第87話 非日常はフィクションでいい 9
大切な人が死んだ時、人は何を思うのだろうか?
……まぁ、最初に答えを言ってしまえば、そんなもの十人十色だ。人の数だけ、答えがある。
人の死が身近な戦地の住人であれば、割とすぐに人の死を理解できるかもしれない。直ぐに認めて、悲しみ、怒り、あるいは受け入れられるのかもしれない。
死という者が身近にある存在ならば、誰かの死をきちんと認めてやれるのかもしれない。
だが、この俺は違った。
俺達は違っていた。
「んー、ああ。死んだよ、あいつも。まったく、金を返してから死ねっての」
「馬鹿な奴だった。なんで、私なんか庇うんだよ、あの馬鹿。全然、嬉しくない」
「今でも、夢じゃないかって思うんだ。この戦いが、全部。こうして話しているのも。質の悪い悪夢で、目が覚めれば、あいつらが『おはよう』って言ってくれるって」
俺達はあまりにも、平和で死からほど遠い世界の住人だった。
交通事故や、殺人事件のニュースはよく見ていたし、聞いていた。けれど、それはあくまでも画面越しの世界の話だった。
少なくとも、俺の住んでいる街では殺人事件など、ここ五十年ほど無かったし、人が死ぬのは老人から。老衰や、病死が死因の大半である。交通事故すらも、珍しい、そんな平和で退屈な街に俺達は住んでいたのだ。
だから、俺が友達を失ったことを指摘された瞬間、感じた想いは悲しみではない。怒りでもない。苦しみでもない。
ただ、『ジャンルが違う』という、不理解だった。
日常漫画を読んでいたはずなのに、突然、ナンセンスな急展開で登場人物が殺されてしまった、みたいな。
あまりにも唐突で理不尽な死に対して、俺の精神は理解を拒絶していたのである。
特に、俺はあいつらの死の瞬間を見ていないから余計に戸惑っていた。見ていたら見ていたで、癒えること無きトラウマとして精神が変調していたかもしれないが、それでも、死の瞬間を見ていないと人はどうしても、『もしかしたら』という幻想に縋ってしまう。
誰かが嘘を吐いているんじゃないか?
死んだと見せかけて、実は生きている、そこのことに、誰も気づいていない。
きっと、あいつらなら俺がピンチの時に、颯爽に駆けつけてくれるさ。多分、改造人間とかになってよくわからないパワーアップとかして。
「いいえ、彼らは死んだわ。貴方の友達も、貴方のご家族も、死んだわ。そして、私の友達も、私の家族も死んだわ。大勢、死んだの。近しい人間が死んでいない奴なんて、居ないの。誰だって理不尽を抱えているの。今すぐ納得しろ、なんて言わない。だけど、『貴方だけじゃない』ということだけは覚えておきなさい」
みっともなく取り乱さずに済んだのは、偏に、久城さんの容赦ない言葉のおかげだろう。
貴方だけじゃない。
その言葉は本当だった。
むしろ、まだマシだった。俺はまだ、マシな方だった。何せ、友達が全て死んでいない。石神は生きている。友達や家族が全て死んで、自棄になってそのまま敵に突っ込んで死んだ奴が少なくないという事実が、痛ましかった。
大切な存在が全て殺されてしまえば、きっと、俺だって似たようなことをするかもしれない。あまりにも平和な世界で生きていた俺達にとって、復讐者になるという選択肢はとても難しい物だったから。
恨むよりも、憎むよりも、現実に押しつぶされてしまう。
他愛ない夢想に、逃げたくなってしまう。
あの日に起こった惨劇が全て夢で、何もかもが嘘っぱちで、目が覚めたのならば、いつも通りの平穏で退屈な日常が俺たちを待っている。
そんな、現実逃避を誰しもきっと、抱えているのだ。
「やぁ、見崎。体調はどうだい? 僕? 僕はご覧の通りの絶好調さ」
それでも、俺が、俺達が動くことを止めなかったのは、明確な敵が存在していたからだ。
倒すべき理不尽が。
憎むべき侵略者が。
俺達に止まることを許しはしなかった。
「そうそう。だから、君はもっと休んでいてもいいんだよ? 君一人が動かなくても、割と大丈夫……ああ、うん、分かっているのね。そっか。じゃあ、遠慮なく頼るよ? 君は友達だから、他の人より頼るかもしれない。それでも、いいかな?」
「――――ああ、任せておけ」
故に、俺達は抗う。
神を打ち倒し、世界を蝕み、人類を蹂躙した超越者たち。
彼らに、反逆の刃を突き立てるために。
●●●
俺達の拠点は『夜の学校』だ。
正確に言えば、『異空間に出現させた夜の学校』だ。
生き残った生徒の中に、文芸部に所属している例の生徒会長がいらっしゃったのだが、その生徒会長の異能によって出現した異空間、及び、学校という建物が俺たちの拠点になっているらしい。
異能名は確か、【前夜】。
生徒会長が最も楽しいと感じた日常風景、文化祭前夜の学校を再現しているのだとか。
しかも、この学校は異能の産物であるので、生徒会長の意志によってある程度の改築や改装がワンアクションで可能。学校に存在していそうな物、文化祭前夜に持ち込まれてもおかしくない物、という限定ではあるが様々な物資を生み出すことすらも出来るのだとか。
まさしく、生徒会長に相応しき、俺達の要と呼んでも過言では無い異能だろう。
「まー、もちろん色々と制限はあるんだけどね? 出入口は現実世界側で校章を取りつけないといけない。出入口を更新するためには、現実世界で行動しないといけない。出入口を全て破壊されると、収容していた物は全て外に出る、とか」
