まれ! 固まって、一ヵ所に集中攻撃! 包囲を崩すぞ!」
「いや、駄目だ! 固まったら、あの巨人が――――」
不測の事態になって、俺達の弱点は露呈された。
即ち、指揮官不足。
元々が学生同士の烏合の衆であり、訓練を受けた大人は全て殺されるか、拉致されたため、ほとんど素人の集まりであることが災いした。
突然の事態に混乱し、指揮系統が滅茶苦茶。冷静な判断を下すことも出来ず、また、頼るべき石神は別の場所で、【黒色殲滅】と死闘を繰り広げている真っ最中。指示は仰げない。その上、転移による撤退も封じられれば、パニックを起こす物が現れるのも無理はない。
「――――っづがぁ!? う、受け止めたが、二度目は無い! 盾の異能で巨人の一撃を防いだが、もう一度やられると、確実に壊される! 反撃を!」
「け、警戒! 姿の見えない奴が、俺達の中に紛れてべぁ」
「藤崎ぃ!? くそ、一人やられた! 看破の異能持ちはさっさとそいつを殺せぇ!」
「うるせぇ! 今、雑魚共が群がってくるのを防ぐので手一杯なんだよ!」
誰しも、この時は腹の底からせり上がってくる冷たい感触を自覚していただろう。
焦燥と、死の自覚。
頭は茹で上がるほど必死に思考を開店させているのに、体だけはやがてやってくる死を自覚して、冷たくなっていく最悪の感触。
この時ばかりは、俺も、例外なくその感触を味わっていた。
だからこそ、いち早く、己がやるべき役目に気付くことが出来た。
「イグニッション」
俺は、機械眷属が密集している中で、躊躇いなく爆弾のスイッチを押す。
設置した場所は、転移を妨害している上位眷属の場所。上半身が女の裸体で、下半身が蜘蛛という、神話の怪物を再現したその上位眷属は、最後まで俺に気付くことなく、召喚していた眷属共と一緒に爆破された。
『報告! 転移を妨害していた上位眷属は排除した! 各自、速やかに転移して撤退しろ! 殿はこの俺が、見崎神奈が務める! 一気にヘイトを集めるから、その隙を見計らって周囲の敵を薙ぎ払え!』
俺はいつも通り、走っていた。
異能を発動させて、誰にも気づかれることなく。
背中に担いだリュックサックから、小型の爆弾を機械眷属共の周囲にばらまきつつ、走っていた。
「おらぁ!」
雄たけびと共に、二回目の起爆スイッチを押す。
どどど、どぉぉおおおおん、と連続と爆発音と共に、紅蓮の炎が上空へ立ち上がる。爆破された機械眷属共の破片が、びしびし体に当たるけど、装備の効果で傷はつかない。痛いが、行動不能になるほどの痛さではない。だから、問題ない。
『早く、行けぇえええええっ!!』
機械眷属共を爆破しつつ、俺は無線で仲間たちへ撤退を指示する。
最初は躊躇っていた仲間たちだが、俺があらゆる場所で爆破を始めたところで、ようやく覚悟を決めたのだろう。異能の集中砲火によって周囲の敵を薙ぎ払い、転移するための時間を確保。その後、転移系の異能を持つ仲間たちが即座に転移ゲートを開いた。
『見崎さん! 見崎さんも早く!』
『後で行く! 俺は単独なら帰還用のアイテムで帰られる! 適当にあいつらを減らしたら、直ぐに帰る! だから、躊躇わずに行け!』
『――――っ! 了解!』
互いに吠えるような通信の言葉を交わして、どうにか納得させる。
数秒後、ようやく仲間たちは光の渦にも似た、転移ゲートの中に吸い込まれいく。
『ぶぉおおおおおおお! ごっ! ごっ!』
そこに、法螺貝を鳴らす時にも似た喧しい叫び声と共に、巨人が拳を振り下ろそうと動き始めた。だが、遅い。遅すぎる。
