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第88話 非日常はフィクションでいい 10

 実際に体験しなければ、分からないことというのは意外と多い。

 十代の若者が、三十代後半の老いを理解できないように。

 千の言葉を尽くそうとも、一目見た名画の美しさを完全に表現できないように。

 実際に異能を持ってみなければ、分からないことというのも多数存在する。

 例えば、自分の能力の把握だ。

 漫画やアニメの如く、脳内で瞬時に自分の異能の使い方が閃くことなんて、極々稀。大抵の場合、なんとなく、ふんわりと『こんなこと出来そうだなー』というノリで異能を使ってみる。ぶっちゃけ、ぶっつけ本番でやらかして上手く行くこともあるが、当然、失敗することもあるので、出来れば何度か異能を使用してしっかりと、出来ることと出来ないことをきっちりと自分で理解しておく必要があるのだ。

 その上で、『まだ自分には成長の可能性がある』と信じ抜かなければならない。


「異能というのは、精神性に影響される物だからね。自分の出来ることを理解しておくのは正しいけれど、そこで自分の限界を定めておくと、成長出来ない。そして、僕らは成長しなければならない。現状だと、どうあがいても超越者である機械神には及ばないしね」


 戦場では安定した能力が求められる。

 正直に言えば、少年漫画の主人公のように、精神性で突然成長するような不安定さを持っている存在とは組みたくないのが心情だ。窮地で覚醒して、新たな能力を得るのは良いのだが、周囲で一緒に動いている人間はその新しい能力を知らないわけだし、連携なんてとてもじゃないが出来やしない。よほどの信頼関係が無ければ、『よし、合わせるぞ!』などと即興のコンビネーションを発揮することなんて出来ない。

 だから、出来れば戦場では安定した能力で戦って欲しい。

 けれども、能力を安定させてしまえば、長い目で見ると、今度は先が見えなくなってしまう。何故ならば、機械神はその気になれば、惑星を叩き割れるほどの絶大な力を持つ超越者なのだから。安定させず、不安定な状態でどんどん覚醒していき、異能を成長させなければ俺たちに未来は存在しない。


「えー、そんなわけなので、皆はどんな時でもこの言葉を心に留めて置いて欲しいんだ。そう、『俺達はまだ本気を出しちゃいない。本気を出せば、もっと凄いんだ。ピンチになったら、覚醒するんだ』という強がりを」


 なので、主に俺達レジスタンスは就活に失敗して、死んだ目をしている二十代前半の若者みたいな標語を掲げて戦っていた。

 どんなにピンチでも、『はー? まだまだ余裕ですしぃ! これから本気出したら、大逆転ですしぃ!』と逆切れ気味に自分の可能性を信じつつ、時に『ふ、ここまでとはな。だが、言っておこう。俺は今まで、三割程度の力で戦っていたのだ』と、明らかに全力で戦っている場合でも、虚勢交じりの強がりで奮起する。

 傍から見たら、馬鹿みたいな事かもしれないが、意外とこれが大切だ。

 何せ、俺達はあくまでも学生なのだから。

 そう、所詮は『異能を得ただけの一般市民』だ。

 異能の習得によって、多少なりとも精神性が変わったとしても、まともに戦えるわけがない。だから、まともに戦わずに、異能を強化しつつ、性能で押し潰すしかないのだ。


「……見崎、君相手だから正直に言うけど、僕らの世界は既に負けているんだよ。世界を管理する神様が討たれてしまった時点で、どうしようもなく」


 もう既に、まともに戦えるはずの戦力は全滅してしまっているから、まともに戦っては居られない。

 そもそも、神様が倒されている時点で俺達の勝率なんて絶望的過ぎる、と石神は俺にこっそりと教えてくれやがったのである。俺達の戦いなど、超越者側からしてみれば、ただの悪あがきに過ぎないのだと。