「ああ、だから各教室に最低、一つは異なる出入口が設置してあるんだな?」
「複数の出入り口を設置出来ないわけじゃないからね。だから、割とたくさんの場所に、偏らなず無いよう、ちゃんと異能で隠蔽してから設置してあるんだよ」
「流石、用意周到だ」
「割と生命線だからね、生徒会長の異能は。だから必然と、生徒会長はあまり外に出られないし、異能を維持するために一日の三分の二は眠っていないといけない」
「…………早く、戦いを終わらせよう」
「見崎、気持ちだけ急いても死ぬよ? 何せ、今の状況は極めて悪いからね」
俺は現在、生徒指導室で石神から様々な説明を受けていた。
教室のほとんどは、生き残ったメンバーの居住空間になっているらしく、残っているのは、微妙に使いづらい場所だけだったのである。
しかし、まさか生徒指導室でスナック片手に、炭酸ジュースを飲みながら、少年漫画みたいな台詞を言い合うことになるとは。世の中と言う奴は、本当に何が起こるか分からないぜ。
「さて、それじゃあ、改めて現状を確認しようか」
「うーい」
「まずね? 生き残っているのが、教員一人と生徒が五十九人です。一週間の間に、生存者を探したけど、この街には居なかったね。全員殺されるか、あのロボット……機械眷属に拉致されたみたいだよ」
「機械眷属ってのは、あの有象無象のゴミ共か?」
「うんうん、あのスクラップ共」
石神はちびちびと、レモン味の炭酸ジュースの飲みながら現在の状況について説明してくれた。と言っても、分かっていることはさほど多くなく、やらなければいけないことばかり積み上がっているらしいのだが。
「あのスクラップ共はどうやら、それより上位の存在、マザーと呼ばれる親玉によって無尽蔵の補給されるようだよ」
「無尽蔵って、えーっと、無尽蔵?」
「速度の制限はあるっていう申告だったけど、数の制限はないみたい。だから、あれらをいくら壊してもあちらにあまりダメージは無いみたい」
「うわぁ、最悪じゃん、それ。というか、そんな規格外の敵の目的はなんだ? どうして、侵略してきているんだ? あの影はなんかよくわからないことを言っていたけど」
「ううん、それなんだけどね? 敵組織の幹部曰く、『機械の機械による、機械の為の健全な楽園の建設の為』だって」
「…………はぁ?」
「うん、控えめに言ってもわけわからないよねー? 勝手にやってろ、って感じ」
ため息交じりに石神が補足したところによると、現在、あの影たち――超越者と呼ばれる頭のおかしい化物共によって、世界はそれぞれの縄張りに区切られてしまったらしい。その中で、機械神と呼ばれている超越者は、日本を縄張りに選んだのだとか。
理由は簡単、機械の家畜にしようとしている人類の中でも、一番、日本人が適していると判断したから。
「人類のサブカルチャーとかが好きなんだって」
「サブカルチャー」
「機械の癖に精神の充実を重視しているらしくてね? だけど、機械だけじゃ、物語や歌みたいな、文化的な創造物を作るのは難しいんだって。だから、人間をそういう物を作り出すための家畜として飼って、平和な機械王国を作り出すのが敵側の最終目的。今、人間をがっつり減らしているのは、『とりあえず最初に強く殴って、支配しておこう』ぐらいの意味合い。減り過ぎたら、交配させて増やせばいいや、という方針なんだってさー」
「俺たちにとってはもろにディストピアじゃねーか」
「ううーん、言動からして相互理解は難しそうだね、あれは」
やれやれ、と石神が肩を竦めるが、俺としては頭を抱えたい気分である。
なんで、子供向けアニメに出てくる敵役みたいな動機で、ガチの大虐殺をしてくれてんだよ、敵側は。もっとこう、技術提供とかして、相互利益の下に徐々に交流していけばよかったのに。なんで侵略してくるの? 馬鹿なの? 死ぬの? いや、殺そう。
「そんなわけで、当面の目標は機械神の討伐になります。他の超越者に関しては、現在、考えている余裕が無いのでノータッチで」
「あいあい。んで、石神、質問なんだが……この状況で警察とか、自衛隊――」
「人間相手の組織だから、ね? 弱いとか、そういうのじゃなくて相手が悪かったんだよ、見崎。いくらなんでも敵が電撃的に動き過ぎた。多分、全国各地での同時侵攻だったと思うし」
「そっかぁ…………ところで、お前はその話を誰から訊いたの?」
「敵の幹部にこっそり異能を仕掛けて、内情をぺらぺら話させた」
「おおう、悪辣ぅ」
「もっとも、それが限度だったけどね。洗脳系の異能で操れなかったし、こちらのあらゆる異能はほとんど通じなかった。だから、あの日、全校生徒のほとんどがあいつに殺されてしまったんだよ」
どくん、と心臓が鼓動して、腹の底から熱い何かが湧き上がってくるのを感じる。
ようやく自覚して来た何かが、口から吐き出そうになるが、奥歯を噛みしめて、衝動を押し殺す。
俺は、なんとか言葉を紡げる程度の冷静さを保ち、石神へ尋ねた。
「そいつの、名前は?」
「【黒色殲滅】。悍ましいほど美しい、黒き暴力。空間を支配する機械天使だよ」
そして、と石神は言葉を次いで、俺を試すかのように断言する。
「僕らが最初に、殺さなければいけない相手だ」
思えば、俺はようやく、ここで復讐者としての自覚が生まれたのかもしれない。




