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第86話 非日常はフィクションでいい 8

 まず、最初に言っておくのならば、俺はあの一撃で死んではいない。

 当然だ。あの時死んでいたら、現在の俺はどういう立場なんだ? という話になってくる。

 …………まぁ、ある意味では死んでしまったのかもしれないが。

 ともあれ、俺と【黒色殲滅】とのファーストコンタクトはあんな感じでの即死だった。後から聞いた話だと、胴体が斜めに真っ二つだったらしい。心臓も動いていないし、呼吸も止まっている。ほとんどの人間は死んだと判断したのだとか。

 ただし、石神だけは「いや、これは仮死状態だ。完全に死ぬ一歩手前の状態で固定されている」と判断したらしく、試しに肉体を繋ぎ合わせて異能で修復したところ、普通に生命反応が戻ったのだとか。

 我ながら、そこは人間として死んでおけよ、と思わんばかりの不死身っぷりでああるが、もちろんちゃんとした理由は存在する。

 マクガフィン。

 あの時はまだ、名前も付いていなかった俺の異能。

 そいつが死の直前になって、無意識に発動していたらしい。覚醒したてで、まだ自分の能力すら把握できていなかった時だったからこそ、無意識での発動なんて奇跡が起きたのだろう、と今では思っている。

 生存本能が、最低限の死だけは回避して、なおかつ理不尽な敵対者との戦闘を避けるための最適解を導き出したのだろう。

 即ち、擬死。

 極めて動物的な最適解により、俺は難を逃れていたのである。俺だけは。


「あの時、お前だけはきちんと殺しておけばよかったです。跡形も残らず殺しておけばよかったです、ガチで」

「うるせぇ、お前が死ね」

「は? 今から殺し直して差し上げますよ?」

「はぁー? 俺に首を斬られて死んだ雑魚が、何か言っていますねぇ!?」

「過去に戻って、こいつを殺したい」


 全てが終わった後、張本人である【黒色殲滅】に恨みがましく言われるほど、俺の擬死は完璧だったらしい。

 いや、考えてみれば当たり前だ。

 俺自身ですらも、本当にあの時は死んだと思っていたんだからさ。

 そう、あの運命の日から一週間後、狭苦しい棺桶の中で目覚めるまでは。



●●●



 水底に溜まっている泥が、段々と浮上していくイメージ。

 ずるずると、浮力に引き上げられるかのように、明るい水面へ近づいていく。

 水面に近づくにつれて、泥はやがて人型になり、人型はやがて、自身の肉体を象る。

 そして、ぴちゃん、という水面が弾ける音と共に、俺の意識は覚醒した。


「…………ん、あ?」


 覚醒したのだが、全然視界が効かない。それどころか、体を動かそうとすると割とすぐに何かにぶち当たって、動きにくい。


「んんー?」


 とりあえず、じたばた、ぺたぺたと動いて周囲の状況を確認。三分ほどかけて、調査してみた結果、なんというか、長方形の箱型の物体に俺は閉じ込められている模様。

 箱型? 箱…………俺は、直近の記憶を思い出し、とっさに現状を予想する。

 あ、ひょっとして俺、死亡扱いで棺桶に入れられている?


「ちょ、生きて、生きてまぁーす! 元気でぇ――げぼ、げほっ!?」


 俺は棺桶っぽい者の蓋を思い切り突き上げて、強引に蓋を破った。

 もしかしたら火葬の寸前かもしれないので、声を上げて生きているアピール……したはいいのだが、どうにも喉の調子が悪い。まるで、長い間声を出していないような気分だ。というか、なんか眩しくてまともに目を開けられない。体もだるい。


「う、ぐごごごご」


 気分はさながら、最悪の二日酔いだ。

 ついさっきまで死んでいたかのような、体調の悪さ。まともに起き上がるのもしんどいので、俺はついつい、冷たい床に座り込んでしまう。


『BEEEE! BEEEE!』


 俺が棺桶っぽい物――確認したら、吸血鬼が入ってそうな海外のそれっぽい感じのデザインだった――から脱出すると、何やら警報っぽい物が鳴っているが、知らぬ。下手をすれば、このまま胃液をぶちまけそうな気持ち悪さの瀬戸際なので、それを宥めるのに必死なのだ。


「えぇー、あの状態からー? マジなのー?」


 俺がぐったりと棺桶にもたれかかっていると、聞き覚えがあるような誰かの声が聞こえた。

 ううむ、聞き覚えはあるけれど、全然仲良くない相手だな、これは。友達の声なら、流石にこの状況でも一発で見きわめられる自信があるからな、俺は。


「うわ、マジで生き返ったわ、こいつ。気持ち悪い」

「誰かは知らんが、ひどい言いよう……うえっ」

「ちっ、無理やり覚醒したから色々不安定なのね。ちょっと待ってなさい」


 俺は声の主の姿を確認しようとするが、視界がぼやけて詳しく顔が判別できない。ぼんやりと輪郭と大体の服装しか分からない。真っ白な服っぽい物……多分、白衣を着ているみたいだ。声からして女子か。白衣を着ている女子か、ふむ、嫌いじゃない組み合わせだな。


「はい、ちくっとしたわよぉ。薬を打ちこんだわよぉ、痛いわよぉ」

「んぎぃ!? 過去形! 過去形だった! 打ち込んでから! 痛くしてから言ったな!? げほっ」

「無理して声を出さないことね、死にぞこない。貴方、体が横に真っ二つに割れた上に、一週間ぐらい意識不明だったんだもの」

「真っ二つって、それじゃあ、普通に死ぬじゃん」

「そうね、普通に死ぬのに、何で生きているのかしらね、貴方。いくら、私の異能で肉体を修繕したとはいえ、なんで魂があの破損した肉体に…………まぁ、いいわ。しばらくしたら体調が安定すると思うから、しばらく待ちなさい。私の姿がはっきりと見えるようになったら、丁度いい頃合いでしょうね」

「……うーい」


 俺は大人しく声の主に従って、しばらく待つ。

 様々な疑問はあるが、それを声に出せるほどの気力が無いので、せめて、この気持ち悪さとぼやけた視界だけでも収まってくれないかと、目を閉じて、ゆっくりと待った。

 時間にして、おおよそ十分ぐらいだろうか?