「でも、だからといって大人しくこのまま全人類が超越者たちの支配下に落ちるなんて嫌だろう? だって、あいつら基本的に馬鹿っぽいし。やれ、力の強い馬鹿が一番手に負えないというのは本当だねー」


 絶望的な戦いだ。

 最初から敗北が決まっているような戦いだ。

 奇跡的に勝てたとしても、この先、更なる困難が待っている戦いだ。

 石神は、そのことをあえて、他の皆には話していなかった。話してしまえば、限りなくゼロに近い勝率が完全にゼロになってしまうだろうから。残酷な事実が心を折り、異能の成長という唯一の希望を手折ってしまうだろうから。

 故に、石神は希望を見せ続けなければならない。

 それが例え、偽りに満ちていたとしても。


「あ、そうそう。当然だけど、この話は他言無用でお願いするよー。え? どうして教えたのかって? あははは、君と僕は友達じゃないか! 共に苦しみを分かち合おうよ! え? 外道だって!? あははは! なーに、言っているんだい! 外道じゃなきゃ、皆を騙して死地に放り込むようなことはしないってば!」


 石神春渡という存在は傑物だった。

 どんな難事だろうとも、なんとかしてしまう解決能力。

 他者と他者の間を取り持ち、周囲に希望を振りまくコミュニケーション能力。

 何百、何千もの機械眷属を単独で壊滅させ、機械天使相手にも互角に戦う戦闘能力。

 まさしく、英雄に相応しい存在だった。

 まるで、そうであれ、と宿命づけられて生まれて来たかのように。


「んじゃ、そういうわけで、見崎。これから僕と君は共犯者ってことで、うん。二人仲良く、悪いことをしながら、世界を救っていこうじゃないか」


 そんなあいつに、嫉妬や劣等感を抱かなかったと言えば嘘になる。

 でも、それ以上に俺は嬉しかったのだと思う。

 石神が抱える苦しみや悩みを、共有することが出来て。

 世界がどれだけ変わってしまっても、俺達の友情は変わらないと確認出来て。

 だから、俺は――――あいつに出来ないことを、望んでするようになった。



●●●



 俺の仕事は歩くこと、そして、運ぶことだ。


「…………げほっ。埃っぽいな、やっぱり」


 でこぼこになった道路を、強化された運動靴で歩く。

 異能によって強化されたこの運動靴は、軽さと丈夫さを両立しており、鋭い破片を踏み砕いても平気であり、ちょっとやそっとの事では壊れない優れ物だ。


「ま、耕すように爆撃を打ち込まれれば、当然か」


 ぐい、と防塵用に開発された特殊なマスクをきっちり付け直し、俺は改めて周囲を見回す。

 廃墟だった。

 かつて、俺が住んでいた街もひどく壊されていたが、ここも相当だ。まるで、空から幾重にも爆撃を受けたかのような有り様。恐らく、空爆でもされてこの街の住人は雑に間引きされてしまったのだろう。

 俺が住んでいた街よりも遥に都会的であり、見上げるような建物も本来は多く存在するはずの場所だったはずだ。けれど、いまや見る影もない。よくあるSF漫画に出て来そうな、数百年後の世界、みたいな壊れ具合だ。

 その癖、人の死体は全く見当たらない。

 人が腐ったような異臭も感じない。

 理由は、明白……片付けている存在が居たからだ。いや、居たから、では無く、今もこの場所を徘徊しているのだけれども。


『ぐるるるる』


 噂をすれば影だ。

 犬型の機械眷属が三体ほど、周囲を警戒するように規則的に動いている。

 奴らは人間を探し、狩り出すハンターであり、同時に人の死体を綺麗に喰らう掃除屋でもある。下級に機械眷属は本来、補給を必要とせず、永遠と動くことができるので食事や充電などは不要らしいのだが、あえて、犬や鴉型の機械眷属には『人の死体を好む』という嗜好と、人間の死体を分解する機能が与えられているようだ。