「存在浸食爆弾、イグニッション」
もはや幾つ目かもわからない起爆ボタンを押し、俺は巨人の動きを阻害していた。
この爆弾に爆発音は存在しない。ただ、静かに、キノコが胞子をばら撒くかのように、その因子を周囲にばらまくのみ。久城が造り上げた、恐るべき存在変換の浸食粒子を。
『ぶぉおおお、おおお?』
一つ目の巨人。彼のサイクロプスにも似た半裸の機械巨人は、拳を振り上げた姿で動きを止めた。よく見ればわかるのだが、そいつの白い肌がさらに白く、なおかつ、機械のメタリックな部分すらも真っ白に、染められていた。
『ぶ、おおおおお、おお……』
「はい、止め」
どぉおん、と今度は通常の爆弾が巨人の足元で爆発する。
通常であれば、あの程度の爆発では巨人の肉体を壊すことは出来ないだろうが、その体の大部分が白い結晶……塩へと変換されている状況では、効果は抜群の様だった。
巨人は声帯すらも塩化したのか、小さな断末魔を上げて地上に倒れた。
重々しい音では無く、大きな砂山が崩れたような粒子の音が辺りに聞こえる。
「…………ふぅ」
舞い散る塩の粒子を浴びながら、俺は一息吐いた。
もう既に仲間たちの姿は無い。どうやら、ちゃんと転移してこの場から逃げることが出来たらしい。
「ああ、良かったな――――っと」
リラックスした体を保ちつつ、腰のホルスターに手を伸ばす。
異能をあえて薄めて、油断を装い、そのまま……視界の端にある『透明なそれ』の動きに集中する。
じゃりぃ、という塩が地面で擦れる音。
その音に反応して、俺もまた動き出した。
「しぃっ!」
降り注ぐ塩の雨が、動き出した透明な人間大の塊を浮かび上がらせている。俺のように意識に作用する存在ではなく、光学的に対象の視線から逃れるタイプだったようだが、残念。
俺はホルスターから引き抜いた、特注ナイフを引き抜き、透明な何かへと投げつけた。
どっ、という鈍い音と共にそのナイフはきちんと、透明な何かへ突き立てられた。その、三秒後――――ごうっ、と透明な何かがめらめらと紅蓮の炎に巻かれて焼け始める。
「やっぱり、良い腕しているんだよなぁ、あいつ」
久城が俺からの注文に対して、渋々作り上げた特注ナイフ。
その効果は、突き立てた対象の焼却だ。魔術的防御が薄い奴ならば、瞬く間に全身を燃えがらせて、灰になってしまうほどの威力を秘めた装備である。
もっとも、その強力さ故に、一度きりの使い切りなのだが、俺の非力を補うには十分すぎる性能だった。
「しかし、意外とやれるもんだな、上位眷属を三体倒すなんて」
俺は異能を維持しつつ、今度こそ安堵の息を吐いた。
何か一つ間違えれば、俺だけではなく仲間も皆殺しにされる窮地。咄嗟に、異能を発動させて、機械眷属共の間をすり抜けて、爆破の準備を始めなければ。久城から支給された、新しい装備や爆弾が無ければ、きっと俺は今、こうして居なかっただろう。
「……さて、問題はどうやって帰るか、だよなぁ」
ただし、帰還用のアイテムはその場しのぎの出まかせだったので、ここから帰る手段が無いのが困り物だ。爆弾はほとんど使い切ってしまったので、残っている機械眷属共には手を出さず、このまま安全な場所まで徒歩で歩くしか――
「見つけたぞ、害虫」
声が聞こえた。
聞き覚えの無い声だ。聞いているだけで背筋を正さなければならなくなるような、そんな冷たい鋭さを持った声だった。
「蒼穹の重みを知れ」
その声と共に、『青』が落ちて来て、俺は何かをする暇も与えられず、圧し潰された。