 かりかりと、声の主が何かの記録を取っているのか、ノートらしきものにペンを走らせる音を聞きながら、俺は気持ち悪さが段々とマシになって来たことに気付く。瞼を上げてみれば、視界がぼやけず、きちんと周囲の確認もできる。

 真っ白なカーテン。

 クリーム色の壁。

 無数のベッド。

 そして、消毒液のそれが混じった、清潔そうな臭い。

 病院の一室……というより、学校の保健室を結構な広さに変えたらこうなるんじゃないか? という感じの場所だった。


「言っておくけど、医学の心得を持つ人は居ないから、私にそういうことを期待するのはやめてよね。私はただ、そういう異能を持っているから、仕方なく治しているだけ」

「ああ、そう。でもまぁ、治してくれてありがとう」

「どういたしまして」


 不愛想な声。

 パイプ椅子に座って、こちらの様子を観察しているのは、目つきの悪く、不健康そうな女子だった。制服の上から白衣を羽織っているから分かりづらいが、かなりのやせ型であり、栗色の髪の毛もぼさぼさな物を無理やり後ろでまとめている乱雑なスタイル。

 不健康そうな黒猫か、人里離れた森に住まう魔女を連想させる雰囲気。

 確かに、俺はこの容姿の女子を知っていた……知っていたのだが、どうにも。


「ええと、随分と荒んだというか、印象が変わったね? 久城さん」

「必然と迫られて、こうなっただけよ、見崎君」


 久城くじょう 千尋ちひろ

 あの日、あの時、同じ惨劇を味わったクラスメイトは、かつては、地味で引っ込み思案だった彼女は、随分と変わり果てていた。容姿ではなく、身に纏う空気というか、雰囲気が。


「ひょっとして、俺は一年ぐらいずっと眠ったばっかりだったとか?」

「そんなに長く寝てないわよ。今日であの日からちょうど一週間経ったくらい」

「なんだ、一週間ならそんなに…………え? そんなに眠ってたの? 俺」

「私は二度と目を覚まさないかと思っていたわ。何せ、あの棺桶は特別製でね? 肉体の時間を凍結させて、意識が戻った瞬間に体の時間を戻す物なの。だから、意識が戻らなかったらずっとあのまま安置されていたかもしれないわ」

「マジかー」


 なんかよくわからない物体に入れられてたんだなぁ、俺。そういう物体も、異能の産物だったりするのかねぇ、やっぱり。

 しかし、一週間か。

 意識を失って眠るには長すぎて、人が変わるには短すぎる時間だと思うんだがね。

 ああ、そういえば、肝心なことを久城さんにまだ聞いてないな。


「とりあえず、私は私の役割を果たすだけ。貴方の健康は私が責任を持って管理するから、それ以外は他の人に頼みなさい。私は話すのが苦手だから、石神とか、そういう人にここ一週間で起きた出来事を聞くといいわ」

「ん、わかった。でも、どうしても気になることがあるから、一つだけいいか?」

「…………言うだけ、言ってみなさい」

「おう。それじゃあ、なんだけど、『他の皆』はどこにいるんだ? ここには棺桶が俺の一つ分しか無いんだが、その、他の四人はどこで眠っているんだ? あ、ひょっとしてもう起きているのか? あるいは、俺だけ無様に寝ていたり? うわぁ、絶対、後でからかわれる奴だぜ、これは」

「…………」


 久城さんはくしゃり、と顔を歪めると、重々しくため息を吐いた。


「だから、嫌なのよ、こういう役回りは。何を、話していいのか、分からない」

「ん? あー、なんだ? 聞いちゃいけないことか? 何か、不都合があったら、違う奴に、そうだな、石神に――」

「居ないわ」

「…………え?」

「ここには居ないわ」


 久城さんの言葉の意味が、俺には分からない。


「い、居ないって? 別の部屋に居るのか?」

「いいえ。貴方が探している人は、もう何処にも居ない」

「何か問題でも起こして追い出されたのか、あいつら? いやいや、あいつらはちょっと変人だけどいい奴らなんだよ。俺の友達なんだよ。なぁ、何か問題を起こしたのなら、俺が謝るから、その、どうにか許してくれないか? あー、でも、あれだ。許さなくてもいいから、俺をそいつらが居る場所に送り出すだけでも頼むよ。うん、俺が寝ていた間に、色々事情があったかもしれないし」

「…………普通は死ぬ、と言ったわよね?」

「は? え? 何が――」

「貴方が例外。貴方の友達は、全員普通だった、それだけよ」

「………………は、はは、ごめん、意味わからねぇや」


 まったく、久城さんも意地悪しないで分かり易く教えて欲しい物だ。

 意味が、分からないんだよ。

 何を言いたいのか、さっぱりだ。

 だって、あいつらは俺の友達で。

 俺が生きているんだからさ。

 なぁ、当然だろ? そうじゃなきゃ、おかしいだろ? なぁ、おい。


「見崎君。貴方の友達は、全員死んだわ。忌まわしくも美しい機械天使に殺されたの。あの日、亡くなった私の友達と同様に、ね」


 ――――おかしいだろ、こんな現実。

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