 理由はどうせ、後々楽園となる場所を汚くしたくないとか、流行病が起こったら人間が勝手に全滅しそうとか、そんな物だろう。そういうことを気にするのならば、最初から雑に殺すな、と言いたいが、どうせ、言ったところで意味はない。


『ぐるるる……?』

「はいはい、お疲れ」


 俺はそんな機械眷属の警戒網を悠々と素通りしていく。

 野球帽に、マスク。学生服に登山用のリュックサックという明らかに怪しい出で立ちの人間が目の前を歩いているというのに、機械眷属共は全く気付かない。

 これが、俺の異能の効果だ。

 名前は無いのだが、自分の存在を限りなく薄くして、例え視界や嗅覚で捉えていようが、『意識できない』ようにすることが出来る能力である。

 ただし、流石に攻撃行動やら、目立つ行動をすれば効果が薄れてしまい、気付かれる可能性が上がるので、基本的に機械眷属とは戦わずスルーが正解。

 出来れば殺してやりたいけど、俺自体の戦闘能力はさほど強くないので、ぐっと我慢だ。


「さて、ここか」


 機械眷属の警戒網を何度か潜り抜けた先に、目的の物はあった。

 まともに原型を保っている建物がほとんど無い廃墟のなかで、それだけは正常な形を保ち、正常に稼働していた。


「いつ見ても、へんてこな形だよなぁ、これ」


 それの外観を一言で言うのならば、巨大な卵だった。

 真っ白で縦長の卵が、地面に突き立てられたかのような形の建物。染み一つの汚れも感じさせないそれは、見上げるほど巨大な建物だった。全長大よそ、二十メートルはあるんじゃないかと思う。

 そんな巨大な卵型の建物であるが、これは実は機械眷属たちを補給するための拠点である。

 しばらく観察すればわかるのだが、この建物はいわゆる『転移ゲート』のような役割を持っており、マザーが製造した機械眷属がここから大量に地上へ送り込まれてくるのだ。

 当然、そんな拠点なので警戒も厳重だ。

 いつもの下級の機械眷属だけではなく、ドラゴンを模した中級の機械眷属が上空を飛び回って警戒したり、地上では虎型や狼型の機械眷属が、うろうろと常に死角をカバーし合うように建物の周囲を巡回している。

 ここで見つかれば恐らく、いいや、確実に俺の命は無いだろう。


「よし、これでオッケーっと」


 もっとも、見つかれば、の話であるが。

 俺は警戒する機械眷属共の横で、悠々と作業を行い、十分もしない内に仕事を終らせた。

 戦闘能力が無い代わりに、俺の異能の隠密は結構凄いのだ。例えば、鼻歌交じりにこの場を闊歩しても問題無いし。


「せぇ、のっ」


 この通り、突然走り出しても問題ない。

 だから、俺は遠慮なく全力で走り、卵型の建物の姿が見えなくなるまで走ったところで、ようやく足を止める。足を止めて、周囲に崩れかけの建物が無い場所を選び、そのままひび割れた地面に身を伏せた。


「――――イグニッション」


 そして、手の中にあるスイッチを勢いよく押し込む。

 大よそ、二秒後。

 どぉおおん、という轟音が廃墟に響き渡り、同時に卵型の建物があった場所から、煌々と紅蓮の柱が空に昇っていく。

 びりびりと、肌を震わせる衝撃波が、俺の体を揺さぶるが、ここまで離れていれば問題ない。


「……ふぅ。これにて作戦完了、帰還するぜ」


 衝撃波が収まった後、俺は混乱を無視して、その場から立ち去った。


 俺は当時、自分の異能に戦闘能力など無いと思っていた。

 けれど、その分、自分が『エキストラ』や、『注目されない存在』であると自覚していたので、俺の異能はそのような方向性を極めるような形に成長していた。

 誰に気付かれることも無く。

 堂々と敵陣の中を歩き回って、平然と爆弾を設置して、相手の拠点を破壊する。

 俺は、そういう破壊工作を主な役割として、数多の戦場を歩いていた。

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